第三百九十話【『宗教の教義』論】

「『男尊女卑が教義なら終末思想ではないではないか』と諸君らは思った事だろう」仏暁はあたかも聴衆の反応を予測し先回りするように口にした。聴衆が考えるよりも前に言ってしまったために、皆言われた後に気がつく始末。


(だよね、)とかたな(刀)もその一人。


「——実は『男尊女卑』も『韓国発祥のカルト宗教』のオリジナルとは言い難い。奴らが手本とした『キリスト教』にもそのケがある。こう言うとキリスト教徒達が怒りそうだが、ローマ教皇には男しかなれないだろう?」


「——『そんなものは当たり前だ』という者がいたならこう言おう。その割合こそ少ないものの日本では女も天皇になれますよ、と」


「ほう」と珍しく遠山公羽が声を出す。


「今から私がする話しの趣旨はこうだ。『韓国発祥のカルト宗教』の教義について、『男尊女卑』と持ち出したばかりだが、諸君らには宗教の教義について、大真面目に考えるバカバカしさについて認識をしておいて欲しいのだ。なぜならからである」


「は、はい?」今度はかたな(刀)の口から声が漏れ、場内の反応もまたほぼ同じ。仏暁は場内が静まるのを待つかのように喋るのをやめてしまっている。

 ようやく静謐が戻った段になり「では先を続けましょう、」と仏暁は演説を再開。


「——私も含め諸君らはたぶんキリスト教徒ではない。しかし『アダムとイブ』と言われれば『どこかで聞いたような』と、そう思う率は高いだろう」


「——『アダムとイブ』でひとつのフレーズのようになっているが、もちろん二つの存在、『アダム』と『イブ』を指している。ただこのフレーズを分けてしまうと『アダム』の方はともかく、『イブ』と言ってしまうと日本では12月24日になりかねない。それにどういうわけかいくつかの別の呼称も存在しているのが『イブ』の方で、『エバ』とも『エヴァ』とも言う」


「——『エヴァ』と言ってしまうと日本ではアニメの話しになりかねないのでここでは『エバ』と呼称する事にしておこう」


(あぁ『エヴァ』ね、)とかたな(刀)は思うが場内無反応。


「——元々の出典は『旧約聖書』中の『創世記』。『アダム』というのは宗教的に人類最初の男、『エバ』というのは宗教的に人類最初の女、という事になっている。この二人は『神』から『この実だけは食べるなよ』と言われていた。いわゆる『禁断の果実』というやつだ」


「——異教徒にとっても有名な話しなのでオチは既に周知の事と思う。宗教抜きにしても『やるな』と言われると『やってしまう』のは人間或る種のお約束と言っていい。ただきっかけというものがある。食べるよう煽った者がいる。それは蛇。これは『悪魔』と解釈されている」


「——『アダム』と『エバ』、どちらが先に『禁断の果実』を口にしてしまったのか? これも割と有名な話しで、宗教的に人類最初の女、『エバ』の方が先に食してしまった。つまり事にしてある」


「——しかしその後、宗教的に人類最初の男『アダム』が『禁断の果実』を食さなかったと言えばそんな事は無く、『エバ』に勧められるままに『禁断の果実』を食べてしまう。〝女の方から誘われると男はなかなか断れない〟とは、教典の割に妙なリアリティーがあるな」仏暁がそう言うと今度は場内からは苦笑が漏れ出た。逆に〝微妙な感じ〟で笑うに笑えないのはこの場内の唯一の女性のかたな(刀)のみ。


「——が、〝どっちもどっち〟とは私の個人的解釈に過ぎず、となるとまた別の話しだ」


 仏暁は手元のファイルを繰る。

「——『アウグスティヌス』なる人物がいた。古代キリスト教最大の教父・思想家で、存命していたのは西暦354年から430年だという。後にキリスト教の教祖となった『イエス・キリスト』がエルサレムで十字架の刑に処せられたのが西暦30年頃だと云われているから、それからざっと三百数十年も後の人間だ」


「——この〝古代キリスト教最大の教父〟は以下の如くを行った。『エバ』は惑わされて罪を犯したが、『アダム』は『エバ』に譲歩してしまったために罪を犯した、と解説している。つまり『男は女に譲歩などしなければ罪など犯さなかった』という意味だ」


