第三百三十九話【世界を平和へ導くヘイトスピーチ・中ロ対立の火種を煽れ!】
「まず『ウラジオストク』以前に、『世界を平和へ導くヘイトスピーチ』、こんなものが成り立つわけが無いと〝良心的余人〟はきっとそう思う事だろう。よってそれが成り立つ理屈がどういうものか、そこから始めよう。演説としては下の下、説明は長くなるがそこは諸君にはしばらく我慢してもらいたい」と、まず仏暁は切り出した。
(我慢もなにも、『世界を平和へ導くヘイトスピーチ』なんて言われたら、断りを入れなくても興味は長続きしちゃうよ)とかたな(刀)。仏暁の〝飽きさせない力〟に舌を巻く。
「——『中華人民共和国』と『ロシア連邦』、この両国は前々から歩調を合わせる傾向があり、日本の周囲の海で中ロ両国の海軍が連合し共同軍事演習をたびたび行ってきた。明らかに日本に対する軍事的脅迫行為である。そして驚くべき事に2022年のロシアによる『対ウクライナ侵略戦争』後でさえ中国とロシアの両海軍のこうした連合の動きは変わることがない」
「——中国は『対ウクライナ侵略戦争』の仲介役を演じ、あたかも〝平和主義者〟であるような顔をしようとしている。だが、ロシア連邦とのこの密接した距離感が『対ウクライナ侵略戦争』の前も後も変わらないような国には中立者としての資格は無い。いや、変わらないどころか中ロの貿易額は益々増加の一途を辿っているではないか! もはやロシア連邦の戦争経済を中華人民共和国が支えているとさえ言えるのだ!」
「——この状況が何を意味するか? 『ロシアのウクライナ併合が成功すれば中国の台湾併合も成功する』。こうした中国の思惑など誰の目にも一目瞭然である。万一ロシアのウクライナ併合が成ってしまったならこれに勇気を得て『バスに乗り遅れるな理論』がいよいよ中国で燃え広がるのは目に見えている。この点『左翼・左派・リベラル勢力』は胸に手を当てれば思い当たる事があるだろう。特にリベラルを自称する新聞メディアは。なにせ自分達自身が昔使っていた〝標語〟なのだからな」
「——こうした中ロの益々の密接化は世界に悪影響を与え続けている。どこからどう見ても明らかな侵略戦争が行われているのに、『グローバル・サウス』とかいう連中が高見を決め込み〝中立〟などという立場があると勘違いしていられるのがその動かぬ証拠だ。その原因は明らかに中華人民共和国の行動、中ロ連携の効果である。世界第二位の経済大国が侵略国との関係強化に熱心なのだから、それ以下の国々が〝経済的利益〟を基準に国家の行動を決める事に何らの抵抗感も感じないのである。そうした雰囲気を国際社会に造りつつあるのが中国なのだ」
「——よってこのまま中ロ連携の強化を見過ごしていたらいずれ世界大戦へと繋がっていくであろう。それとも『世界大戦』は大げさだと思うかね?」
「——そこで『世界大戦』はなぜ起こるか、そこを考えてみよう。それは世界の国々に『陣営』というものができてしまうからだ。第一次大戦は『三国同盟VS三国協商』、第二次大戦は『連合国VS枢軸国』。最後の方は旗色の悪い側に必ず脱落国が出るものの、始める時は必ず複数の国がほぼ同時に始めている。ここから得られる結論はロシア連邦を孤立させておけば世界大戦は起こらない、だ。それを妨害しているのが中華人民共和国なのだ」
「——これで〝世界大戦を防ぐ〟、即ち世界を平和へ導くための方程式が明らかになった。中ロを分断しロシアを孤立させる。後はこの方程式を〝どう解くか〟だけだ」
「——では解くために何を〝代入〟すればいいのか? それは平和を求める訴えでも国際法の順守でもない。『領土』と『民族感情』である! この二つを合わせ『歴史』と言ってもいいのかもしれない。これで中ロの連携を断ち切るだけでなく、両国互いに憎悪感情を抱かせる事すら可能となる。ではこれを今から具体的に実践してみせる。まず『領土』を切り口とする」
仏曉は僅かに眉間にしわを寄せる。
「——中華人民共和国は台湾を『自国領だ』と主張し続けている。しかし、実のところこの主張はおかしいのだ。中華人民共和国の建国は1949年10月1日。建国以来台湾島を実効支配した事など僅かの期間も無い」
