第9.5話 少女の変化
あのお兄さんに会ってから心に渇きが訪れない。
前は数日に一度は相手を求めていたのに今はそれが来ない。
身体を重ねる事で渇きを満たして来た。
何度も何度も心が渇いて渇いて仕方なかった。
そんな渇きも誰かとヤッてる間は満たされていた。
忘れる事が出来ていた。
だがそれも少しの間だけ。
みんなそれが終わると途端に態度が変わる。まるで自分のものだと言わんばかりに。
それが怖かった。一番怖かった。
自分の渇きに震え、身体を重ねて満たし、終われば相手に恐怖する。その繰り返しだった。
だから相手が寝ている間に逃げる。
一度ヤッた相手とは二度は会わない。
…怖いのだ。自分が壊されそうで、人として見てもらえてないと分かって。
だから逃げる。心が渇きを訴えて正気でいられなくなるまで。
どうしようもなくなって相手に縋り付く事しか出来なくまで。
私は求めては逃げるのだ。
だがあのお兄さんに会ってからというものそれが訪れない。
身体を重ねた訳でも無いのに心が渇いてこない。
それどころか前よりも心は満たされていた。私は笑えていた。
お兄さんも一度だけの関係のつもりだった。
どうせ会う事はないのだろうと思い自分の名前を教えていた。
けれど一度では終わらず何度も何度も会っていた。
自分の意思で会いに行っていた。
初めてだった。
ヤらない関係も、相手に対して声を張り上げるのも、ホテルから逃げないで一晩入れた事も、相手が怖いと思わなかった事も、全てが初めてだったんだ。
お兄さんは私のお願いを嫌々ながらもちゃんと聞いてくれた。
髪を拭いてと言えば丁寧に拭き上げて。
ご飯を食べに行こうと言うと地下だろうがビルの屋上であろうが文句は言わずついて来てくれた。
私のお願いばかり聞いてくれた。
…嬉しかった。
いつもは私が相手に合わせてお願いを聞いていた。
相手のご機嫌を伺っていたんだ。
それが無い。無いのだ。私は私でいられていたんだ。
それが嬉しくて、お兄さんとしゅーくんと居られるのが楽しくて毎日が楽しみで仕方なくなった。
渇きにばかり怯えて震えていた日々が嘘のようになくなり、しゅーくんと今日はどこに行こうか、何をお願いしようかばかり考えていた。
それが楽しみでしょうがなかった。
…けれどそんな日々は所詮、幻想なのだと知った。
土曜日は会えないと言われた。
一人で過ごせ、と。
私達の関係は所詮ホテルだけの関係なんだと突き付けられた。
…思い知ってしまった。
あぁ、この人も結局は他の人と一緒。
ホテルだけの関係で私を見ていないんだ、と。
私なんてどうでもいいんだ、と。考えてしまった。
一度始まってしまった思考は止まらない。
私の事なんてどうでもいい。私との関係なんて終わらせたいに決まっている。私に会いたいなんて少しも思ってなんかいない。
悪い方に考え始まると全てが狂いだしていく。
もうここには居られない。もうお兄さんとの関係も終わらせないと行けない。…ココロガカワイテクル。
考えていたら無意識のうちに荷物をまとめて部屋を出ていた。何故そんな事をしたのか自分にはまだよく分からない。けど今やるべき事は明確だ。
「次を探さないと。」
今回の相手は少し長く続いただけ、また振り出しに戻っただけ、ならやる事は一つだ。また新しく相手を探せばいい。心の渇きを満たせばいい。
そうやって覚束ない足取りでホテルから出た。
今日はどこで相手を探そうかと考えている自分とお兄さんには悪い事しかしていないな、と考えている自分がいた。
その選択が間違いであったと知らず少女は街に向かう。
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