第13話 本音

ミユの手を引いてホテルから走り去り、別のホテルの部屋に逃げ入る。自宅に帰る事も考えたがアパートには琴香がいるためこの状況を説明することはあまりよくはない。ましてや殴った相手が追いかけてくる可能性もなくはない。


なのでまずはミユの身を匿う事を優先して、匿名性があり、個室で、相手が来ることが出来ない場所、ミユと過ごしてきたホテルに入って行った。


「…ここまで来ればとりあえずは大丈夫だろ。」


ミユと2人で急いで部屋に入り呼吸を整える。あの男がどんなやつかは知らないがホテルの受付に聞いて部屋に入ってくる事なんてまずは出来ない。ミユの安全はこれで確保された。


「…どうしてしゅーくんがあの場にいたの。」


ミユが俯きながら弱々しい声で聞いてくる。


「…しゅーくんは他の女の人と過ごすんじゃなかったの?私の事なんてどうでもいいんじゃなかったの?」


「…そんなことはない。」


「そんなことあるよ!私との関係だって援交みたいなことをしているのが後ろめたいからなんでしょ!しゅーくんいつも言ってたもん!会社にバレないようにって!私といるのが見つからないようにって!」


ミユは溜め込んでいた思いを堰を切ったように吐き出していた。


「しゅーくんは脅されてるから、私が告げ口するのが怖いから、会社がクビになると困るから、それが嫌だから仕方なく私といるんでしょ。私といるのが本当は嫌なんでしょ!」


「…ミユ。」


「だから私から離れたんだ。他の女の人と一緒にいるんだ。私から離れたんだ!」


「ミユ。」


「もういいよ!私に構わないでよ!嫌なら嫌だってはっきり言ってよ!!!」


「ミユ!!!」


ミユは俺の怒声を聞いて一度身体をビクッと強張らせ、怒られると思ったからか身体を縮こまらせて、少し震えていた。


「俺はミユが嫌なんて一度も言ってない。」


「…ウソ。」


「ミユといることが後ろめたいなんて考えてない。」


「ウソ。」


「ミユから離れたいだなんて思ってもいない。」


「嘘だ!!!」


ミユは俺の言葉に対して声を張る。


「嘘じゃない。」


「嘘だよ!だってしゅーくんは遊んでたんでしょ!他の女の人とずっと一緒にいたんでしょ!私は見たんだよ!2人楽しそうに遊んでいるのを!ミユの事なんて忘れていたのを知ってるんだよ!」


「ミユのことを忘れてなんかいない。」


「そんなわけない!」


「本当だ。俺は、むしろミユの事ばかり考えてた。」


「っ………。」


ミユはこの言葉を聞いて一度言い返すのをやめた。


「…数日間だけの関係だった。お願いと言ってミユのワガママをずっと聞いてた。俺の言う事を聞かないで反抗された事もあった。」


ミユは俯いたまま話をじっと聞く。


「でもミユは俺が嫌だと言ったことは二回とやらなかった。ちゃんと俺のお願いも聞いてくれていたんだ。それが嬉しかった。」


…嬉しかった。


「会社が終わってミユと会って、飯を食いに行って、けどお前は飯を頼まないでデザートばかり食べて、それがいつもおかしくて。」


…楽しかったんだ。


「ミユにお願いされる事は俺にとって毎回恥ずかしい事ばかりだった。だけど嫌なんて思った事なんて一度だってない。ずっと今日は何を言われるか心待ちにしてたんだ。」


…ミユと過ごした日々が色づいて見えてたんだ。


「だからミユと言い争いになって、喧嘩をみたいになって、朝になってミユが居なくなってから後悔した。もう少し他の言い方が出来たんじゃないのかって。もう少しミユに優しく出来たんじゃないかって。」


「ミユ会ってちゃんと謝らないといけないと思った。だけどミユに連絡が繋がらなくて会う事が出来なんだと思ってたんだ。」


「だからミユを見つけた時は嬉しかった。ミユ会える。ミユにちゃんと謝れるんだって。…けど見えたのはミユが俺の知らない男いるところでホテルに入る前だった。」


「…ショックだった。ミユに言いたい事がたくさんあったのに全部消えて無くなって、全部終わった。俺達の関係は終わったんだと思った。」


「でもミユがそれでいいならいいと思ったんだ。お前が楽しそうならそれでいいと思ってたんだ。」


「それが聞こえて来たのは悲鳴で、助けを呼ぶ声で、俺の名前だった…。」


「実はミユに呼ばれてからはよく覚えてない。ミユを助けなくちゃいけないと思ってたんだがいつの間に殴って、掴んで、走ってた。」


「無意識でいつものホテルにミユを連れて入ってたんだ。ごめん。ごめんな、ミユ。」


「怖い思いさせてごめん。謝れなくて、優しく出来なくて、ごめん…。」


後悔が自分を責めて下を向いて謝る。ミユをまともに見ることが出来なかった。


「…しゅーくん。顔を上げて。」


「…ごめん、ミユ。」


「ううん、もういいの。…もういいんだよ。」


ミユは静かに俺が謝るのを止めるように促した。


「…私が悪かったの。しゅーくんの事を信じきれなくて、勝手に勘違いして、自分勝手に行動した。私が悪かったの。」


「…ミユ。」


「だから本当は私が謝るべきなんだよ。ごめんね、しゅーくん。…散々酷い事言ってごめんね。」


顔を上げてミユを見るとスカートの裾がシワになるぐらい強く掴んで下を向いてポタポタと涙を流していた。


「私、これからもいていいのかな。しゅーくんと一緒にいていいかな。」


「…当たり前だ。そのためにここに来たんだ。」


「うわあぁぁぁぁぁぁぁん!!!しゅーくーーーーん!!!!!」


ミユは顔を上げ、泣いて叫びながら俺の胸に飛び込んできた。


「怖かった!怖かったよ!!!もうしゅーくんに嫌われたかと!見捨てられたかと思ってたよぉぉぉーーー!!!!!」


「…あぁ。俺もだ。」


泣きながら叫ぶミユをぎゅっと抱きしめる。ホテルで自分からミユを抱きしめたのはこれで2回目。


1回目は暴れるミユを落ち着かせるため仕方なくだった。2回目の抱擁はあまりにもこの女の子が脆く、愛おしくて抱きしめた。


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ホテルから始まる恋人生活 梯子酒 @unuuuuu

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