第三百五十三話【戦慄! 『在外同胞庁』はお前達を絶対に逃がさない!】

 仏暁が詳しい説明を開始する。

「2023年6月の事だ。大韓民国は『在外同胞庁』なる奇怪な役所を中央政府の機関として造った。この役所の設立目的は大韓民国国外の韓国人、即ち『在外コリアン』への支援を強化するためだという」


「——問題はここからだ。単に韓国国外在住の韓国人に対する支援だけではないのだ。『韓国籍ではないが人間を〝在外同胞〟と規定』したのである。その数は世界で730万人から750万人いると見積もっていて、うち約80万人が日本にいる、としているのだ」


「——そして大韓民国政府はこんな事を言っている。『世界の同胞がつながり、情報や経験を共有すれば、在外同胞と韓国が共に発展できる』と」


「——『韓国籍ではないが』、〝見なされる〟とは実に不穏ではないか? 本人の自覚が無くても一方的に〝見なされる〟のだからな。これは日本のネット界隈で伝統的に見られる〝在日認定〟そのもので、その意味は『お前は仲間ではない。どうせ外国人だろう』となる。韓国側に立った意見の表明を日本語環境のネット上で行うともれなく在日韓国・朝鮮人にしてくれるという一種のネット文化である。つまり日本国籍を持たぬ者として扱われる。表明した者が本当に在日韓国・朝鮮人なら国籍が日本国籍ではないため事実を指摘したに過ぎないが、日本国籍を持っていた場合『お前は仲間ではない。お前はどうせ外国人だろう』は中傷の類いとなる。何せ〝外国人〟とは日本国籍を持たぬ者を指すことばだからな。そうした〝在日韓国・朝鮮人認定〟と同じ行為を大韓民国政府がやろうというのだ。政府が行う分、それは〝公式な在日認定〟ではないか」


「——私には『韓国籍を捨ててもお前達は永遠に韓国人だ』としか聞こえなかった。要するに『絶対に逃げられないぞ』としか聞こえなかった。そうした目的の達成のために設立したのが大韓民国の『在外同胞庁』なのだ。〝民族の血統〟、こんなものを2023年にもなって主張し始めるのが韓国という国家なのだ。しかも〝対日融和政権〟ということになっている政権がこんな役所を造ったのである」


「——私に言わせれば実に奇々怪々だ。〝韓国籍ではない〟というのは韓国という国家から見て〝彼らは既に外国人〟という事だ。それこそ『お前はどうせ外国人だろう』と言っても事実の指摘に過ぎない。韓国籍でないのなら帰化した先の国、その公共のために尽くし、帰化先の国の発展に努めるのが本分の筈だ。もしそうした気が無いというのなら、外国人を排斥する者の言うことに説得力がある事になるな。国籍を変えても本国と情報を共有するというのは、有り体に言ってこれはスパイではないか?」


「——これに対する『左翼・左派・リベラル勢力』の言いそうな事を指摘しておいてやる。『二重国籍を認めろ』、『二重国籍を認めない日本は遅れている』、これで万事解決と、そう言い出すに違いない。韓国を庇うために。だがそもそも『二重国籍』という概念事態がおかしい。冷戦時代アメリカ国籍とソ連国籍を同時に持った人間があり得ただろうか? 時代を下り考えてみてもウクライナ国籍とロシア国籍を同時に持つ人間などあり得るだろうか? 『二重国籍を認めろ!』とか抜かしている奴らの方が異常な思想の持ち主なのである。そして『二重国籍など認めている国』は平和ボケしているのである。この日本よりも、だ」


「——それに『二重国籍』云々を言いだしてきたとして、それは典型的〝論点逸らし〟戦術でしかない。何せ大韓民国政府の言っているのは〝血統〟だ。『血統』の問題を『二重国籍』の問題としてすり替えようとしても無駄な足掻あがきである。大韓民国の『在外同胞庁』とやらは『韓国籍ではないが人間を〝在外同胞〟と規定』しているのだからな。〝血統〟の話しをするしかないのだ」


「——さて、血統的観点から見て〝在外同胞〟とやらはいつまで〝在外同胞〟なのか、という率直な疑問がある。ここに〝或る一人〟の人間がいる、とまず想像してみて欲しい。その人間は父と母という〝二つのルーツ〟から成っている。。そしてその父と母にもやはり父と母がいる。最初に挙げた〝或る一人〟から見れば祖父母となる。人間は二代遡るだけで〝四つものルーツ〟から成り立つという事が解る筈だ」


「——『何を当たり前の事を』と思う向きがあるかもしれない。しかしもう少し続けよう。祖父母の代からさらに一代遡り、曾祖父・曾祖母ともなると、最初に挙げた〝或る一人〟の視点では『自分は八つものルーツから成り立っている』となる。仮に曾祖父・曾祖母を一世とすると、祖父母が二世、父母が三世、〝或る一人〟本人が四世だ」


「——大韓民国政府が『民族』を語るのに〝血統〟などを持ち出してくるため、こういう話しをせざるを得ないのだが、正直に言って『日系四世』まで来ると果たしてそれは日系人と言えるのかどうか大いに疑問だ。つまりここまで来ると何らの〝共同体の集団記憶〟も共有していないのは当然として、人種的観点を敢えて持ち出してさえも、『四世』まで来ると〝近しい先祖がどの人種と婚姻関係を結んできたか〟によっては、顔立ちがほとんど外国人という『日系人』もいるという事になる」


