第三百五十二話【民族的日本人と国籍だけの日本人(意訳・過去を謝らなくてはいけない日本人と過去を謝らなくてもいい日本人)】

 仏暁は顎に手をあてた。

「近頃のオリンピック代表選手や、あるいはテレビタレントとして出てくる『日本人』の中に、ずいぶんと変わった名前を見かける事が、すっかり珍しくなくなった」


「——もちろん私はこうした演説会の場で、いわゆる〝キラキラネーム〟の話しをしようなどとは思っていない」


(これは、クル、)とかたな(刀)の心は身構える。


「——〝顔立ち〟そして〝顔色〟、それが我々とはどこか違っていて、しかしながら『日本人』なのである」


(やっぱりこれか、)とかたな(刀)は思う。その直感は当たった。(まさか、こういう日本人が『背後からの一撃』を——、とかは言わないよね……)


「——要するに『日本国外ルーツのある日本人』がずいぶんと増えた。『日本国外ルーツのない日本人』も、もう割といる事だろう」


(つまりこれって『ハーフの人』と『両親ともに外国人って人』で、日本国籍持っている人、ってことだよね、)


「——中に、〝人種〟が同じで〝民族〟だけが違う『日本人』も、相当数がいるのは確実だ。こうしたケースでは顔色が『日本民族』とまったく同じなため、民族的ルーツが違っていようと外見上見分けは全くつかない」


「——『この日本国の中にいつの間にか二種類の日本人が住むようになっていた』と私が言ったのはこれら種々の事実についてなのだ」


「——私は〝日本の現実〟をただ喋っただけであるが、この事実を口にしただけでもきっと『左翼・左派・リベラル勢力』から猛抗議が来る事であろうな」と、ことばの割にばかに余裕がありそうな顔をして仏暁は言った。


「——これを予測できているからこそ、私は民族の定義を、とあらかじめ明らかにしておいたのだ。『左翼・左派・リベラル勢力』の攻撃方法はワン・パターンである。『混血だから差別された』、『元外国人だから差別された』と、そういった事にするに違いない。連中の戦術などこちらはとうの昔に研究済みで、簡単に読み切れる」


「——私がのは『』についてだ。何しろこれでも元々は教育者だったのだからな」そう言いながら仏暁は手元のファイルを繰る。


「——ここに資料がある。これもまたれっきとした事実である。この〝具体的な資料〟を基に話しを続けよう」


「——2007年6月26日、アメリカ合衆国下院外交委員会はいわゆる『慰安婦問題』で日本政府に公式な謝罪を求める決議を圧倒的多数で採択した。俗に『慰安婦対日非難決議』と呼称される決議である。決議の中身は米軍慰安婦問題を棚上げにした実に人種差別的なもので、日本人に『かくかくしかじかの事をやれ』と一方的な要求だけをするふざけた中身であった。これらいくつかの要求の中に〝日本人が未来に渡り受け続けなければならない〟が含まれている。その部分を読み上げよう、」

 そう言いながら仏曉は手元のファイルに目を落とし、件の箇所を読み上げる。


「——『慰安婦に関する国際社会の提案に従うとともに、この恐るべき現在と将来の世代を』、とある。日本人の子ども達に日本人の過去の犯罪を教育しろ!、というわけだ」


「—— 一応断りを入れておくと、この手の〝要求〟をしてくるのは、もちろんアメリカ人限定ではない。韓国人、北朝鮮人、中国人もまた同様の要求をこれまで我々におこなってきた。要するに〝異民族〟がだ」


 ここで改めて場内を見回す仏暁。


「——諸君らには思考してもらいたい。こうした『教育』の目的についてだ。『日本人に〝罪の意識〟を未来永劫持たせ、外国に逆らえないようにする目的』、以外に目的が見いだせるだろうか?」


「——私の答えは既に定まっている。こうした『教育』には間違いなく『日本人に〝罪の意識〟を未来永劫持たせ、外国に逆らえないようにする目的』がある。そう断定する」


「——まず、この『教育』がしているか、そこをハッキリとさせておく必要がある。その点、事あるごとに日本人に謝罪要求してくるあらゆる異民族どもに問い質しておかねばならない。『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』が、『この恐るべき現在と将来の世代を』という教育の対象に含まれるのかどうかを!」


「——もし『』という答えを奴らの口が喋ったなら、この手の要求はを持つようになる。それは『教育』などときれい事を謳いながら『日本民族』という特定民族に対する攻撃を意味するようになるからだ」


「——すると必然この手の要求自体に大義が無くなる。それでは『ユダヤ人』という特定民族を攻撃するナチスとやっている事が同じになるからだ。違うのは〝固有名詞だけ〟というオチになる」


「——では逆に『』という答えだった場合はどうなるだろうか? 『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』にも、〝この恐るべき犯罪〟とやらについての教育を施すと、今度はそれがどういう結果を産むだろうか?」


