第三百二十七話【新たな条約を結ぶためにやらなくてもいい譲歩をするのが日本人(『明治』の昔から)】

「時に、『福陵新報』は〝新聞として売れ行きは好調〟と私は言ったが、その新聞には主にどのような記事が載っていたのだろうか? それはどのような論調だったのだろうか? こうした疑問は大事である。何しろ『新聞』という存在の〝人気の原因〟はそこにしかないからだ」


「——当時、『福陵新報』の紙面上において、今で言う『キャンペーン報道』が行われており、そうした報道が読者を掴んでいた。それは『不平等条約改正反対運動』だ!」


(あれ?)とかたな(刀)は思った。なにか聞き間違えたか、仏暁が言い間違えたか、と思った。

(『不平等条約』は改正すべきもので、しちゃいけないのでは……)


 場内はこの点について〝気づいた者/気づかない者〟の割合が半々程度に思われた。あまり話しを集中して聞いてないと脳内で『不平等条約反対運動』と訳されてしまう。ここいら辺り、仏暁は織り込み済みのようだった。


「——『間違いを探せクイズ』ではないが、今私は間違えて喋ったわけではない。江戸幕府が欧米列強と結ばされた『不平等条約』、これの『改正反対運動』を新聞紙面で展開したのである!」


 ここで場内全体がざわめいた。


「——普通ならこう思うところだろう。『不平等条約は改正すべきもので、それに反対するとは何事か!』と」


(だよね、)とかたな(刀)。


「——だがこの『明治』という時代においてさえ日本人は外圧に弱く、そして日本人の要らぬサービス精神が発揮されかけた。新たな条約を結ぶためにやらなくてもいい譲歩をやらかそうとする政治家が国を動かしていたのである」


「——例えばこれは比較的最近の事例となるが、『日ロ平和友好条約』の締結にばかに熱心な首相がいた。その首相は歴代首相の中で最長在任記録を作ったのだが、遂にそのような条約は実現する事は無かった。しかし実現していたらその首相は『売国奴』と将来に向かって罵られ続けたことだろう。何しろ北方領土、いわゆる北方四島の返還について、小さい方の島ふたつで手を打ってロシアと平和条約を結ぼうとしていたのだからな。これこそ要らぬサービス精神、やらなくてもいい譲歩に他ならない」


「——というのも『北方領土問題』とはロシア連邦の前身国家であるソビエト連邦が『日ソ中立条約』という条約を破り日本を侵略し一部領土を今なお占領し続けているという問題なのである。条約を破る国と条約を結ぶという行為自体がナンセンスとしか言い様がないが、ここに加えて条約破りの侵略者に果実を与える譲歩をなぜ日本がしなければならないのか? 『既成事実さえ造っておけば後は一定程度の時間が過ぎるだけで日本は必ず譲歩する』、このように外国人に思われた場合、我々日本人の外国との交渉ごとはやる度に失敗し続ける事になるだろう」


「——よく『右翼・右派・保守派』はこのような事を言う。即ち『敗戦を機に日本人の気概や矜持や誇りが失われてしまった』と!」


「——しかしこれは不正確だ。日本人の中に、それらを持っている者と持っていない者がいる、というただそれだけの事で、『明治』という時代にも持っていない人間はいたのである。では『明治』の頃の有力政治家は『不平等条約改正』のために、外国にどのような要らぬサービス精神を発揮しやらなくてもいい譲歩をしようとしたのか?」


 ここで仏暁、外連味たっぷりに間をとった。



「——ようにしようとした、これがかの敗戦前の『明治時代』の事なのかと、ただただ唖然とするばかりである」


「——そもそも明治新政府の連中が〝維新〟という革命を起こした動機は、江戸幕府が外国と結んでしまった条約にあるのだ。これがなぜ〝不平等条約〟と呼ばれているか、それは〝関税自主権を放棄してしまった事〟と〝領事裁判権を認めてしまった事〟のせいだ。後者については『治外法権』ともいう」


「——何の事も無い。維新後も江戸幕府と同じような外交をしていたのだ。江戸幕府の外交に憤り幕府を倒した連中がだ」


「——さて、こうした〝政府の独善的暴走〟に対し、『福陵新報』の『頭山満』がいかに動いたか、これがこの話しの本線である。『福陵新報』は紙面においてこうした〝日本人の気概や矜持や誇り〟を持たぬ有力政治家相手に舌鋒鋭く言論戦を仕掛けていた。この現代の『右翼・右派・保守派』の連中が『北方二島でロシアとの平和条約を』と抜かしていた政治家にほぼ何も言っていないのと比べるとあまりに対照的というしかない」


 かたな(刀)にとっては(『右翼』の話しがどうして『新聞』の話しに?)と思うばかり。

 なお仏暁の話しは続いていく——

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