「——ここで個人的見解を述べる。本当にそうか? 『ね、おいしいから食べてみない?』と誘われて『うん、食べる!』と返事をしてしまっただけではないのか? 『譲歩』にはという意味があるが、男女間の仲が良かったなら〝渋々〟にはならないような気がするがね」


 仏曉の言い様にまたも場内から笑いが漏れる。


「——さて、脱線はこれくらいにして、〝古代キリスト教最大の教父〟はまたこうも云っている。『のはイエス・キリストについての預言である』とし、『十字架上のイエス・キリストの脇腹から血と水が流れ、そこから教会が立てられたのであり、』と、」


 場内はぽか〜ん。


「——何を言っているのかまるで分からないだろう。何せ喋っている私本人でさえよく分からないで喋っている」仏暁がそれを言うと一転場内から苦笑。


「——ハッキリとしているのは宗教に合理性を求める行為は野暮だという事だ。それにこの『アウグスティヌス』の解釈もまったくデタラメというわけでもない。旧約聖書には『神の手によってアダムの肋骨からエヴァが造られた』という記述がある。『男の肋骨から女が造られた』という意味だ。『女が男から造られた』というのはここから来ている」


「——しかしこういう解釈を続けていると『男女平等・男女同権』という現代の価値観に、キリスト教という宗教そのものがそぐわなくなってくる。そこで現代では『アダム』を〝男〟とは解釈せず、ただ単に〝人〟と解釈し、『神は人からもう一人別の人を造った』という事にしているようだ。教典の字面は古から一言半句変わること無くまったく同じでも、解釈を時代とともに変えていく。宗教の教義は日本国憲法の条文解釈に酷似していますよ、というのはこういう意味なのだ」


「——さて、これほどまでに話しを大遠回りさせたのには理由がある。『韓国発祥のカルト宗教』を相手にするのに大真面目に敵の『教義』などを研究し追求していても敵に、と、これを言いたいがためなのだ。現に『韓国発祥のカルト宗教』がモデルとした『キリスト教』自体が『アダム』と『エバ』のアウグスティヌス的解釈を捨てつつある」


「——ただ今のところ『韓国発祥のカルト宗教』はこうした〝同時代性〟をまったく顧慮せず『男尊女卑』という教義をそのままこの現代に持ち込んでいる。『旧約聖書・創世記』をかなりオリジナルに解釈し、それこそキリスト教徒達が聞いたら怒りそうな荒唐無稽化が止まらなくなっている。遂には『エバ』が『ルシフェル』、即ち悪魔と不倫した事になったようだ。『アダム』視点では〝寝取られた〟事になる。まったく『どこのネット小説か』といった展開だ」と仏暁おどけたポーズ。


(それって〝エヌ・ティー・アール(NTR)〟っていうんだったっけ? なんでそんなの知ってるのよ)と内心で突っ込んだかたな(刀)もまた知識としてならだった。


「——かくして『韓国発祥のカルト宗教』の教義は以下の如くとなる。『女とは簡単に罪を犯す存在だ。女に罪を犯させないためには、男は女に尽くさせなければならない。女も罪を犯さないために男に尽くし続けなくてはならない』という教義だ」


(ひどい!)とかたな(刀)。


「——その上で『韓国発祥のカルト宗教』は国家の擬人化を行う。サブカルチャーのコンテンツの中にそういうものがあったと記憶しているが『韓国発祥のカルト宗教』による国家の擬人化は大ざっぱで雑だ。擬人化する国は二つしかない。『韓国』と『日本』だ。韓国を男に擬人化し、日本を女に擬人化する。これを頭に入れた上で『韓国発祥のカルト宗教』の教義に代入していく。実際にやってみればどういうものかはすぐ解る」


「——『女とは簡単に罪を犯す存在だ。女に罪を犯させないためには、男は女に尽くさせなければならない。女も罪を犯さないために男に尽くし続けなくてはならない』は『日本とは簡単に罪を犯す存在だ。日本に罪を犯させないためには、韓国は日本に尽くさせなければならない。日本も罪を犯さないために韓国に尽くし続けなくてはならない』。これが即ち日本人信者から根こそぎ財産を奪っていい理屈になっているのだ」


