第三百五十話【タリバンはなぜ『バーミヤンの大仏』を破壊したのか?】

 仏暁は眉間にしわを寄せやけに深刻ぶった調子で続きを語り始める。

「この日本にかつて『ルーピー』という非常にありがたくないニックネームをもらった内閣総理大臣がいた。その男はこう言った。『日本列島は日本人だけのものではない』、と!」


「——これを聞いて私は思ったものだ。『ルーピー』と呼ばれてもしょうがない、それどころかこれほどお似合いのニックネームもない、と」


「——この『日本列島』という名の島々が日本人だけのものではないのなら、この島々に異民族が限りなく増えていくという話しになる。事実首相は代われど日本は事実上の移民大国と既に言われている。そうして日本人の方がどんどん少数派になっていき、この日本列島から日本人がやがていなくなったらどうなるか? 島の名前に『日本列島』という名が残っていてもそこはもはや『日本』ではない」


「——私がなんと言ったか覚えているかね? 『人種』は遺伝子でできていて、『民族』は〝共同体の集団記憶〟でできているのだと言った。かつて『マヤ文明』が栄えた地にまだ人間はいる。遺伝子的に重なっている部分があるのかもしれない。しかしその人間達と『マヤ文明』を構成していた人間達との間に〝共同体の集団記憶〟など無い。つまりもはや同じ民族ではないのだ。このままでは現在のこの日本の文明はいずれ『マヤ文明』のようになるぞ」


「——『共同体』と聞くと〝横方向のつながり〟を思い浮かべがちであるが、〝〟があってこその『共同体』なのだ。〝縦〟とは即ちである。時間的つながりがあるか否か。それを『歴史』ともいう。これが『右』の思考であり『左』との決定的な違いなのだ。だが『共同体』を横方向でしか理解できないのが『左翼・左派・リベラル勢力』なのだ。心底『民族主義』が嫌いなのだろう。とは言え、嫌いなのは〝日本人の民族主義〟に限定されるのかもしれんがな」


「——しかしだ、〝縦方向のつながり〟を決定的に欠いた一つの『共同体』の実例がある。『左翼・左派・リベラル勢力』がいかにも好みそうな共同体が現実にある。しかし抽象的な言い方を止めその具体名を出したら連中は烈火の如く怒りそうだが」と、仏暁は含み笑い。


「それが『』である」


(こんなトコで『タリバン』っ⁈ あのアフガニスタンの!)と目を白黒させるかたな(刀)。


「——ところで、『タリバン』はなぜバーミヤンの大仏を爆破したんだろう?」仏暁は中空に目をやりながら誰に訊くともない質問を一つした。


「——『タリバンは野蛮だから』などという答えを私は求めていない。求めているのはそれをやった〝行為の理由〟だ」


「——『我々は野蛮だから大仏を爆破したのだ』と、いくら『タリバン』でも自分で自分の事を野蛮呼ばわりはしない」


 一拍の間をとる仏曉。

「——かといって『異教徒の造った偶像だから』という答えも私は求めていない。そんなものは〝の理屈〟で、それをそのまま喋ったとて我々日本人の立場での分析ではない。だがこのタリバン的価値観、彼らの〝答え〟には重大なヒントが潜んでいる。『偶像』云々は仏像や地蔵に手を合わせてしまう我々からしたら非常に共感性に乏しいが、『異教徒』の『』の部分、ここには大注目だ」


「——『異』とは〝我々とは異なる者達〟という意味である。つまりここには〝共同体の集団記憶〟が無い。無いという事は、バーミヤンの大仏を造った人間達は


「——現在『アフガニスタン』と呼ばれる地、地面そのものは当然昔から存在していてはるか昔にもそこで人間達が暮らしていた。しかし昔暮らしていた人間達と、今暮らしている人間達の間は異民族どうしでしかないのだ」


