第三百四十八話【『左翼・左派・リベラル勢力』に〝女性が一般的に持っている価値観〟を全否定するという仕事を与えよう】

 しかし仏暁の声の調子がここから急転直下に変貌する。

「実に不謹慎であるが『日本の少子化問題』という社会問題は、問題解決のために思想の『右』『左』で役割分担できるという極めて珍しい問題だ」


 当然言われた側の唐突感は半端なく、場内皆ぽかんとしているよう。


「——左右の対立ではなく〝役割分担〟。同じ目的のためにそれぞれの役割を果たそうという実に建設的な話しなのだ」


(なんというか、〝演説が上手い〟とはこういうことか、)と先ほどまでのブルーな気分もどこへやら。磁力に引っ張られるようにぐいと仏暁の話しに引き込まれている。


「——むろん『左翼・左派・リベラル勢力』が結局日本に対する害意だけを持つ、日本のために何の役にも立たない勢力であると証明されるオチとなる事も考えられる。その際は名実ともにいよいよ〝反日勢力〟である事が確定し間違いなく存在そのものが許されない敵と断定できる」


「——では『左翼・左派・リベラル勢力』に期待する事を今から述べる。普段から言っている事を女性に対しても言ってくれればいい」


(いつもどおりでいい?、さっき『敵と断定できる』なんて言ったばかりなのに、こんなに甘いの?)かたな(刀)にそれくらいの思考時間を与えるほどに仏暁は外連味のある微妙な間をとっている。


「——『社会が昭和の昔の価値観のままでいいわけがない。人間の考え方を変えていかないと』という言い方が〝総論的〟となるだろうか」


「——具体的には『左翼・左派・リベラル勢力』は男女平等の推進に非常に熱心だ。『政治家の男女比』『会社役員の男女比』等々、『もっと日本は地位ある女性の割合を増やさねば』と一生懸命にキャンペーン報道を繰り返している」こう言って仏曉は軽くぱちぱちと自分で拍手をしてみせた。


 その表情も微妙ににこやかで最前列のかたな(刀)からしたら〝〟しかしない。


「——しかしだ、日本に於いて男女平等が進めば進むほど〝現在女性が持っている価値観〟が必然、非常に差別的なものになるのではないかね?」


「——社会の男女平等化が進めば進むほど男女間の賃金格差が無くなる事になる。これも『左翼・左派・リベラル勢力』はけっこうな事だと褒めそやす事だろう。まったく私も同感だ」


(やはり)とかたな(刀)。


「——ところで、結婚するに当たり相手の年収額は決して外せない重要なファクターだが、いつまで女がを気にしていいのかね? 露骨に言うと『私より年収が上の男性でなければ結婚しない』という結婚条件を女性が公言するのは差別発言ではないかね?」


「——むろん内心で密かに思うだけならそれは内心の自由だ。しかしそれを公然と表に出すとなると話しは別だ。差別主義者として徹底的に社会から叩かれなければならない。そして謝罪に追い込み発言を訂正させる。なぜなら男女平等の進んだ社会では必ずしも『男の年収が女よりも上である』、とは言い難い社会となるからだ」


「——男女平等社会に於いては、この現在少なからずの女性が持っているであろう『私より年収が上の男性でなければ結婚しない』という価値観は実現すべき新たな価値観の下では完全なる差別発言で男性に対するヘイトスピーチである。さてさて、『左翼・左派・リベラル勢力』は、『私より年収が上の男性でなければ結婚しない』と発言・発信する女性を差別者として徹底的に攻撃できるかな? 私が『左翼・左派・リベラル勢力』に分担して欲しいと考えている役割はこれだ。よもやとは思うが、奴ら単なる女尊男卑じょそんだんぴの差別主義者という事はあるまい」


 それを言った仏暁の顔はニヤリと笑みが浮かんでいる。


(これは〝悪い人〟の顔だ。でも筋が通っている。だけどもし『左』の人達がこれを言えば今まで味方だと思っていた人達から絶対に嫌われる。そんな役割を押しつけるなんて、敵にここまで容赦ないのが極右ってものなのか……)とその人間性に唖然呆然のかたな(刀)。

 個人的には就職試験に失敗した身であるから、必然『私より年収が上の男性でなければ結婚はちょっと……』という立場になる。それを自由には発言させないという仏曉の言い様はそれはそれでこたえる。


「——『左翼・左派・リベラル勢力』は、『日本の男女平等はまだまだ遅れている』と信じ込みこれを前提に様々なキャンペーン報道をしているわけだが、私は連中がとっくに時代の方に追い抜かれていると考えている」

 あたかも、と言わんばかりの仏曉である。その顔には未だニヤリと笑みが浮かび続けている。

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