「——具体的論点は二つだ。〝謝り続けなければならない〟が、そうした『日本人』たちの心に起こるかどうか? そしてもう一つ。〝謝り続けなければならない〟が、そうした『日本人』たちにあるかどうか? そこを問うているのだ」


「——しかし問うたところで誰も答える者はいないだろう。十中八九どころか十中十ダンマリを決め込むに違いない。なぜなら基本『日本民族』を攻撃してくる連中は臆病者で卑怯者で、しかし自己保身についてのみは妙に頭が回るからだ。要するに恐ろしい質問には答えたくないのだ」


「——しかしだ、私が問うているのはあくまで〝予測〟に過ぎない。『どう予測する?』と訊いているだけで意見や立場の明示を要求しているわけではない。『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』の反応についての予測だ」


「——さぁて、『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』に、こうした教育、『日本人である以上は日本の過去の歴史について謝罪と反省の義務があるんだぞ』と罪の意識を擦り込ませる歴史教育を施せば、彼らはどのような反応を示すだろうか? は実に〝当たり前のもの〟となるしかない。〝謝り続けなければならない〟など起こる余地は無い。のがオチとなる」実にあっさり、仏暁は言ってのけた。


「——『俺の先祖がやったわけじゃない!』『元々日本人じゃない!』『純粋な日本人じゃないのに日本人のやった事で罪を背負わされてたまるか!』という反応に、ほとんどなる事だろう。早い話し、結果となる」


「——個人的にはそれで大いに結構。〝謝り続けなければならない〟の方については『日本民族』の中にも〝そんな義務など〟者も相当数いるだろうから、そんなものは無くても別段問題にはならない。なにせかく言う私がそうなのだ。『拒否』の動機は明らかに違うが、『拒否』という〝結論〟は我々と同じになるのだからな」


「——しかしだ、〝謝り続けなければならない〟があるか否かの方については極めて重大な問題となる。というのも〝義務感〟の方はあくまでについての問いだが、これが〝義務〟となるとについての問いとなるからだ」


「——ここで言う〝他者〟とはむろん外国人、即ち異民族を指す」


「——国籍的には同じく日本人でも〝謝り続けなければならない義務〟が有る者と無い者に別れるとすると、事態は別次元の状態へと進行していくという予測が成り立つ。『この恐るべき犯罪について現在と将来の世代を教育すべきである』として『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』に教育を施した結果、『俺と関係無い』と言う者はまだマシな方で、『我々は日本の被害者だ! 日本人は我々に謝れ!』と言い出す『日本人』を産むに違いないのだ」


「——なぜここまで簡単に私は断言できたのか? なにせ韓国系・北朝鮮系・中国系までも日本国籍を取得している現実がある。彼らは元々『この恐るべき犯罪について現在と将来の世代を教育すべきである』という系譜の教育の影響下にあったか、そうした価値観の家庭で育ってきたからだ。いわゆる『反日教育』というやつだ」


「——『彼らは反日教育から自由だ!』などと誰が断言できる? 誰が保証できる? 元教育者として言わせてもらえば、『教育の効果は無い』などという意見にはくみできない。教育の効果というものは確実に出る」


「——『反日教育』によって彼らは『日本民族だけに罪がある』という〝考え〟を選択し被害者ポジションに立った方が、『日本民族』をいいように支配でき自分達の利益になると考え出す。他者を精神的に支配し自在にできるという犯罪者的誘惑のままに生きようとする功利主義的な『日本人』を産み出す結果が出る。いや、既にという可能性すら低くはない」


「——『日本民族』攻撃に大義を与える『反日教育』に戦慄すべきは我々だ。『反日教育』を受け続けてきた民族には常時警戒感を持たねばならない。ところがこの社会では逆に『反日』ということばを使う方が〝悪そうな奴〟として取り扱われている」


「——ただ、感想を抜きにして確実に言える事が一つある。『日本国外にもルーツのある日本人/日本国外にしかルーツのない日本人』と『日本民族である日本人』では、〝共同体の集団記憶〟が違っている。なにせ〝昭和〟から元号が変わること既に二度、戦後80年近く経とうと我々はずっとずっと謝罪と反省、時に『カネ払え』と要求され続けてきているのである。こうした長きに渡る積み重ねは既に〝共同体の集団記憶〟である。要求され続けてきた当事者としてのこうした集団記憶を持つ者が『日本民族』と言えるのだ」


「——だが『日本国外ルーツのある日本人』については『半分だろうと親の一人は間違いなく日本人なのにそれを当事者扱いしないのは変だ』、即ち『日本民族』でない扱いになるのはおかしいと、そう言う者もいるのかもしれない。しかし『血』ではないのだ。『記憶』だ。ルーツのもう半分が外国人・異民族にある以上、その半分から別種の影響を受けている。それが我々との間に記憶のズレを生じさせるのである」