「——〝異民族〟という事は『我々の先祖ではない』という事であり、先祖でない者が造った〝価値〟に対しては『引き継いで次の世代へと渡さなければ』といった使命感・義務感など生じる余地が無い」


「——アメリカ軍がアフガニスタンから撤退し再びタリバン政権が復活し、今度はタリバンは『バーミヤン遺跡を守る』などと言っているが、落書きも放置され荒れるに任せるままの状態だと報じられている。『異民族の文明など我関せず』という行動が全てを説明している」


「——『人口が減り始めたら移民を入れればいい』という浅薄な議論をする政治家や経済人がいる。そうした連中は〝共同体の集団記憶〟を日本人でありながら持ち合わせていない。コイツらの価値観を基準にいよいよ本物の〝共同体の集団記憶〟無き者達、そんな者達が大量に入ってきたらこの日本はどうなるか?」


「——先祖が護り今現代に伝えてきた〝価値〟は蔑ろにされる。言っておくが仏像が美術品として高値で取り引きされるような状態も蔑ろにされているうちに入るぞ。日本民族がこの先衰亡の一途を辿るならば、じき我々の文明を手渡す者がいなくなる」


「——解りやすい例がある。戦前日本は朝鮮半島や台湾島に『神社』も建てた。しかしそれが今現在も残っているかね? 〝異民族の造った物〟だとして壊されるか別物に造り替えられてしまった。日本人と同じ〝共同体の集団記憶〟が無いからだ。『神社』とは日本民族の中でしか存在し得ない。既にこれは証明済みの事項なのだ!」


「——大げさではなくこのままでは数百年後の『日本人』がタリバンになる日が来る。日本列島に居住しているというただそれだけでは〝我々と同じ日本人〟とは言えない。〝共同体の集団記憶〟無きつながりの無い者どもが『日本人』を僭称しても我々から見たら異民族に乗っ取られた状態でしかないのだ。そこでは我々の先祖が現代に伝えてきた〝価値〟がバーミヤン化するのだ! それを何としても阻止しようと思ったら〝日本人の少子化問題〟にあらゆる手段を採る事は当然だ。たとえ自分達の世代が受益者にならなくてもだ! これは日本を護る戦いなのだ!」


 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちと場内に大拍手が鳴り響く。しかし仏暁は意外なポーズをとった。〝〟と両手の平を下に向け上下させている。

 盛り上げに盛り上げておいてこれはいったい何事かと、場内のあちらこちらに私語が飛び交う。

 しかし仏暁、顔に微笑みさえ浮かべている。〝何か次のタマがあるに違いない〟、誰もがそのように察しざわめきは次第に収まっていく。


「今のはの日本人に対しては効果のある言い方だが日本という国においては長年に渡る『左翼・左派・リベラル勢力』の活動によって愛国心をろくに持たない国民が激増してしまった。この手の連中に今し方私がしたような説得を試みようと


 場内、再びざわめく。〝じゃあどうするんだ?〟という集合的意志が明らかにここにある。今度は仏暁、力技で来た。ざわめきが収まるのを待つでもなく続きを喋り出す。

「別に『愛国心』など無くても民族意識は高められる」


 そのことばで一転場内が静まる。〝凍る〟と表現するのが適切であるかもしれない。仏曉は続ける。

「——『我々は日本民族である』という民族意識さえ高められれば『少子化対策の受益者世代にならなくても仕方ない、我慢してやる』という渋々容認するといった意識を日本人に持たせられる」


「——この現代に『民族主義など流行らない』と思う向きは多いだろうが、『愛国心』を掲げて民族主義を語る方がやり方としては王道から外れている。『売国奴』ということばは国を動かしている奴らに向けて使うことばではなかったか。そんな奴らが『我々の価値観に基づく状態の国を愛せ』と言っても、そんな国には愛国心など湧かないものだろう? 私は『民族主義』を広めるに於いてオーソドックスな手法を採るのみだ」仏暁は言い切った。

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