第三百二十三話【富裕層はケイマン諸島へ島流し!】
「私がこの『FIRE』な話しをした理由はただ一つだ。『FIRE』が可能なのもやはり富裕層なのだ。これを言うためである。『投資というものは余剰資金で行うべき』という昔からの大鉄則通りにできる者はやはり『富裕層』しかいない」
「——ただ、一口に『富裕層』と言っても『5億円の現金を持った富裕層』ならば大衆でもなれる可能性がある。宝くじで当たればいいだけだ。しかし5億も現金があったなら、当たった当人の後の人生はその額で十二分過ぎる程で、経済的不安無く暮らしていけるのではないか? そう考えると『FIRE』なる価値観がさらに胡散臭く思えて仕方なくなるのである。この価値観が蔓延して真に得をする者は誰か?」
「——私が言いたいことは絶対に『投資』などに〝市民権〟を与えてはいけないということだ。それは富裕層にとって過ごしやすい社会を、我々大衆が造ってあげているという意味でしかないからなのだ」
「——さて、私は傍目には言いたい放題言って気持ちよくなっているように見えるかもしれない。しかし一方で私は自分のやっている事を理解している。それは〝富裕層に対する憎悪を煽っている〟という事だ」
(自覚、あったんだ、)とかたな(刀)。
「——同じ憎悪でも、これが外国人を相手とすると『外国人に対するヘイトを許すな!』としてメディアによって我々は簡単に悪魔化されてしまうが、『富裕層に対するヘイトを許すな!』とはメディアは言えまい」
「——そこで〝次の段階〟だ。『富裕層に対する憎悪を煽る』と言えば何と言っても『共産主義』である。社会の支配者である富裕層を暴力で潰し真に人民のための国家を造るというのがその主張の中身であり、これを『革命』という」
ここで仏暁は大きく伸びをした。
「——だが私は『極右』であり、『極左』よりはやや温厚だ。富裕層は増え続ける資産に対し応分の対価を支払うべきである。金融所得の税率上昇を妨害するなど許される事ではない。『金融所得の税率上昇を妨害するな』、その程度で存在だけは認めてやろうと言うわけだ。これでもなお富裕層が既得権益の絶対護持のために影響力を政治に及ぼし続けるつもりなら、富裕層はケイマン諸島へ島流しだ!」
(はぃ?)かたな(刀)は我が耳を疑った。『富裕層』に容赦なく悪罵を浴びせる緊張感あふれる演説だったものが、急に脱力したようなものになってしまった。
(ケイマン諸島って、タックスヘイブンで有名な。でも、『イギリス』だったよね……)とかたな(刀)。
「——『ケイマン諸島』、諸君らもどこかで聞いた事があるだろう。『タックスヘイブン』などと言われているが元の誤解の方が却って正確に的を射貫いている。そこは正に『富裕層の楽園タックスヘブン』! 『税金天国』だ!」
(あぁ、割と〝日本人あるある〟かも、)とかたな(刀)も思ってしまう。
「——天国へ島流しにするのか? といぶかしく思う向きもあるだろうが、流した後は島から一歩も出さないからこそ『島流し』なのだ。そして島に流した富裕層達には特別に水2リットルを200万円で売ってやればいい。富裕しているんだからこれくらい出せるだろう。さて、いつまで富裕していられるかな?」
「——結局『富裕層』が快適な暮らしを続けられるのも大衆の築く社会のおかげなのだ。大衆が大まじめに働いているからこそ富裕層が快適に暮らせる。大衆無き社会に富裕層を閉じ込めると富裕層の身に何が起こるか、という思考実験なのだこれは。『富裕層』は大衆の貧困を大まじめに考えなければならない。『FIRE』を持ち出し触れたが、〝永遠にこのまま順調に4%の運用益が続いていく〟などと、誰にも保証はできない。それと同じでこれからこの先もずっと大衆が温和しいままだという保証もまた誰にもできないのだ。『民主主義の脅威、その名は〝投資家〟』と言われる余地はあらかじめ消しておいた方が御身のためだろう」
ここで今度は仏暁は腰を左右に回し始める。腰の動きにつられ両腕も遠心力に任せるまま揺れる。ひとサイクル(?)動きを終えると続きを喋りだした。
「——私はこう見えて用心深い。『富裕層はケイマン諸島へ島流し』などとバカみたく聞こえることばを口にしたのも〝或る用心〟はしておいた方がいいと考えての事だ」
仏暁は僅かに眉間にしわを寄せた。
「——2022年、治安状況の指標となる『刑法犯罪認知件数』が20年ぶりに前年を上回っている。警察庁が発表した『犯罪情勢』に拠れば、前年比5.9%増、3万3千件あまりも増えているということだ。また国民の〝安全安心に関する意識〟を反映する『体感治安』の調査では『悪化を感じる』とした回答が実に67.1%にものぼった」
「——こうした社会情勢の中、『富裕層』に対する憎悪を煽った場合、『富裕層』に対する〝犯罪を煽った〟事にされかねないのである。そして現実に『富裕層』が殺害され金品が強奪されるに至る事件が起こった場合、『極右が煽ったからだ』という事にしておけば、こちらの勢力を潰したい者どもにとって正に渡りに船なのである」
「——ただ、本当に富裕層殺人事件が起こってしまった場合、『富裕層はケイマン諸島へ島流し』などと言っておいてもまるで用心としては不十分と言わざるを得ない」
「——そこで真面目な話し、こうした事態を切り抜けるためには、あらかじめ『死刑制度を肯定しておく』のが戦略というものなのだ」
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