「——ひとつ典型的と考えられる事例がある。2020東京オリンピック誘致の際、〝誘致のためのスピーチ〟をした或る女性キャスターがいた。日本人とフランス人のハーフだ。彼女はこんな事を言った。『東京では大金たいきんの入った財布を落としてもそのまま戻ってくる』と。彼女としては日本の安全さをアピールしたつもりなのだろう。しかし、『落とし物がそのまま戻ってくる、それが日本だ』という感覚は外国人のものだ。私も含め『日本民族』の日本人ならこう思う筈だ。『落としてそのまま戻って来なかったらどうなる? 誇大広告、嘘を並べ立てた事になりはしないか?』と、そうした〝そこはかとない不安〟を感じるものじゃないかね?」


「——そうして実際大金入りの財布を東京で落として戻ってこなかったら日本人が嘘をついた事になるのだぞ。落として戻って来ないのが普通なのに、落として戻って来なかったらイメージダウンとは、いったいどういう罰ゲームかね、これは」


「——私は『日本民族』『日本民族』と、『日本民族』を連呼しているが、『』とはひと言も言っていない。『日本民族』の中にろくでなしもいるものだ。現に警察に逮捕される日本人がいる。迂闊に『民度が高い』などと言えるものではない。そういう一人のろくでなしのために『日本民族』全体を外国の異民族の攻撃の危険に晒すような真似は『日本民族』にはできないものだ」


「——そしてついでにひとつ付け加えておくと、東京で大金入りの財布を落としても、必ず『日本民族』の誰かが拾うとは限らない。異民族が拾うケースもあるぞ」

 この言には場内苦笑い。

「——拾った者が正直者の異民族ならいいが、その異民族がろくでなしでも『東京で財布を落としても戻って来なかったじゃないか!』と我々の方が理不尽な攻撃を受けるかもしれない。そこまで『日本民族』の事を心配できるのが本物の『日本民族』だ」


「——むろん一口にハーフと言っても人により意識レベルに差はあるだろう。しかし〝片親で且つ『日本民族』の方の親と暮らしてきた〟だとか、そうしたケースでもない限り、我々とは〝共同体の集団記憶〟が違ってくるのは必然なのだ。故にこの日本人とフランス人のハーフの女性の言動は〝そうなるだろうな〟という必然の帰結なのである」


「——にしても、ずいぶんとおかしな時代になってきたとは思わないかね? 過去の反省と謝罪とを強要され続けるのが『日本人』の筈なのに〝ここから自由になれる〟、そんな『日本人』がいる。日本の過去について『』が現れ始めていると言ったのはこういう事なのだ」


「——しかし同じ『日本民族』だとしても、アイツらだけは別だ。『左翼・左派・リベラル勢力』だ。奴らだけには絶対に答えさせなければならない。『日本国外にもルーツのある日本人』や『日本国外にしかルーツのない日本人』は日本の過去の歴史について、謝罪と反省とをする義務があるか? という問いにな。『日本民族』を差別する異民族の側に立っていた者どもが〝都合の悪い問い〟にダンマリを決め込む事を許してはならない」


 そう言ってあたかも〝勝利宣言〟しているような表情を見せる仏暁。ところが一転、くるりとその表情が変わる。にわかに深刻そうな表情に。


「——が、『左翼・左派・リベラル勢力』には旗色が悪くなってくると話しを他へ逸らそうとする性向がある。〝論点逸らし〟、奴らの常套戦術だ。『慰安婦問題』ではこの戦術が炸裂しまくったものである。結局奴らは言うのだろう。『なんやかんや言っても日本国籍を取ってさえ〝別種の日本人〟にするのなら結局ではないか!』と、〝勝てる論点〟に持っていこうとする。我々の側を『血統主義者』に仕立て上げ、『民族とは〝共同体の集団記憶〟である』という我々の定義を黙殺するに違いない」


「——しかし、連中の戦術などこちらはとうの昔に研究済みで、簡単に読み切れると言ったのはダテではないぞ」


「——こちらの予想通り、奴らが我々に『血統主義者』のレッテルを貼っても、その理屈では大韓民国という国家を言論攻撃する義務が奴らにのだ。早い話し、『いくら日本国籍を取ろうとお前は韓国人だ!』と、他ならぬ大韓民国政府が主張している。果たして『左翼・左派・リベラル勢力』は韓国を攻撃できるかな?」

 もう仏暁の表情が〝にこやか〟に戻っている。しかしかたな(刀)には信じられない。


(いくら〝民族〟〝民族〟日常的に言ってる韓国でも、『日本国籍を取ろうとお前は日本人ではない。韓国人のままだ』なんてこと言うの?)と疑心暗鬼状態。むしろこんな台詞は日本の『極右』の方が〝いかにも言いそう〟に思えたのだった。

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