応援コメント

第三百二十五話【テロ論】」への応援コメント

  • 仏暁氏の仰る通り911後テロ許すべからず、でやかましかったですね。

    私見ではあの事件は、
    〝対象戦争の時代は終わった(あるいはのち数世紀起こらないのではないか)〟
    とこれ以上なくシンボリックに世界に示されたこと、が重要と考えていました。

    だからどうというわけでもないのですけれど。

    「テロはダメ」って「暴力はダメ」くらいの道徳ベースレベルの話ですよね。
    法の埒外の主張や行動を取る場合、考慮されるわけないのでは? と不思議でした。
    で、そもそもクルアーンの法が彼らにとって上位であったのでしょうから、ナニカうすら寒い気持ちになったことをおぼえています。

    作者からの返信

     あの時は誰しも「国家VS国家の戦争は終わった」と思ったのではなかったか、と思います(もちろん自分も)。まさかロシア連邦が隣国を侵略するという前近代的な戦争をしでかすなど誰も考えなかったかと。

     私見ですが今思うに『テロとの戦い』というフレーズは『人権』という価値観によく似ている気がします。そうした一見立派に見える価値観でも〝誰が言うか〟という〝使う人〟によって胡散臭くなってしまうという。
    「口だけは理想的なこと喋ってるけど、自分達だけの都合が良くなる〝なにか別の目的〟のために言ってるだろ」ってのが透けて見えてしまうという。

     だからなのか近頃は『テロとの戦い』ではなく『テロには屈しない』という言い方に言い換えられているように思えます。能動的か受動的かの違いですね。