「——にも関わらず中華人民共和国は台湾を『自国領だ』と延々主張し続け、『一つの中国』などと曰い、あらゆる外国にこの価値観を強要している。いったいこれの根拠はなんだろうか?」
「——それは『かつて清国の領土だった』、からなのだ。現に台湾島は日清戦争後の下関条約によって清国から割譲され日本領となっている」
「——しかしいくら『中華人民共和国は台湾を一度も実効支配していないだろう!』と我々の側が言おうと、どうせ中国人の奴らは今後も台湾を『自国領だ』と主張し続けるに決まっている。どうせやめないのならばいっその事『清国の領土が中華人民共和国の領土』という連中の価値観を我々が逆手にとり利用してやればいい。そこで出てくるのが『ウラジオストク』なのだ」
ここで軽く咳払いする仏曉。
「——これについてはちょっとした歴史知識を持ち合わせていないと〝意味不明の主張〟となるしかない。詳しい『歴史』の講義などやるつもりはないが、これについてなるべく簡潔に要点を述べておこうと思う」と言いながら手元のファイルを繰る。
「——清国末期、『アロー戦争』またの名を『第二次アヘン戦争』ともいう戦争があった。対決構図は『清国VS英仏連合軍』だ。当然と言うべきか、英仏連合軍の方が戦勝国となった。この時に結ばれたのが『天津条約』でこれが1858年。しかしこの条約を良く思わない者が清国政府内にいて〝戦争の続き〟を勝手に始めてしまった。そしてこれも当然と言うべきか、あっという間に清国は敗北、清国皇帝は遁走した」
「——その結果清国は『天津条約』に加え『北京条約』なる条約も結ばされる事になった。これが1860年。清国視点では元々ろくでもない条約をさらにろくでもなくした条約を結ばされる羽目になったと言っていい。この『北京条約』の時だ。清国が『沿海地方』または『沿海州』とも呼ばれる地をロシア帝国に割譲したのは。この割譲された清国領の中に『ウラジオストク』は存在する」
場内にどよめきが走る。〝そんな事は初耳だ〟といった反応であった。
「——『イギリスとフランス相手に戦争をしていたのにどうして突然ロシアが出てくる?』と諸君らは率直に疑問を持った事だろう。これはどういう事かというと『イギリスとフランスとの講和を調停した』として〝仲介手数料〟の名目でロシアは清国の領土をぶんどったのだ。中国人達の〝民族感情〟はなぜロシアなど許しているのか? なぜ『中ロ連携』などと言って仲良しごっこをやっている中央政府を許している?」
「そうだそうだ‼」と一部から声が上がる。
それを受け仏暁はフンと鼻を鳴らした。
「これで『中華民族の偉大な復興』などとは笑わせる」
場内に一斉に拍手が鳴り響く。
「——表向き中ロ間の国境問題は全て解決した事になっている。しかし私は知っているぞ! 中国人同士の内々では『沿海地方を取り戻さねばならない』と言い合っている事を!」
「——しかしどうしてそれを〝内々〟にとどめておくのか? ロシア人の耳に聞こえるように言えないのか! だから私は中国人を『宦官野郎』と呼ぶことを躊躇わない。それどころか諸君らにも奨励する」
「——台湾もウラジオストクも元々は同じ清国の領土。なのになぜ中華人民共和国は台湾にはあれほど強く平然と軍事的脅迫ができるのにロシアには同じ事ができないのか⁉」
「——考えられる事はただ一つしかない。ロシアは大量に核兵器を持っていて国土も広い。その一方で台湾には核兵器は無く国土もちっぽけだ。要するに中国というのは『強い者には弱く、弱い者には強い』、そういう存在の奴らだ」
「——しかし日本人の事だ。中国をかばい立てする者が必ず現れる事だろう。『勝てない相手とは喧嘩せず勝てる相手としかしない。中国はしたたかだ』、こういう言い方をして中国を誉めそやす阿呆は出ると見て間違いない」
「——だがそれは『したたか』の誤用である。日本語変換プログラムで『したたか』を漢字に変換してみたらいい。〝強い〟の『強』の字にひらがなの『か』をくっつけて『
