第10話 デート

それからミユに連絡しても全く繋がらず、どこを探しても行方を教える手がかりも置いて無かった。昨日のちょっとしたいざこざでここまですることなんてないだろと思ったがミユが居ない事だけが事実であり、やはり昨日の事が原因なのだろうなと思う他なかった。


けれどミユが居てもいなくても本来なら関係ないのだ。脅されて従っていただけ、強制された関係、都合の良い人、それだけだ。自分自ら居たかった訳でもなく、早く終わって欲しいとすら思うぐらいだ。ミユが居なければその方がいいのだ。けれど、


「…けれど電話ぐらいは出てもいいじゃないか。」


数日しか過ごしていない程度、ちょっとお互いを知っただけの浅い関係。けれど、飯を一緒に食べて、部屋も共にして、色々な事を喋ったりお願いされた仲だ。せめて居なくなるなら一言ぐらいあってもいいじゃないか。


「…考えてもしょうがない。香坂さんとの約束もあるんだ。夜になってからまた考えよう。」


今はしょうがない。居ないものは居ない。もしかしたら自分の考えは違っていて、ミユは一人で出かけていて夜になったらまた連絡してくるかもしれない。ついついマイナスな事ばかり考えてしまうが少しはプラスにも考えた方がいい。


それから荷物をまとめて部屋を退出。家に一度戻り、買い物に付き合える準備をして香坂さんと約束していた場所に向かった。


「おはよう。少しばかり遅かったじゃないか。」


「すいません香坂さん、ちょっとばかり寝坊してしまって。」


「なに、別に遅れた事を咎めるつもりなんてないさ。ただ二人でいる時は香坂ではなくてあ、お、い。だろ?」


「ごめん、葵姉。」


香坂葵は琴香と自分のいとこに当たる人だ。幼い時から葵姉とは遊んでおり、小、中、高、大と学校は別であったが夏休みや冬休み、盆に年末年始、週末の土日や時間がある時は平日の学校が終わってから、ずっと一緒に過ごしてきた。


仕事は葵姉からいい仕事で修治に合ってるから来たらいい。と斡旋してもらい、部署はたまたま同じになった。ちなみに橘は俺を追いかけて会社に入ってきたが部署は違った。


「うん、うん。それでよし。なら修治も来た事だしデートに行くとしよう。」


「デートって大袈裟な…。」


「男女が二人っきりで出かけるんだ、それをデートと呼ばずになんと呼ぶ。」


「確かにそうといえばそうなんだが…。」


「ふふっ。考えすぎだよ修治。別にデートだろうがお出かけだろうが名称なんてなんでもいいのさ。」


「毎回困らせるのはやめてくれ。」


「それは修治の困り顔を見るのが面白いから難しいね。」


葵姉はクスクスと楽しそうに笑っていた。


「とりあえずお店に行こうか。外にずっといるのも暑くて嫌だしね。」


「そうだな。でも葵姉は何を買うつもりなんだ?こないだは服が欲しいと言っていたけど。」


「それは修治、今はもう夏も前だ。そんな季節に買うものと言ったらアレしかないだろう。」


「アレ、とは?」


「夏のイベント。活気に溢れる男女。開放感に委ねながら始まる恋。そんな物に必要な物と言えば?」


「炭とBBQコンロ。」


「そう!水着だ!」


俺の話は無いことにされた。


「男を誘惑するにも女として磨きをかけるにも必要な水着。女の水着は戦争だ。半端なスタイルだと誘惑どころか幻滅されその夏は全て終わる。だがしっかりと自分を磨き上げて美を追求出来ればそれは男を惚れさせる武器になるんだ。」


葵姉が珍しく熱く語っている。常に美に追求する女の鏡のような人だが水着一つでここまでとは思って無かった。夏って戦争の季節なんだな…。


「だから今のうちに水着を購入し、理想の自分を見つめつつ自分を追い込む事が必要なのだよ!」


「理屈は分かったけどその理想の姿を見せる相手はもういるのか?」


その一言を言って葵姉は一瞬動きが止まりグギギギと鳴ってそうな遅さで首を回して目でそれ以上言ったら殺す。と訴えていた。藪蛇であったか…。


「まぁとりあえずは夏にもなった事だし水着ぐらいは買っておこうと言う話だよ。」


「でもそれだと俺は必要なのか?むしろ邪魔な気がするが?」


女性の水着コーナーになんて彼氏でない限り入りたくはない。あそこは女子女子していて男には居心地が悪いのだ。


「それは勿論必要だとも。こないだ3人で遊んでいたんだ。少しぐらい罰が必要だろう。」


会計は勿論修治の奢りで。と一言添えられて葵姉は機嫌良く前を歩き店に入る。まさかちょっとした買い物が罰ゲームであったとは想像もしてなかった。


「いやぁ。買った買った♪ここは良いものが多くて嬉しいものだ。」


葵姉はとてもご機嫌で目の前にある特大パフェを美味しそうに食べていた。あのやりとりの後水着コーナーから洋服、雑貨、ゲームセンター、と様々なところに足を運び、葵姉に付き合わされた。無論俺の奢りで。


