第三百四十四話【負け組の怨嗟】

「私が次に触れるのは『団塊ジュニア世代』、あるいは『氷河期世代』、またあるいは『ロスジェネ世代』とも言われる世代についてだ。『自己責任』の名の下に使い捨てにされた、今や権力者である政治家達にとって〝鬼門〟とも言われる世代についてである。彼らはバブル崩壊後から約10年間の期間に就職活動をしなければならなかった人間達だ。生年で言うと1970年から1982年辺りの生まれとなる」


「——こうした世代はもちろん存命している者もまだまだ多いが、しかしもはや彼ら彼女らは〝少子化対策の当事者〟ではないのだ。時間は決して巻き戻りはしない。それどころか他人の幸福のために協力を強いられるハメになる。この『異次元の少子化対策』という政策の〝不可避の欠陥〟がこの〝少子化対策の当事者〟なのである」


「——『ロスジェネ世代』が『俺達私達の時には〝自己責任〟だったのに今の若者はこれほどにまで優遇されるのか』と恨みを募らせるであろう事は想像に難くない。それが今政府が行おうとしている『異次元の少子化対策』なのだ」


 再び仏暁が身振り手振りを再開する。

「私は『ロスジェネ世代』という語彙を使った。ひと言で説明ができてしまう便利さからこの造語を使ったわけだが、厳密な話しをするとこの世代はひとくくりにはできない。『ロスジェネ』の〝ロス〟は〝ロスト〟の『ロス』だが、この世代の全員がロストしたわけではなく、ロストした者としなかった者、露骨な言い方をすると同世代間で『勝ち組』と『負け組』に分断されている」


「——何をもって〝勝ち〟と〝負け〟が決まるのか、基準は人それぞれだろう。『希望する就職先に就職できなかった』事をもって〝負け〟と感じる者がいるかもしれない。なにせ〝希望していない〟という所は給料は低めだろうからな。だが今私は『少子化問題』について論じている訳であるから、『勝ち組』は結婚できた者、『負け組』は遂に結婚できなかった者、という事になるだろうか」


「——むろん『モテ』だとか『非モテ』だとか、浅薄な恋愛論など語るつもりは無い。こと話しが『結婚』となるとそれは徹頭徹尾経済の問題、即ち年収の問題となるのだ」


「——人間の運とは理不尽なもので社会に出たときの景況で人生が決まってしまうようなところがある。若者人口、就業開始年齢の人口が右肩下がりで下がっているこの時代状況では、物が飛ぶように売れるというであっても『給料を上げないと新人が来てくれない』という売り手市場となるのだ」


「——これはあるいは社会学的領域に踏み込む話しになるかもしれないが、ここには〝個人の利益〟と〝国家の利益〟の乖離かいりが見てとれる。若者人口が少ないと国家は困るが、その若者当人からしてみれば同世代が少ない方が〝引く手あまた〟となり、選択権を主導できる状態となるのだ」


「——こうした状況を〝恨めしい〟と思っているであろう世代がロスジェネ世代の『負け組』である。昨今50歳時までに一度も結婚していないという『生涯未婚率』が問題となっているが、ロスジェネ世代がこの数字を押し上げているのは間違いない。それでも結婚できた者とできなかった者の数を比較した場合、結婚できた者の数の方が多い。では『ロスジェネ世代で結婚できた者の中に勝ち組という意識があるか?』と言えばそれが実に微妙だ」


「——というのもあまりに不況の時代が長いのが日本だ。『デフレ時代』とも言うし、『失われた20年』、『失われた30年』とも言う。よって繰り返しになるが一口に『ロスジェネ世代』とはいってもその時間的幅は1970年から1982年辺りの生まれで、ここだけで12年もの時間的幅があるのだ。しかもこの現代、昔々の昭和の頃と違って『結婚適齢期』ということばがもはや死語だ。それは『男は20代後半・女は20代半ば頃』とされていたわけだが今や結婚する時期についても個々人によってバラバラだ。つまり必然的結果として子どもの生年もばらける」


「——なにを言わんとしているか解るかね? 同じロスジェネ世代の結婚組でも『異次元の少子化対策』の受益者とそうでない者に分断されるのだ。『ロスジェネ世代』の子どもと言ってももう大学生や社会人の者もいるのだ。『わたしの子どもが小さい頃、社会的支援はこんなには手厚くなかった』と被害者意識を募らせる者は確実に出る。こう考えてみるとロスジェネ世代で自分の事を『勝ち組』だと信じ込める者はそう多くないのではないか」


「——もちろん『団塊の世代』と『ロスジェネ世代』の中間にも〝世代〟はある。生まれながらにして『〝世界第2位の経済大国〟の国民』であり、そして『なおこれからも日本は発展していく』と思えた時代、1980年代に社会に出た世代である。彼らは政府の『異次元の少子化対策』についてどう考えているのだろうか?」


「——正直なところよく解らない。よってこれについては割愛する」


(あらら、)とかたな(刀)。


「——が、確実に言える事が一つだけある。『国家のために犠牲になれ』という教育は間違いなくという事だ。そして彼らの世代の子どもは確実に成人済みなのである」


「——すると『異次元の少子化対策』に、確実に反意を持たない世代は現在の受益者世代以下の世代に限られるという事になる——」

 ここで仏暁、若干の間を挟み、話しを区切った。何事か考え事をしているようなポーズをとっている。「——理屈、理屈の上ではそうなる筈なのだが、これについて理屈の通りにならない可能性がある」


 この仏暁の言で〝ぐさり〟とのがかたな(刀)。仏暁の言わんとしている事、『異次元の少子化対策』の致命的欠陥が瞬時に解ってしまったからだった。

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