第12話 遭遇

何か間違いだと思った。間違いだと思いたかった。目の前の光景を受け入れ切れない自分がいた。


自分の目が悪く夜で暗くまともな光もホテル近くの外灯ぐらいでホテルの前にいる子がミユであるかどうかちゃんと分からない。そういうことにしておきたかった。


けれど現在は非常で、無責任で、残酷で、思い通りになることなんてなく、ハッキリ見える横顔は自分がここ数日見てきたミユの顔であった。


ミユは男と何かを話してるようで自分の今いる場所からではあまりよく聞き取れない。何かをミユが男に対して説明してるように見えた。多分自分の時と同様にホテルに入る前の契約みたいな事と条件を言っているのだろうと思われる。


ちゃんと耳をすませば話は聞き取れたのだと思う。だが自分にとって予想外の現実に頭が働かず空回りしてるように思考が回らない。


たった数日、たった数回、そんな数える程度の回数。一緒にホテルに入って夜を共にしただけの関係だった。


そんなとても浅い関係、知り合い程度、他人と言ってもまだ通じる程度のもの。それが客観的に見えた自分とミユの関係だった。


大したことはない、ありふれた話。契約、ビジネス、都合のいい関係。ミユにとって俺は数ある男の中で特別でもなんでもない。たまたまその日に見つけ、声をかけ、ホテルに行けた人。ただそれだけだった。


だから言い争いになり、自分にとって不都合が生じた場合相手を変えるなんて当たり前の話だった。それが最も自然な流れだった。


自分の頭のどこかでミユはそんなことはしない、なんだかんだ自分のそばに居て、お願いを言って、振り回して、嫌な顔をしているであろう俺の顔を見て楽しそうに笑っているのだと思っていたんだ。


だが現実はそれを全て否定してくる。


ミユは自分の知らない男とホテルの目の前にいる。それだけで俺とミユの関係がもう既に終わったのだと知らせてくる。


もう少し言い方を変えれば良かったのか。葵姉との買い物には行かずミユと出かけてやれば良かったのか。後悔が押し寄せて自分を責める。けれど、


「…けど、これでいいんだろうな。」


自分にとっては後悔が残る酷い話だ。喧嘩をして、謝る事も、話し合う事も出来ずに終わるなんて後味が悪すぎる。関係の終わり方としては最低だろう。けれどミユは違う。


都合が悪い関係が終わり、新しい人を見つけ、関係を再構築してリスタート。嫌な思いなんてそこにはない。


だから俺たちの関係はここで終わり。終了。終着だ。元々はミユとホテルに一度行ってしまったがためにミユから脅されて嫌々ながら続けていた関係だ。終わってくれた方がいいのだ。…だから。


「…だから、これでサヨナラだな。」


ミユ達から視線を外して踵を返し帰路を目指す。あーあ、琴香に感情的に帰っていいと言ってしまった手前なんて言えばいいのか。と考え始めた時に嫌!と甲高い声が聞こえた。


声のするほうへ振り向くとそこにはミユの腕を乱暴に掴む男とそれを嫌がり抵抗するミユの姿があった。


ミユは男と納得してホテルに入るんじゃなかったのか?とか、話をしていたのだから仲が良さそうだったじゃないか。とか、脳が色々な事を考え出しその光景を見て動けない。それも束の間だった。


「嫌だ!しゅーくん!」


咄嗟に体が動いた。ミユと男の関係もミユが何も考えていたのかも何もかもどうでもいい。今分かっている事はミユはこの目の前の男といるのは望んでなく、助けを求めてる。それだけだ。それだけで十分だ。だから俺がやるべき事は決まっている。


「その子から手を離しやがれーーー!!!」


へ?と突然の事に反応出来ない男の顔面を右拳が正確にめり込む。ぶぇぁっ!と言う声の後に男はミユから手を離して後方に倒れる。


「…しゅーくん。」


自分が来た事に驚いているミユを他所に腕を掴む。


「行くぞ!」


「う、うん!」


ミユの腕を掴み引っ張る。そしてその場所から2人一緒に走って逃げる。腕を引っ張る相手が知らない男から自分に変わる。だが、ミユの腕は男と違い拒絶はしなかった。それが、それだけのことがやけに嬉しかった。

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