第三百二十話【『株式会社』こそが富裕層への道。『起業美化論』について】

「ただ、こうして『株式会社』という制度をボロクソにこき下ろしていると、周囲から受ける評価が『頭のおかしな奴』になっていくのは目に見えている。なにしろ少なからず大衆は『株式会社』に所属している。人間、自分の所属している組織がこき下ろされれば気分も悪くなる。我々の敵方からしたらこのポイントが格好の攻撃材料になるというわけだ」


「——今や大衆にとっては〝錆び付いた欠陥制度〟と化した『株式会社』という制度でも、我々の目的は大衆の4割の支持を得ることであるから、ここは無理矢理にでも一応〝肯定しておく必要〟もあるというわけだ。いわゆる『社会に対する迎合』だ。だがむろん私がただ誉めるわけなどない。そこは〝毒〟の入った誉め方となるしかない」


「——私は散々に『富裕層』を攻撃し、これを『大衆』の敵対勢力であると断じてきたわけだが、では大衆が『富裕層』に憧れないのかと言えばそんな事も無い。なれるものならなりたいのだ。現に〝富裕層になる手段〟が全く無いのかといえば、そういうわけでもない。そうした〝道〟があるせいで『成功者をやっかむのはみっともない』という主張をができてしまっているというわけだ」


「——むろん私が言う〝富裕層になる手段〟というのは『宝くじで当てる』とかそういったあまりに確率の無い運頼りの〝道〟ではないし、特定の〝カネになるスポーツ能力〟がずば抜けて凄いだとか身体能力に頼った〝道〟でもない」


「——それは『起業』である。今どき『株式会社』に労働者として所属するのはどこか腑に落ちないところがあっても、起業した場合は話しは別だ。起業した者がその会社の『株式会社』の株を最も多く所有する筆頭株主になるのは当然だからだ」


「——その会社を株式市場に上場できるところまで発展させる事ができたとしよう。その時、ディスプレイ上に表示される数字に過ぎず実体も伴わない概念に過ぎないようなモノ、即ち『株』は、莫大な現金に換金する事ができる価値ある物に化けさせる事ができるのだ。上場した瞬間、その瞬間に億万長者になれるというわけだ。この現代における『株式会社』という制度を誉めるとすれば、ここ以外には無いだろう」


「——現に起業者に対する社会の評価は〝上場したら株価はいくらだった〟というカネの話しに終始している。『起業して億万長者になった成功者』と、視点がこれだけだ。その『起業』の中身を問うような社会になっていない」


「——世の中には『実は隙間産業でしかない起業』『社会にとって害になる起業』などもあるわけだが、起業者が巨万の富を得たならばどんな起業であっても〝成功者〟として褒めそやすというのは社会の腐敗である」


「——例えば『素人さんと素人さんの間の中古品売買をインターネット上で仲介する商売』は、〝新品〟があるから、誰かが新品としてその品物を造ってくれたからこそ成り立つ商売であって、こんなものは〝隙間産業〟に過ぎない。この手の隙間産業の起業者が巨万の富を得ていても、その社会の経済的発展に貢献したとはとても言えないのである」


「——『太陽光パネル設置し発電する商売』も、『自然エネルギーによって発電した電気について、電力会社には買い取り義務がある』という国策が無かったなら成り立たない寄生商売に過ぎない。その結果我々の所には〝その分〟が電気代に上乗せられた割り増しの電気料金請求書が届くようになった。儲かるのは国策に便乗したそうした会社の起業者で、連中が富裕するだけなのだ」


「——海外に目を転じれば『ソーシャル・ネットワーク・サービス』を提供する企業が起業された。『SNS』と言った方が通りがいいだろう。名も無き大衆でも情報を発信できるようになったのだ。これは〝隙間産業〟とは言えず、国策に便乗した起業でもなかったが、社会を分断するツールとなった」


「——〝分断〟云々は我々『極右』の目的と一致するため、さしたる問題を感じる必要も無いが、大衆目線では『SNS運営企業』が存在する事によって自らの人生を破滅させていった者達も珍しくない。とは言え飲食店で面白がり迷惑動画を撮った結果身の破滅を招いた人間が出てしまった事について『SNS運営企業』を攻撃するのは〝酷〟と言えるだろう」


「——だが、『SNS』を利用してもいないのに、『SNS』によって事態になっているのは到底看過し難い。『闇バイト問題』だ。現に『SNS』によって繋がった犯罪者どもによる強盗殺人事件がこの日本で発生した。『SNS』は犯罪者どもを結びつけるツールとなったのだ。事ここに至っては、もはやこうした業務内容の企業に肯定的評価など与える事はできない」


「——『SNS』のほとんど唯一の功績と思われた『アラブの春』が幻だった以上、『SNS運営企業』は社会に害悪を与えるばかりで、ろくな社会的貢献もしなかったと言っても過言ではない。その一方で起業した連中だけが大儲けだ」


「——私は『極右』だ。だから解りやすい事を言う。かつて公共放送で『プロジェクトX』という番組を放送していた。近頃は便利なものでネット環境の整備の結果、テレビ画面比〝4対3〟の古い番組も視聴できるようになった。その番組の中に『起業』を取り扱ったものがいくつかあった。私はこれを個人的に〝町工場モノ〟と呼んでいる。町工場から世界的電器メーカーになっただとか、世界的自動車会社になっただとかいった、そうした話しだ」


「——この戦後昭和の『起業』は、日本という国家に多大な貢献をした。多くの雇用を生み出し、『経済大国・日本』へと、この国を導いたのだ」


「——翻ってこの現代日本社会にそうした番組に取り上げられるような『起業』があるのか? 今やそのような『起業』などは無い。日本の多くの人々を雇用し、そして日本経済を発展に導くような『起業』でない企業、経営している奴だけが儲かるだけの企業を、たとえソイツが億万長者になろうとどうして我々大衆がソイツに一目置いて讃えなければならないのか。『成功者をねたむとはみっともない』なる主張にはこうした胡散臭さがある」


「——ところが昨今、『起業』とは全く別の〝道〟を志向する向きがある。起業は明らかに『商人』を志向しているわけだが、よりにもよって『貴族』を志向する者どもが現れ始めているのだ」

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