第四百十一話【馬の骨天皇】

「まずは『男系男子』とかいう専門用語を使わずに『右派・保守派勢力』のやろうとしている事を口に出して喋ってみようと思う」そう仏暁は切り出してきた。


「——それは、を連れてきて『次の天皇はこの方の息子さんです!』と言うという事である」


(それはあまりにあけすけな、)といったんは思ったかたな(刀)だったが、よく考えなくても考えても、やらんとする〝現象〟としては確かにその通りであった。


「——大衆から見たらそれは『の息子が天皇に』としか見えない」


 誰もが『極右がどう天皇を語るのか』について興味を持ち、仏暁の演説に飽きているわけでもないのに場内はシンとし続けたまま。ただただ固まっていたのであった。聴衆の一人、代表としてかたな(刀)の内心を紹介するなら、

(『』って……、そこまで言うのか、)となっていた。


 『旧皇族の子孫』をまったく権威と思っていなかった仏暁であった。



 そして仏暁は未だ次のことばを発しない。同じように場内の聴衆も静まり返ったまま。


 やおら仏暁が口を開く。

「——少なくとも、この場にいる諸君からは異論は出なかった。つまり、『見知らぬ男』は馬の骨にしか見えないというのは真理なのだ」


「——それと対象を成すのが現天皇の実子だ。実際に遭遇した者など極々少数というのは真理でも、『見知っている実子』なのだ。親戚の子でもないのに成長過程の様子すら我々は知っている。乳児から始まり、幼少期を経て、小学生、中学生、高校生、大学生と、どんな顔だったかも知っているではないか。これは〝テレビ〟という映像送信技術の結果起こった現象なのである」


「——こういう事を言うと『右派・保守派勢力』からはこう反駁が戻ってくる事だろう。『その実子がだから天皇に即位させたら最後、その後は女系天皇になるだろう!』と。連中はこういう価値観なので説得は不可能であるし、だから『〝旧皇族の子孫〟という〝見知らぬ男〟の息子が天皇になるべき』と考えている。『思想』とはそういうものなのだ」


「——だがこの考えには思想に対する好悪の感情は別にして、致命的欠陥がある。その者が確かに『旧皇族の子孫である』と、どうやって証明するのか、という問題だ」


(……)かたな(刀)、内心でも絶句中。


「——まさかこれを『そうではない! 正統だ!』と言うためにでもするつもりだろうか? その結果で確かに『旧皇族の子孫』であると、証明でもするつもりだろうか? 〝テレビ〟という映像送信技術もそうだが、科学が進むと、これまでなら考えないで済んでいた『新たな不都合』といったものが出てくるものなのだ」


「——仮に百歩譲って、天皇家に〝若い世代〟が一人もいなかったのなら、『旧皇族の子孫』という『見知らぬ男』を連れて来て、しかもその肩書きに何らの科学的証明書もつけられない男の息子でも、〝天皇という事にする〟目もあるのかもしれない」


「——だが、天皇の実子がいるのに実子を差し置きそのような者を〝みかどの位〟に就けるのなら、国家権力が『天皇である』と言っているにも関わらず、その者が大衆からは〝天皇に見えない〟という異常事態となるのである。天皇なのに天皇に見えないというのは致命的ではないかね?」


(『みかどの位』って、初めて喋ってるの聞いた)と妙な事に感心してしまうかたな(刀)。


「——それこそ『天皇の正統性』に疑問符がつく」


「——私は『天皇は男系で126代と連綿と続いてきた!』という『右派・保守派勢力』が、なにかによく似ていると考えている。それは『憲法9条は未だ変えられていない!』とする『左翼・左派・リベラル勢力』の思考パターンそのままなのだ。実際はそうではないのに解釈で強引にそう思い込もうとしている」


