第三百四十二話【『日本には〝人の和〟がある』という前提を疑う男】

「『天の時、地の利、人の和』、順序として次は『地の利』の番である。『地の利』については昔も今も条件は変わらない。日本の人口の最高値は〝1億2000万人〟である。まとまった数の人間集団が暮らしていくためにはどうしてもまとまった面積というものが必要だ。この日本が近年外国から侵略を受け国土が狭くなっただとか、砂漠化して人間の住める面積が減っただという事は無い。したがって『地の利』を改めて考慮する必要性は無いと言っていいだろう」


「——そして一番最後、三番目に残るのが、問題の『人の和』だ。『孟子』に拠れば事を成すに当たっては、これが最も大事な成功条件という事になっている」


「——答えにいきなり行こう。政治家達とメディアが煽った『規制緩和・構造改革・自由化』という人間を人間とも思わぬネオ・リベラル勢力の悪魔的政策の結果、『自己責任』という邪悪な四文字熟語に市民権が与えられ、そのことばを社会に定着させてしまった時点で日本人には『人の和』などはもはや無い」


「——これは何も日本人をディスっているわけではなく、元々人間とはそういうものなのだ。例えばアメリカ合衆国の国民に『人の和』があるかどうか考えてみたらいい。アメリカ流の改革をしてきたのだから日本人の国民性もアメリカ人並になるのは当然だ。日本人達は和するどころか限りなく酷薄になっていっている」


「——政治家の役割とはこうした人間の野蛮性を政策によっていかに緩和できるかなのだが。緩和するどころか開放したのがネオ・リベラル勢力であった。私はアメリカ人の価値観を小馬鹿にしているのだが、元々野蛮なのが『人間』という存在なのにアメリカに於いては政治家を始めとして国を動かしている連中がこぞってその人間の野蛮性を開放する政策を押し進めている。人間を人間本来の姿に戻す政策を進めた結果ただでさえろくに無かったアメリカ人の『人の和』は徹底的に破壊され分断を重ね、もはや修復不能なレベルにまで陥っている。いったい連中はアメリカ合衆国という国をどういう国にするつもりなのか?」


「——この悪魔的にしてバカげた政策をそっくりそのまま輸入し取り入れた日本社会が昔と同じであるわけがない。そんな日本社会に『人の和』がある事を前提とした政策などもはや成り立たないのだ!」


「——かくの如き日本人だらけのこの時代に、『全世代で〝出産子育て世代〟を支援し負担し合いましょう』などという〝美しい政策〟が成功するわけがない。特に『規制緩和・構造改革・自由化』という歪んだ改革に猪突猛進し、かつて『一億総中流社会』と称され曲がりなりにもそれなりにまとまっていたそれまでの国民性を、徹底的に破壊してきたのは誰だと言いたい! 保守の風体を偽装したネオ・リベラルな政治家どもがそれを口にするとは、底抜けのバカとしか言い様がない」


「——こうした阿呆の与党政治家どもは『日本人なら当然日本のために無条件で我慢してくれる筈だ』とまだ甘い事を考えている。『』という常識すらもはや政治家どもには解らないらしい。やはりこれは世襲政治家が有力な地位を得ているという弊害だ。を理解できないというのはいかにもお坊ちゃま的感性だ」


「——『人の和』、日本人にはこれが『限りなく実行不能である』という意識が極めて希薄だ。中学校教師としてあまたのイジメ問題に向き合わされてきた身からすれば、『日本人には和する心がある』とは到底思えない。『イジメはイジメられる側にも問題がある』、これもまた自己責任論の一形態であるが実際これを口にする人間がいるのだぞ。人間が集まり集団を造ると、集まったために却って問題が起こる。これが真理である。その問題は百パーセント人間が人間に対して起こしており、そこにあったのは〝攻撃〟のみであった」


「——とは言えイジメが起こっているのに見て見ぬフリをしておけば表面上は何も無い事になる。あたかもみんなが和している。『和』を〝調〟という意味で捉えるのなら、あながち間違った表現ではないのかもしれない。むろんそんなものは歪んだ調和ではあるが」


「——しかしよもやそれを『和である』などとは言う者はいまい。それは腐敗した『和』である。事で得られる『平和』な状態を『人の和がある』などとは言わない。むしろそんなモノは無い方がマシなくらいである。よってイジメ問題を解決しようとすると必然となるのだ。こういう事を延々繰り返してきた身では『人の和』について、『限りなく実行不能である』という意識以外持ち得ない」


「——しかし、『日本人だけは余所とは違う』と、日本を美化したい日本人達がいる。『〝和の心〟なら元来日本人には備わっている』と、そうした過信を抱いている者が間違いなくいる。政治家達には確実にそうした過信がある。『異次元の少子化対策』とやらで全世代からの協力は無条件に得られると思い込んでいる」


「——確かに日本は『和の国』などと巷間言われている。右派・保守派なら『和をもって貴しとなす』という聖徳太子の『十七条憲法』をあるいは持ち出して来るのかもしれない」


「——しかし逆説的にこうは言えまいか? 日本人に極々自然に『和』が備わっているのなら、わざわざ注意書きのような文章を制定するだろうか? 外国人達はよく『日本は秩序正しい』と言って感心したりするが、別にそれは現代日本人が和しているからではなく、ただ単に他者の目に神経質な程に敏感なだけという、調が足りない者が多すぎるだけではないのか?」


「——『和』という文字というか価値観が、どこまで日本社会の実態を表しているかは大いに怪しいものだ。『和室』であるとか『和菓子』であるとか『和服』とか、要は『』という〝物の由来〟を指しているだけの接頭語に過ぎないのではないか。現代日本人のどこいら辺が『人々が和している』ように見えるというのか」


「——私は『情緒と論理が戦ったらどちらが勝つか』、という話しをした。やはり『情緒』が『論理』を圧倒するのは避けられない。つまり都合よく『人の和』などが〝元から自然にそこにある〟と前提した政策を考える奴は、だということだ」


「——私は人間心理を読むのにいささかの自信がある。『異次元の少子化対策』、これにどういう反応が出てくるか、それを世代別に予測してみせようじゃないか!」


(きっとろくな予測じゃないだろうなぁ)と思うしかないかたな(刀)。

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