第三百五十四話【極右の最強の敵】
「それは『ニヒリズム』だ」
あまりに端的に仏暁はその〝敵〟の名を口にした。
「——日本語に訳せば『虚無主義』だ。これぞ最強の敵だ」
「——『左翼・左派・リベラル勢力』がほぼ常套句的に『右』側をナチス呼ばわりするので『ナチス』に妙な免疫ができてしまってしょうがないが、ここで敢えてナチスを持ち出そう。そもそも初期にナチス党を支持し出したのはどの世代か? という話しだ」
「——ナチス党は最終的に全体主義政権になってしまったため、オーストリア併合時辺りではユダヤ系ドイツ人以外はそれこそドイツ人中のほとんど全世代からの支持を得ていたと言っていいだろう。しかし初期においては世代ごとの支持の熱量の違いは間違いなくある」
「——しかし残念な事に、現代のように〝世代別政党支持率〟なる調査が行われていたという話しを聞かない。ただ、〝通説〟というものはある。最初期のナチス党の支持層は『若者』『失業者』『零細自営業者』と云われている」
「——この中で唯一、〝世代〟を指し示しているのが『若者』という語彙だ」
「——そして唯一『若者』だけが、現代に生きる我々もそれを未だに目視で確認できる。ナチス党勃興期の当時に撮られ、この現代まで残っているフイルムを見た者はあまたいるだろう。あの行進している連中の顔を見たか。突撃隊と呼ばれるSA、親衛隊と呼ばれるSS。隊員たちは皆若そうに見える」
「——かつて日本の公共放送の番組でこんな〝証言〟を聞いた事がある。それは『ナチス党がいかに素晴らしいかを親に説いてもまるで理解されなかった』というものだ。ここからナチス党は若年世代に受けていたと言えるし、同時に二十代の子の親世代、つまり四十代半ば以上の世代からの支持はイマイチではなかったかと考えられるのだ」
「——そして比較的現代に話しが飛ぶが、私は日本のテレビ局が欧州の極右政党の党首にインタビューを申し込んだといった類いの番組をいくつか見たことがある。その話しの中身よりも話している人間のその顔をまじまじと見てしまった。よく〝白人の顔は老けやすい〟といった話しを聞くが、欧州の極右政党の党首は日本人目線でも〝若い〟。若い顔をしている」
「——そこで『日本』だ。政府の規制緩和・自由化原理主義政策の犠牲者となったいわゆるロスジェネ世代はすっかり中年世代であり高年世代に足を半分突っ込み始める者も現れている。もはや〝若年世代〟ではない。若者ではないのだ」
「——『どうせ俺の・私の後に子孫は無い』と、彼らの精神がニヒリズム・虚無主義に支配されていたなら、いくら『民族感情』で彼らを煽ろうと社会に変化を及ぼすような大変動は起こりようがない。なぜなら『民族感情』とは〝現状を否定し未来を変える〟という意志で成り立つ感情だからである。未来に絶望した人間にとっては『民族感情』など〝他人の祭〟に過ぎない」
「——酷な事に『民族主義』でさえ、若くはないと盛り上がれないのだ」
「——つまり、この点に於いてナチス党勃興期のドイツと現代日本は条件が違っている。では現代日本の若者に『民族感情』は無いのか? と言えば無い事もないだろう。しかし彼らの世代に現状を否定する強い集団的意志があるか、というと話しは違ってくる。現代日本の若年世代はその同世代人口の少なさから就職時、実に引く手あまただ。この現実、ロスジェネ世代とは隔世の感がある。こうした引く手あまた状態の若人にとってはそもそも現状を否定する動機が希薄だ。民族主義の一番の担い手と考えられる世代がこうだと『民族感情』などどこからも盛り上がりようがない」
(就職時、実に引く手あまた……、ロスジェネ世代とは隔世の感……)
その仏暁の言にかなり〝ぐさり〟と来ているかたな(刀)。
(おかしい。ならなぜわたしは就職に失敗するのか、)と。
(このままでは〝わたしほど極右に向いている若者もいない〟になっちゃう)
「——かくして煽ろうと煽ろうと『極右』など台頭せずこの社会の流れなど変わらないという残酷なオチとなる事も十二分に考えられる。ただしそれは〝平和な社会が続く〟事を意味しない。私の言う〝この社会の流れ〟とは無敵の人予備軍が実にさりげなくそこかしこを日常的に歩いているという、こうした社会の流れが変わらないという意味だ」
「——だがしかしだ、『どうせダメだろう』とやる前から結論を予定し何もしないのと、何かをやってダメだったのとでは後々の時代から見て意味がまったく違うものとなる。もはや日本人人口の減少に歯止めをかけるには『民族感情』が不可避的に必要なのだ。もう現時点に於いてさえ『あの時ああしていれば』といった状態なのに、この先の未来に於いてさえも『あの時ああしていれば』と思うようになったのではお話しにならない。まったく失敗がどこにも生かされていない。『せめて生かそう』とする気さえ無い! 我々は口だけで偉そうに批判してくる奴らをとことん蔑視し、決してああはなりたくないものだと反面教師として認識していればいい。どうせ奴らにはろくに存在価値など無いのだ。そして敢えて『民族主義』を採るという決断をしなければならない。『日本民族』のための民族主義をだ! だから私は却って『極右』が台頭した方が日本社会は安全になると思っているくらいだ!」
(この力の込め具合、話しの内容からしてこれで終わりなの?)とかたな(刀)。
(でも高齢者ばかりを集めて『若くないと民族主義で盛り上がれない』なんて言うの、アジテーターとしてどうなの? ってカンジだけど、って思う)
かたな(刀)の思った通り、現にこの場の盛り上がりはイマイチ。ぱちぱちとまばらに鳴っている拍手。
「——さてさて、私の演説もずいぶんと長くなってしまった。今の言葉が一見〝締め〟のように聞こえたがそうではない。次でいよいよ本物の〝締め〟の段に入る」仏暁はそう言った。
(ここじゃなく〝次で終わり〟なんだ、)となんとも不可思議な感覚に襲われるかたな(刀)。この〝続き〟が想像できない。
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