第11話 自覚
葵姉と別れた後真っ直ぐ家に帰る。葵姉の買い物に付き合って疲れたため他に寄ろうとも思えなかった。
休日なんていつもは家で寝ている事が多い。理由としては琴香が遊びに来ていたり、橘が遊びに誘って来ていたりと自分で遊ぶ予定をしていないにもかかわらず遊びに来る輩が多いからだ。多いと言っても大体は琴香と橘だけなんだが…。
何も予定のない休日は出来る限り寝ている。休める時に休んでおかないと仕事に差し支えるから。
なので他に寄り道することなくアパートに真っ直ぐ帰宅した。
「あっ、にぃ。お帰りなさい。休みの日なのに家に居ないなんてどこ行ってたの?」
アパートに入ると我がもの顔で琴香ぎ布団にくるまって待っていた。
「…ただいま。葵姉にせがまれて買い物に付き合わされてた。」
「…あおちゃんずるい。私だって最近にぃに連れてってもらってなかったのに。」
「こないだお前と橘で飯を食ってたのが羨ましかったんだと。その代わりだ、葵姉も寂しかったんだろ。」
「こないだは楽しかった。久しぶりににぃにご飯が作れたうえに楓さんまで一緒に食べてくれた。私はとても満足。」
「…それは何よりで。」
先週の土曜は悲惨だった。橘は未だに後遺症で会社の帰りに俺を待ち伏せする事を自主的に止めている程だ。…いや、まぁそれが普通なんだが。
「なんなら今日も私が作ってもいい。」
「ご遠慮させていただきます。」
毎週毎週作られたら胃がやられて当分まともな食事ができやしない。タチが悪いことに我が妹様は自分の作った異常物質を平然とまともに平らげる。味覚と嗅覚と触覚が死んでいるのかと思うほどだが自分の作ったものよりも外食の方が旨いとは思っているらしい。
だが、外のが旨いとは思っているが自分の料理も普通に食べれるものだと思っているのが最悪だ。まともに作れないと思ってくれているなら自ら作ろうとするやつはいない。けれどマイシスターは善意の塊で料理をする。
仕事で疲れているであろう兄の為に。一人暮らしでまともに食事なんて取らないであろう兄の為に。と料理という名の暗黒物質を作り出すのだ。
そんな気持ちで作ってくれているものに文句なんて直接言えず、遠回しに感想を言っていたのが間違いだった。琴香がかわいそうではあるが心を鬼にして不味いと一言言っておけば被害者を出すことなんてなかったのだ。
ちなみに葵姉は毎回理由をつけて絶対に食べない。橘は意外と空気が読めるので琴香の料理を頑張って食べる。…橘には後で労ってやっていいのかもしれないなぁ。
「むー。にぃは酷い。」
「酷くなんかないさ。琴香も毎週毎週作っていたら大変だろ。」
「そんな事はない。にぃの為ならいつでも作る。」
ふんす、と鼻を鳴らして妹様は殺る気満々である。
「…あー。そうだ。葵姉と買い物に行ったから琴香とは外で飯でも食いに行こう。それだ!それがいい!」
「えー。でも私は作る気満々。」
「気持ちはありがたいけどたまには俺と外食でもいいじゃないか。美味いデザートを知ってるんだ。食べに行こうじゃないか。」
さぁさぁ。と話を強引に変えて琴香を布団から引っ張り出し、外にご飯を食べに行く。
「…美味しかった。」
「満足したなら良かったよ。」
「にぃはよくあんな場所にあるお店を知っていたね。誰かに教えてもらったの?」
「…まぁそうだな。」
教えてもらった、強引に連れて行かされた人、ミユの事を思い出す。アイツは毎回会うと行きたい店を調べていて、駅地下だったり、ビルの屋上だったり、個人経営であろうカラオケボックスだったりとここ数日だけだったが色々な場所に連れて行かれた。
その度に俺は面倒くさいと顔に出ていたのだろうか、『入れば分かるよ。絶対に損はさせないんだから。』とミユはにししと笑っていたな。
「ねぇ、にぃ。最近疲れてる?何かあった?」
「へ?そんな事ないぞ。そんなに俺は疲れてるように見えるのか?」
買い物が終わった後に葵姉にも同じことを言われた。葵姉1人だけに言われたなら勘違いで済ませられただろうが琴香にも言われたら自分を疑わざるを得ない。
「疲れてるように見えるかって言われるとそうじゃないんだけど、家を出てからお店に入るまで…ううん、お店に入ってから今までずっと。何かを探してるように周りを見ているんだもん。」
「っっっ!!!」
衝撃的だった。自分は普段通り振る舞っているつもりだった、だったのだ。葵姉の買い物に付き合って、真っ直ぐ家に帰り、琴香とご飯を食べに外に出る。自分の日常の、変わらない生活だと思っていたんだ。
だがその全てにミユがいた。葵姉が水着を買うか悩んでいる時もミユが選びそうなものを想像していて、ミユが遊びたがりそうな場所に葵姉と一緒に行って、ミユが先回りして調べてそうなお店でデザートを頼んで食べる。家に帰るのだってミユと出かける前に荷物を準備するための癖だ。琴香と外食に行くと言うのにも関わらずデザートがメインのお店に入るのも、少し変わっているあまり知る人が少ないお店に連れて行くのも、その途中自分よりも背の小さい少女がいないか探しているのも、
…全部、、、全部、、全部、全部全部、全部全部全部、全部全部全部全部全部!全部ミユの事ばかりじゃないか!!!
疲れているように見えるんじゃない!探していたんだ!ここ数日だけだったが自分にとって楽しかった少女を!心の底から笑い合えた女の子を!お願いばかりだったが言った事には素直であったミユを!俺は探していたんだ!!!
「…にぃ。私、何でも聞くよ。にぃから離れるなんてしないよ。ねぇ、何があったの。」
「…それ、は、、、。」
琴香に言ってしまおうか悩んだ。自分があの少女に寄せている感情丸ごと話して楽になろうかと思った。…そんな時に目の前にミユが居た。
いや、居たのではなく正確にはミユらしき人影が自分の視界の奥にある路地裏に入ってる姿が見えた。
「!!!すまん琴香!少しだけ用事が出来た!先に帰ってくれ!」
「えっ!?ちょっと!にい!」
引き留める琴香を他所に走る。
走る、走る、走る!
もう会わないと思っていた。
もう会えないと思っていたやつがいたんだ!
見失うな!
絶対に会うんだ!
そうやって息を切らしながらしっかり見据えた少女はやはり自分の想像通りミユで間違いはなかった。
ただし、自分の想像とは違い、そこにいるのはミユ1人だけではなく自分の知らない男と2人で一緒にホテルに入る直前だった。
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