「韓国のカルト野郎が!」「ふざけやがって!」と場内から怒号と憤怒の声が上がる。とても高齢者達とは思えない。しかしここで仏暁、抑えて抑えてのポーズ。

「——しかし私のようなからすれば『では韓国人とは〝〟という事になるな』と、〝笑いどころ〟のようにしか感じない。むろんこれは〝植民地支配〟とやらの擬人化である」これには殺気だった場内も笑うしかなくなっている。ここで仏暁、演台から雨土に呼びかけた。


「雨土さん、あなたは『「過去の植民地支配」とやらを日本人信者に対し持ち出し』と言っていました。『韓国発祥のカルト宗教』が〝歴史〟を、〝利益を得るための道具〟として使う事を知っていた。日本人に罪悪感・贖罪感を持たせ、それを軽減するために高額で『ガラクタ壺』を売ることも知っていた」


 雨土は仏暁に特に韓国について語るよう要求した際、確かに『韓国発祥の宗教が日本人を入信させた上で「過去の植民地支配」とやらを日本人信者に対し持ち出し、罪悪感・贖罪感を植え付けている』と言ったという自覚がある。しかしなぜ唐突に演説を中断し呼びかけられたのかは解らない。ともかくも、

「その通りです」と雨土は返事した。


「そう。知っている人は知っている。だが知っている日本人の方が少数派の筈だ。『韓国発祥のカルト宗教』が〝歴史〟を、利益を得るための道具として使う事を、どこまで多くの日本人が認識しているのだろうか?」


「——雨土さんや私のような心持ちになれない日本人ばかりだから『韓国発祥のカルト宗教』の餌食になってしまうのだ。これは長年国内外の『左翼・左派・リベラル勢力』が行ってきた『日本人はアジアを侵略し植民地支配した』といったキャンペーン、『日本悪玉史観』という日本民族洗脳工作の効果である。『日本悪玉史観』をまだ吹聴し続けるという事は、『韓国発祥のカルト宗教』の側面支援をしているのと同じである」

 仏曉は顔を上げた。

「——世界は『韓国』と『日本』だけでできているのではない。日本人以外はどうなのか? という視点も無ければ視野が狭い奴だ。実は『韓国発祥のカルト宗教の被害者』には或る特徴がある。それは『韓国人で高額献金の被害に遭ったという被害者がいない』、という特徴だ」


「——このカルト宗教の目的が、単なる金集めなら韓国人にも多数被害者がいなければおかしい。韓国内でも社会問題になっていなければおかしい」


「——ところが大韓民国という国の中で、被害者が当該カルト宗教に対し『賠償しろ!』と、被害者団体を結成したニュースなど聞いた事が無いだろう? 『セウォル号沈没事故』や『イテウォン群衆圧死事故』でも政府に『賠償しろ!』と要求するあの韓国人という民族が、『韓国発祥のカルト宗教』に対しては誰も賠償を求めない。これは韓国人に被害を与えていないという証明だ。これは『韓国発祥のカルト宗教』が『誰からでもいいからカネをふんだくれ!』という価値観を持っていないという事だ。金づるとして標的にされているのは日本人のみ」


「——故に私はハッキリと断言する。日本人ばかりに被害を与える『韓国発祥のカルト宗教』の教義のベースは『キリスト教』だけではない。間違いなく『』もまたベースとしてあるのだ!」


 仏暁のことばに再び場内が騒然となる。ここで仏暁、一拍の間を取り「日本人としてその怒りはもっともな事だ」と口にした。

「——ただ皆さん、まだ『終末思想』の〝しゅの字〟も出てきてはいませんよ」と口にした。

 『そう言えば』と今さらながらに皆それを思い出したようであった。


「——いよいよ状況が不利となれば『韓国発祥のカルト宗教』も本家キリスト教の如く〝これまでの教義〟の解釈を自在に変えて来よう。結局今を生きる人間にとって都合の良い解釈にしてしまう。だから逃げられないよう戦術を工夫する必要がある」


「——しかし、『』が教義のベースになっているとなれば解釈変更は著しく困難である」ここで仏暁は人差し指を一本立て、続けて「——実は『教祖のお言葉』の中に民族主義なものがあるのだ」と、そう言い切った。

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