「——弱い者相手だけにイキれる奴。これが男だろうか? 私は断言する。弱い者にだけ強く当たれる人間はイジメを行える性質の持ち主は男の風上にも置けぬ奴だ。間違ってもこんな男を『カッコイイ』とは誰も言わない。むしろ周囲に不快感と嫌悪だけを与える。少し考えればすぐ分かる。こうした性質のキャラクターを主人公にして大衆受けの良い物語を成立させる事は不可能だ。男らしくない奴は中心的立ち位置を得ることはできない! 台湾には強圧的、ロシアには弱腰、中華人民共和国は典型的なほどに男らしくない国家である!」
「——しかしこうして『男らしくない』などと『男』を強調するとなぜかフェミニズムが反感を示してくるだろうし、『負ける相手にケンカを売るなんて男はそれほど頭は悪くないぞ』とか明後日な反論が来るのがこの現代である。それに中華人民共和国の中ロ連携行動を評するのに『男らしくない』ではまったくヌル過ぎる。とは言え『女みたいな奴』もあらゆる女性に対し失礼だ。そこで『弱い者相手だけにイキれる奴』に罵詈雑言を飛ばすのにピッタリな語彙は何かと考えて『宦官』と表現する事とした。『宦官』ならジェンダーフリーだぞ」
(……)かたな(刀)絶句中。
「——とは言えネット上で中国を宦官呼ばわりしたら間違いなく『左翼・左派・リベラル勢力』どもが『ヘイトスピーチだ』と言って我々を悪者にしようとするだろう。だがそいつらは無能な奴らだ。『〝理想的な方策〟を空虚だが美しい言葉で喋る事』しかやらんぞ! 『外交で解決すべきだ』と言う事しかできん。中国とロシアの連携をどう崩すか、具体的アイデアも持たず『中国はウクライナ戦争を終わらせるようロシアを説得すべきだ』しか言わないような奴らだ」
「——私は『左翼・左派・リベラル勢力』どもは実は『ネオ・リベラル』な奴らだと言った。『ネオ・リベラル』がどんな価値観であるか、私が喋った事を覚えているかね? 『今この時この瞬間、利益をもたらさない奴は要らん』だ。間違いなく『左翼・左派・リベラル勢力』どもがこれだ!」
(そうか。あれはここに繋げるために言ったんだ——)かたな(刀)は思った。
「——我々は口先だけで美しい言葉をさえずる無能をこれ以上のさばらせてはならない。奴らが口にした価値観が奴ら自身の身にとどめを刺すことになる!」
「——『奴らが口にした価値観が奴ら自身の身にとどめを刺す』、これと同じ事は中国人達にも言える。本物の『民族主義』とは相手の強い弱いなど関係なく己の心の無意識の底から沸き上がってくる感情だ。そこに
そう言った仏暁の顔には不敵な笑み。明らかに〝内心〟と〝言った事〟の間に乖離が見える。
(うわっ、上手いというか、汚いというのか、ホメ殺しというのか)と感心するやらのかたな(刀)。
「——もちろんロシア人の連中が『ウラジオストクを返せ』と言われて温和しく返す連中では無いのは百も承知だ。なにしろ北方領土のうち『歯舞・色丹』という小島すら返さないのがロシア人だ。まして『ウラジオストク』は軍港だ。これで中ロは協力協調関係どころか永遠の対立関係に陥る。イジメグループを分断させ対立させる、これは中学教師時代からの私の十八番だが、これと同じ事は国際政治にも応用が効く。なにしろ相手は人間なのだからな」
だが仏暁の話しはここでは終わらず別の方向へと展開していく——
「——しかし中国人達の民族主義を揶揄するばかりで我々日本人自身の民族主義を語らないというのも片手落ちというものだ。我々の側に民族主義が無いのに中国人には民族主義を求めるというのも卑劣である」
「——まして民族主義を語らない極右など『極右』を
(『にっぽん・みんぞく』って……それいることになってるの?……)率直に思ってしまったかたな(刀)。
『日本人は、』と言った語り口で国民性を語る話しは聞いた事がある。しかし後からよくよく考えてみるとこれは〝民族性〟を語っているようにしか思えない。しかしその割に『日本民族』とは、誰の口からも聞いたことがない。
(こんなの初めて聞いた、)そう思うしかなかった。
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