「——世代を遡った結果日本由来のルーツが八分の一しかなかったのなら、さすがに『日系人』を名乗るのは無理があるのではないか。祖父母の代、四人の中に一人だけ日本人がいるというタイプのクォーターだって『日系人』を名乗るには少し無理があると感じるほどなのに」


「——そこで改めて大韓民国政府だ。韓国籍を持たない者について、『日系人』と同じように『韓系人』という者は確かに存在する。だがいったい何世までを〝同胞〟と定義するつもりなのか? 四世の場合だと韓国由来の血統的成分が八分の一もあり得るがこうした人間も〝同胞〟扱いするのか? ぜひとも韓国とコネクションのある『左翼・左派・リベラル勢力』には韓国の『在外同胞庁』とやらに突撃取材を敢行して欲しいものだな」

 韓国を護れるものなら護ってみろと言わんばかりの不敵な表情をする仏曉。


「—— 一方で我々は韓国を取り扱う場合は細心の注意を払わねばならない。韓国だけを狙っているように見えると『自称正義の味方』、要するにそれは海外も含む『左翼・左派・リベラル勢力』であるが、コイツらが正義面して襲ってくる。そこで他の類似例を示し、『韓国人だけを狙っているわけではない』というアピールの必要に迫られるのだ」


「そこで『黒人』だ」

(よりにもよって、)とかたな(刀)。

 仏暁、僅かに間をとる。


「——どうして欧米人達は黒人の血統的成分が混じっているとその人間を〝黒人扱い〟にするのだろうな? 考えるにこれはおかしいのではないか? 具体的話しをするとそれは2008年に就任したアメリカ合衆国第44代大統領で、アメリカに於いては『黒人初のアメリカ大統領』、あるいは『アフリカ系初のアメリカ大統領』という事になっている。外見上確かに黒色人種に見えるが、彼の血統的成分は黒人と白人のハーフの筈だが」


「——また別の例ではイギリス国王の次男の妻だ。この夫婦は王室が嫌になりアメリカ暮らしをしているが、彼女の血統的成分も純黒色人種ではない。やはりハーフだ。しかもこちらの方はアメリカ大統領の方とは対照的に外見上パッと見ただけでは黒色人種と気づかない。しかしどういうわけかこの妻も『黒人』として扱われている。だからいよいよ欧米人の価値観が解らなくなってくる。いったい欧米人にとって〝黒人の基準〟とは何なのだろうか?」


「——どう考えても〝歪んだ血統主義〟だろう」


「——確かに黒人と白人の間の問題は〝人種問題〟である。日本人と韓国人の間に起こる〝民族問題〟とは似て非なる別種の問題だ。『人種』は〝遺伝子〟でできているため〝血統〟の話しになる事自体は不自然な話しとはならない」


「——だが中間的血統というものは現実にある。中間だから最適解は〝どちらの血統でもある〟になるしかない。なのに僅かでも○○マルマル人の血が混じっていたらソイツは○○マルマル人だ! という感覚は実にナチス的だと、我々は先制攻撃的に主張しておかねばならない。海外も含む『左翼・左派・リベラル勢力』が『自称人権派』のポジションをとりこの我々を非難するなら必ず次の問いに答えてもらう。必ずや攻撃者自身の立ち位置を明らかにさせる! 黒人の血が少しでも混じっていたら委細構わず黒人にするのか? では白人の血が少しでも混じっていたら白人にしないのか? 要は『血が何分の一まで薄まったら○○マルマル人認定しなくなるのか?』という簡単な質問だ。それで奴らの正体が解る」


「——とは言え国内外問わず『左翼・左派・リベラル勢力』という奴らは人の疑問に答えず、言いたいことだけを気に食わない他者にぶつけ、一方的価値観を押しつけてくるような連中だ。『極右』などとの〝建設的やり取り〟などはせず、『極右が台頭しつつある! 危険な兆候だ!』と言って社会を煽るだけだろう。社会の分断の原因は『右』側だけにあるわけではないし、何も〝煽る〟のは『極右』の専売特許ではないぞ!」


 ここで「そうだそうだ」と聴衆から声が飛ぶ。


「——しかし生憎私は自惚れ屋ではない。『我々日本民族は国内外の異民族から理不尽な攻撃を受け続ける被害民族だ!』と極右的にこの社会を煽ったとて、どれほどの人々が呼応してくれるものやら」


(え? そんなこと思ってやってたの?)とかたな(刀)。これには場内も静かにざわめく。


「——ただ断っておくが私は『日本人は民度が高い』ということばを使いたくない人間なのだ。高くない奴がいるだろう、と言いたくなる。これもイジメ問題に取り組んできたせいだろう。だから『日本人は冷静で、決して煽られる事のない人々だ』だとか言い出して必要以上に日本人という集団の国民性を美化するつもりは無いし、かといって『左翼・左派・リベラル勢力が手強いから煽るのは無理だ』と言っているわけでもない。ハッキリ言うがそんな人気の無い奴らは敵ではない。全く別に『民族主義』すら通じないがこの現代日本には存在しているのだ」


(いったい誰? いるの?)かたな(刀)ならずともこの場にいる者全員が仏暁の次のことばを固唾を呑んで待っている。

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