第四百十話【『極右』の天皇論】

 遠山公羽が語り始めた。

「なにせ『極右をやる』と聞いたのが急じゃったものでな、迂闊にも〝その時〟儂も思いつかなんだ——」

 遠山公羽の顔を演台よりじっと見ている仏暁信晴。

「——仏暁君、『極右』と『天皇制』の関係はどうなる?」遠山公羽は問うた。


 はっ、とするかたな(刀)。

(そう言えばそうだ)

 言われた仏暁は語り出す。

「お答えしましょう、ムッシュ遠山。『極右』は『極左』とは違います。君主制、日本の場合は『天皇制』と言いますが、私は『この制度を廃すべき』とは考えてはいません。むしろ逆に『廃さないべき』とさえ断言できる」


「ほう、そこまで言える〝理由〟のようなものがあれば、ぜひとも聞きたいのじゃが」


「理由なら二つあります。同じ事の繰り返しになりますが、一つは〝『極左』と同じにされないようにする〟という戦術のためです」


「——『極左は一周回って極右と同じ』とか、逆に『極右は一周回って極左と同じ』といったに、説得力を感じてしまう層がいるからです。ただ〝或る種の極論〟とは言ってみたものの、例えば欧州を見れば一目瞭然ですが、『極右』という思想は、実は君主制とは何の関係もありません。です。だから『極左=極右』論に説得力が出てきてしまう。しかし日本は共和制ではない。私はこの利点を生かすつもりです。『天皇制を支持する』と明言しておけば確実に『極左=極右』という〝或る種の極論〟を簡単に蹴り飛ばせますから」


「——それに『極左』即ち〝生粋の共産主義者〟の思想レベルまではいかずとも、『左翼』辺りは『君主制より共和制の方が優れた政治体制だ』くらいは思っている筈で、コイツらとの区別化もハッキリとつけられる」


 無言で肯いている遠山公羽。


「——もう一つの理由は、いったん『極右』という思想から離れ、一日本人としての立場からです。日本史を紐解けば、卑弥呼というのは謎の存在であるにせよ、『倭の五王』は『五代・五人の天皇』であるというのが定説です。日本という統一国家がここから始まり、そして時代はさらに下り『昭和天皇の戦争責任』とか、『左翼・左派・リベラル勢力』は未だ言っているわけです。つまり、


「——もしこの日本に『天皇』がいなくなってしまったのなら、国名だけに『日本』が残っていても、それはもう従前の日本ではない別のよく解らない国、『日本共和国』になります。個人的感情で言わせてもらえば、そんな『共和国』とかいう薄気味悪い国に愛国心など持ちようが無い。たとえ〝フランスかぶれ〟になっていてもです」仏曉は言い切った。


 ぱちぱちぱちぱちと、一人遠山公羽が最前列から拍手した。その様子を呆然として見つめているようなこの場内。その一人拍手が止まり当の遠山公羽が口を開いた。


「仏暁君、やはり君で間違いないようじゃ。ただそうなると、現在目の前に横たわっておる問題を見て見ぬフリをして素通りはできない。言わずもがなとは思うが『天皇制』とはがしかと決まっておらねば続きようがない。単刀直入に訊くが次代の天皇は『天皇の長女』か『皇弟の長男』か、君ならどちらが良いと考える?」


「『天皇の長女』の方でしょう」あっさりと仏暁は言ってみせた。〝考えた〟だとかそうしたそぶりさえ見せずに言い切った。これには場内ざわめく。


「こりゃまたずいぶんハッキリと言ったものよな。これでは『右派・保守派』辺りとはまず相容れぬの」遠山公羽がこう言うと、


「あぁ、『男系男子』というやつですか」とまたあっさり仏暁は口にした。


「その通りよ、『天皇になれるのは男系男子に限る』という、な。で、意見の対立は必至じゃが君ならどう切り返す?」


「まず一応誉めてはおきます。『右派・保守派勢力』を」


「それも君お得意の〝〟というやつかの?」


「もちろんです、ムッシュ遠山。天皇後継問題について『右翼勢力』辺りは何を考えているのかまるで分からないわけですから、少なくとも〝己の意見〟を明らかにしている方が間違いなく誉められる」


「〝誉めどころ〟はそこ、というわけか」


「ええ、そうなります」


「率直に言って君は『男系男子論』をどう見る?」


「天皇は126代でしたか、その中でとなると、そこに『〝何らかの意味〟を見いだしたい』、という気持ちは解らないではない」と、まずは仏曉口にした。

「——ただ、『男系男子論』では早晩『天皇の正統性』の問題にぶち当たるのは間違いないでしょう」


「『天皇の正統性』、と来たか。まるで『神皇正統記』の如くよな」


「『北畠親房』ですね」


「しかし〝正統性〟を言い出すと『男系男子こそが正統なり』という反応で返されるじゃろうな。そこはどうする仏曉君」


「先ほどと同じになりますが『極右』という思想は政治体制が君主制でも共和制でも成立しますから、『極右』に天皇の後継問題について独自のがあるわけではない。あるとするなら『極右』が立つべきポジションは、〝常に大衆の感覚の側であるべき〟という、ただこれだけの事です」


「清々しいほどの〝ポピュリズム肯定論〟よな」


「それが『極右』ですから」


「しかしそれで『右派・保守派勢力』相手に理屈で圧倒できるかの?」


「『左翼・左派・リベラル勢力』の失敗はその『』にある、と言ってやります」


「『啓蒙的やり口』とな? なんとも素っ頓狂な〝答え〟に聞こえるが」


「その意味はこうです。『左翼・左派・リベラル勢力』は『これが正しい価値観だ!』として我々大衆に一方的に〝特定の価値観〟を押しつけてくる。残念ながらこの手の陥穽に『右派・保守派勢力』も落ちてしまったようです。それが天皇の後継についての『男系男子論』です。これがどれほど大衆感覚を無視した『啓蒙的やり口』か、具体的に語ってみせればすぐにでも解ります」仏暁はやけに自信たっぷりに言い切ってみせ、顔を上げた。

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