「——『憲法9条』があるにも関わらず、実際はどうか? 自衛隊は容認され、海外派兵も可能となり、集団的自衛権の行使さえ可能となっている。これでは『憲法9条』は改正されたも同然で、『憲法9条は未だ変えられていない!』と信じ込むのは解釈で強引にそう思い込もうとしているだけなのだ」


「——これと同じ事が『右派・保守派勢力』の『天皇の後継は男系男子に限る』にも見られる。この価値観を要約すると『天皇の父親は天皇である』という意味になるが、天皇の母親の方は天皇であったが父親は天皇ではなかったという実例があるというではないか。具体名はなんといったか——」

 と言いながらかのファイルが再び開かれ繰られ始めた。


(そこまで用意していたのか)と舌を巻くかたな(刀)。どうやら『極右』をするにあたっては、『右派・保守派勢力』でさえも〝味方側〟という認識は持っていないようであった。


「——『草壁皇子』、『草壁皇子』というようだ。ここが〝解釈〟になっている。〝皇子〟ということばがついている事から解る通り、この人物が天皇の息子であるのは間違いない。その点では『馬の骨』ではない。しかし天皇ではなかった。にも関わらず。実子の名は『文武天皇』『元正天皇』という」(https://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/keizu.html参照)


「——この手の指摘については『文武天皇と元正天皇のだった!』と言うのが『右派・保守派勢力』の〝定番の返し〟らしいが、『だった!』もまた真実であるため、結局のところ『男系男子論』も〝解釈〟によって成り立っているとしか言いようがない。解釈で『天皇は延々と男系男子で継承されてきた』ということにできているのなら、『右派・保守派勢力』も『左翼・左派・リベラル勢力』にとっての『憲法9条』のように、この先誰が天皇になろうとも『その価値観は未だ変えられていないのだ』と信じ込んでいてさえくれればいいのだ」仏曉は言い放った。


 この点、とまるで〝考え方〟が一致していた。まだ言い方としては天狗騨の方がである。


「——念のため触れておくが、『今は皇弟の長男がいるから男系男子でいける。女系を認めるのはその後でもいい』という方向性でも将来的には『天皇の正統性』に疑問符がつくのは確実だ。なぜなら天皇の実子の方を性別を理由に排除しておきながら、後になって今さら『性別を問わない』と、を天皇としても、『正統な後継者が排除されてしまった』という構図を浮き立たせるだけなのだ」


「——『極右』が立つべき立ち位置は大衆の方でなければならない。大衆的感覚に拠った『天皇の正統性』こそが正答で、上から目線の『啓蒙的やり口』は大衆の反感を買う運命なのである」


「——そして既に『長期政権与党』の政治家でさえこの事には気づいている。即ち、『天皇の実子を差し置いて馬の骨の息子を天皇にする』などという天皇後継者問題の解決法は、実行するにしては、あまりに勇気を必要とするため〝無期限の先送り〟としている。この政治家どもの行動が全てを説明していると『右派・保守派勢力』の連中には言ってやりたいものだ」

 仏暁は言い終わると遠山公羽の顔を見た。


「——いかがです? ムッシュ遠山」


「そういう事なら『極右』でもよかろうな。ただ、『玄洋舎』と名乗りながら『極右』となると、本物の『玄洋社』ファンが殴り込んでくるやもしれぬが、まあ儂がなんとかするしかあるまいの」と深刻そうな内容を緩い調子で言ってのけた遠山公羽。言い終わるや立ち上がり身体を百八十度反転。

「——というわけで皆の衆よ、長時間のご静聴に儂から礼を言う。本来の予定ではこの後誰を頭とするかコンペティションに移るわけじゃが、もう宵の帳も降りておる。よってこれは明日とする。考えようによってはちょうどよい。誰を代表とするか一晩考え決めようではないか」遠山公羽が言い終わると場内は大拍手に包まれた。

 聴衆はほぼ高齢者故、途中小用で中座する者が出たのは仕方なかったが、少なくとも〝飽きて帰った者〟は、ただの一人も出なかったのである。

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