第三百四十六話【3人目、4人目、5人目】

「私は今もまだ教師の癖が抜けきっておらず『』という重要箇所は再度繰り返したくなる性分だ」と仏暁が奇妙な事を喋りだした。「——よって同じ事を繰り返そう。そもそも〝子どもがいる〟という事はその大前提として結婚していなければならない。だがこの現代、収入の低いはそもそもそのスタートラインに立つ事が困難だ」


 宣言した通り、仏曉は同じ意味のことばをを二度、喋ってみせた。


「——この『結婚問題』について、SNK新聞に実に興味深い記事が載っていた。有識者からこんな提言が出されている。曰く、『事への対応にも目を向けるべき』と。〝対応〟という遠慮がちな言い方で、いっけんありふれた〝べき論〟にしか聞こえないが本質はこの後からだ」


「——ただ今現在日本では1人の女性が生涯に産む子どもの数を指す『〝合計特殊出生率〟が1.3人にまで低下した』と騒いでいるわけだが、その一方で最終的な平均出生子ども数はこの40年間ほどで推移しているというのだ。つまり『既婚女性の出産数は維持されている』と、こういう記事だったのだ」


「——こうした事実からこうした疑問を持たないかね? 『異次元の少子化対策』をした結果、子どもを持つ世帯が3人目、4人目、5人目と子どもを産んで育ててくれると思うか? という」


「——この政策を身も蓋もない言い方で言い換えると『お金をあげるから2人と言わず子どもをもっと産んで育ててよ』になる。例えば、5人子どもを産んで育休を取って取っておよそ10年ぶりに出社して、『やあ皆さん10年ぶりです』なんて事が起こり得るか? 現代の若い世帯が10年もの長い間、人生を育児に使ってくれると思うか? しかも〝出産適齢期〟が厳然として存在する以上、その10年は比較的若い時分の連続した10年になるしかない」


「——『お金』を別のことばで言い換えるとそれは『余裕』になるだろう。お金のある暮らしは余裕のある暮らしなのだ。しかし出産育児は『余裕』とは対極の行為行動だ。私は『この40年間、夫婦の最終的な平均出生子ども数はずっと2人で推移している』という記事を紹介した。つまりただ今出産可能年齢な既婚女性に3人目、4人目、5人目と子どもが生まれなければこの『異次元の少子化対策』なる政策の効果は無いのである」


「——だがこの現代日本人が『余裕』とは対極の行為行動を3回も4回も5回も繰り返してくれるか? これは『女性の社会進出』とは真逆の方向性なのだ。そんなに生んでいたらいくら『育休』などと言ってみても〝女性のキャリア〟はズタズタだろう。代わりに夫の方が育休を取っても今度は〝その男性のキャリア〟がズタズタとなる。しかし〝結婚という名の契約〟が男の方の収入額によって成立している点が否定できない以上、後者は結局絵空事に過ぎない。結婚できている世帯だけを優遇する政策ではとどのつまり、当該若妻に政策となるしかない」


「——しかしそんな〝求め〟になど、ほぼ誰も応じないぞ。『少子化対策のためにもっと子どもを産んで育てて欲しい』とお金をあげても、もらった方は『これで余裕のある暮らしができる』と、給付されたお金は〝余裕〟のために消費されるとは思わないかね? お金をどれほどあげても、やはり変わらず子どもの数は〝2人〟が限度だと思わないかね? ここは今のうちにハッキリさせておかねばならないが一組の夫婦が産む子どもの数が〝2人だけ〟のままだったならこの政策は〝少子化対策〟としてはやってもやらなくても同じだった、という結論になるしかないのだぞ。結婚できた人間にとってだけは喜ばしい既得権益となるだろうがな」


「——そしてあまた多くので見たら『特定の世代を優遇するために税金を搾り取られ益々生活が苦しくなった』以外の感想を持ちようがないのである」


「——この40年で激変した事がある。それは……、誰でも結婚できるわけではない! 日本はそういう社会に変わり果てた!」

 仏暁の演説の急激な緩急。そしてまた再びの一変、

「——私がなにげに『収入の低い』とは言わずに『収入の低い』と言っていた事に諸君らは気づいていただろうか? 女性は結婚するに当たり、当然の如く男の収入を選択基準とする。『異次元の少子化対策』には、にさらなる恩恵をという意味が必然的に組み込まれてしまう」

 仏暁のその声は氷のように冷徹だった。

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