第三百二十五話【テロ論】

「ん? マドモアゼル遠山、何か言いたそうな顔ですね」唐突に仏暁がかたな(刀)に訊いた。


「いえ、べつに、」と口を濁すかたな(刀)。


「あなたは意外に勘が鋭いのかもしれない、」そう言った仏暁は虚空を見上げた。


「な、なにか解ったっていうんですか?」


「世の中にはあまり『許せない!』と殺人もある。法律にもあるでしょう? 『正当防衛』ってやつが」仏暁は言った。


「まぁそれは確かに……」とかたな(刀)。刑法に書いてあるのは間違いない。


「とは言え別に私は法律の講義をしているわけではない。法律上問題があろうと〝あまり『許せない!』と殺人〟もある」


(そんな〝反社〟なこと言って大丈夫なの?)と思ったが、そこは思うだけのかたな(刀)。


「——それが『仇討ち』『敵討ち』というやつです。むろんこの現代、法律で禁止されてはいますが」


(やっぱり〝ダメ〟じゃない!)


「——しかしそこから一歩進んで〝あまり『許せない!』と思われない〟どころか、却ってというものがある」


(え?)


「——それが『』です」と、あっさり断定してしまった仏暁。


 場内、声にもならない緊張感でピンと張り詰めた。かたな(刀)もその中の一人。


「——もちろん、万人に称賛される殺人、即ち万人に称賛されるテロは無い。しかし社会の決して少なくない数が称賛してしまうテロならある。例えば大老井伊直弼が暗殺された『桜田門外の変』だ」


「——とは言え、『そんなものは江戸時代の昔のことだ』と、そう思われてしまうのかもしれない」


「——確かに2001年9月、アメリカ・同時多発テロ発生後のその時分、『テロとの戦い』の名の下に『テロを絶対に許してはならない』という空気が世界中を覆った。それこそ〝この価値観〟が『100%正しい』とされたのだ」


「——ところが時間が経つにつれ、この『テロを絶対に許してはならない』という価値観の正しさが揺らいできたのだ。これはなにも『アメリカがアフガン戦争・イラク戦争に失敗したから』に理由が集約されるわけでもない。中華人民共和国がウイグル人を弾圧し強制収容所に放り込むために使う標語として『テロとの戦い』を使い始めた、という理由も成り立つのである」


「——ところが当時はアメリカを始めとする世界が『テロとの戦い』という標語の〝絶対正義性〟に傷をつけさせないように腐心するばかりで、世界は中華人民共和国がウイグル人に何をしていようとも、中国人から『我々もテロとの戦いをしている』などと言われるままとなり、厳しい非難もできずにすごすごと引き下がってしまったのだ。その延長線上にこの現代がある」


「——しかし、少しでも考える頭があったのなら、中華人民共和国の如き言論の自由の存在しない社会、その中でも特に言論の自由が存在しない『新疆ウイグル自治区』において、ウイグル人が支配者である中国人達に自らの権利を要求した場合、行き先は強制収容所となりその命の保証も無いのである。こうした場に置かれたウイグル人が自らの信じる価値観に基づく主張をしようと思ったならテロでもやるしかないというのは必然の流れとも言える事くらい解る筈だ。単細胞的に『テロは悪!』『テロとの戦い!』などと決めつけられるものではない」


「——だが『それは言論の自由の無い中国の話しで、言論の自由のある日本ではテロは100%許されない。テロが称賛されるなどもってのほか』という反論がやって来るのは容易に想像できる」


「——だが現実問題、ここ日本でも2022年7月、歴代最長政権を成した元首相が参院選挙中に銃撃され暗殺されるという信じ難い事件が発生した。『テロを絶対に許してはならない』という標語だけはこの時も語られたが、私にはその標語によってこの日本社会が結束したようには見えなかった」


「——というのも、そのテロを実行したテロリストの側の言い分について、一定以上のことわりがあったからなのだ。韓国発祥のカルト宗教が日本人の大衆の家庭から根こそぎ金品を巻き上げていて家庭を崩壊させていた。そんな許し難い外国人連中に『愛国心を〝有権者に対する売り〟にしていた保守政治家』が〝これを許さじ〟と厳しく指弾するどころかと広く知られてしまったのだ。こうなるともはや『テロを絶対に許してはならない』という標語だけが空回りをしているといった風だ」


「——『テロを絶対に許してはならない』、こうした標語はテレビや新聞などのメディアも事件当時に使っていたが、この連中が元首相暗殺事件発生前にいったい何を報じていたというのか? 『韓国発祥のカルト宗教が未だに現在進行形で日本人の大衆から根こそぎ金品を搾取しているぞ!』と報道していたか? 『韓国』と聞いただけでこれを忖度し、そこに厳然として在る問題に目をつむっていただろう! 政治家に対しては『忖度はけしからん事だ』と言っていたのにな」


「——日本の報道機関に全てを任せておくと『韓国』に忖度し、『報道しない自由』を行使する。奴らが〝韓国人が日本人に何をやろうと無問題〟としてしまう以上、『テロによって言論の自由が脅かされた』などとはとてもとても言えないのである。こうなると『テロ』というのも一概に否定もできなくなってくる」


「——さて、なぜ私が唐突とも思える『テロ』の話しをし始めたのか? この話しは『この団体の名を〝玄洋舎〟とした』、とムッシュ遠山から聞き、そして急遽書き加えた原稿である。そこで元祖の方の『玄洋社げんようしゃ』に言及する必要に迫られたが故なのである」


「——元祖の方の『玄洋社』は極右とはほど遠い団体であるが、かといって全く対立する価値観を持った団体とも言えない。そして、何よりもムッシュ遠山の命名故、そうそうバッサリとできないのも私の立場です」


 場内から苦笑が漏れる。


「仏暁君、言いたい放題で構わんぞ」と最前列から遠山公羽。


「いえいえ。しかしこの『玄洋社』、むしろこの現代バッサリ斬る方が楽だったりしますから、これは私の性分からしてバッサリとはやれません。それに色々と興味深い」そう言いながら仏暁は手元のファイルを繰り始める。

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