「…楽しそうで何よりです。」


「おやおや?修治は私と遊んで楽しくなかったのかい?」


「気持ちでは楽しかったけど、お財布の中身がスカスカでそれ以上に苦痛です。」


「しょうがないやつだなぁ。なら、はい。」


葵姉はパフェをスプーンでひとすくいして俺の顔の前まで運ぶ。


「ほら、口を開けろ。お姉さんが特別にあーん。してやろう。」


「あーん。」ぱくっ


「まぁ修治が恥ずかしいのはわかるがご褒美なんだ。ちゃんと口を開、け、て…。」


「うん。意外と美味いな。」


「へ?修治、食べたのか?」


「ん?あぁ。美味かったよ?」


「そ、そうか。そうだな。わ、私が運んだんだ。美味いだろうな!」


葵姉は顔を赤く染めて慌てたように口を開き捲し立てる。


「なら、はい。」


「ん?なんだ。」


「なんだって、ほらスプーン貸してくれよ。」


「?ほら。」


葵姉からスプーンを借りてパフェをひとすくいする。


「ほら、あーん。」


「い、いや!わ、私はいいんだよ!」


「ん?要らないのか?」


「いや、い、要らない訳ではないんだが。」


「じゃあ、ほら。あーん。」


「うぅ。あ、あーん。」ぱくっ


「美味い?」


「お、美味しいです。」


葵姉はパフェを食べた後ぷしゅーと音がなりそうに顔を赤くして俯き出した。なんでそんな事になっているのかと不思議に思っていたがこのやりとりは最近ミユとやっていたことで普通の人達はしない事を思い出す。


いつもミユにやってやらされていたために無意識に食べさせ合いをしていた。最初にやっていた時は葵姉と同じようにとても恥ずかしい思いをしていたが今じゃ普通だ。いつの間にこの事が自分の日常になっていた。ミユとのやりとりが自分の日常になっていたんだ。


「修治、修治。」


「ん?あぁ、なんだ葵姉。」


「なんだじゃないよ。どうした、話しかけても返事をしなくて無視をされてるのかと思ったよ。」


「ごめん。なんでもないんだ。ちょっと考え事があっただけ。」


「…修治。何か厄介ごとを抱えてたりしてないか?」


「…どうして。」


「君がそうして人の話を上の空にしてる時はだいたい問題事を抱えている時だ。何かあったんじゃないのかい?」


葵姉は人の事をよく見ている。幼い時からそうだ。葵姉は俺が悩んでいたり、落ち込んでいる時は必ず連れまわしたり側に居る。今回は偶然にしても悩んでいることは途中でバレていたのだろう。けれど…。


「…考えすぎだよ。何もないよ。ちょっと慣れない買い物に疲れただけだ。」


葵姉にもこれは言えない。会社で噂されているであろう少女と援交紛いのような関係でホテルで過ごしているなんて相談なんて出来るはずもない。ましてやその少女が居なくなってもう関わる事もないのだ。相談する必要だってないんだ。


「…そうか。君がそういうのならそうなのだろうね。」


葵姉は少し考えるそぶりをして席を立つ。


「今日はここまでにしようか。買い物に付き合ってくれてありがとう。帰りは個人的に用事があるから悪いが1人で帰ってもらえるかな?」


「あぁ、いいけど。」


「よろしい。後私の帰り道にポストが無いんだ。この封筒をポストに入れておいてくれないか。」


「えっ?」


「じゃあ、私は先に行くね。今日はありがとう。」


そう言って葵姉は封筒を置いて荷物を持ち、店から出て行った。


「封筒ってどこでも出せるんじゃ…。あ。」


封筒の送り場所を見ると古村崎修治と書いてあり、封を切ると今回支払った金額よりも多めにお金と男に華を持たせるのも女の仕事だよ。と一言添えた紙が入っていた。


「…葵姉には敵わないな。」


封筒をすぐに渡すあたり最初からお金なんて払わせるつもりなんて葵姉は全くなかったのだろう。罰ゲームと称して自分を試すあたり少し意地悪なところはあるが、あの姉は大人になり会社の先輩になっても変わらない。自分に優しい姉さんだ。



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