第三百十八話【『投資のススメ』はカルトの勧誘?】

「そこで考えられた『国内外の投資家』連中の立場を護るための〝打開策〟が、我々大衆をも『投資家』にしてしまえばいいという全体主義的な政策で、ずいぶん前からこの日本政府もしきりと国民に向かい旗振りしている。『貯蓄から投資へ』と!」


(あっ、聞いたことある)とかたな(刀)。


「——しかも昨今それがさらに過激になっている。『資産所得倍増計画』などと政府はぶち上げているのだ。単に『所得倍増計画』ならば昭和的懐かしき響き程度でまだ苦笑い程度で許せるが、『資産所得倍増』などと来れば事は穏やかでは済まない。資産が倍にもなるのか? これはほぼ詐欺師の勧誘文句である」


「——それどころか『貯蓄から投資へ』なる価値観を普及させるため政府は教育現場にまで手を伸ばしてきた。学習指導要領は改訂され高校の授業では『資産形成の視点に触れること』になっている! 『これでも元教師』として言わせてもらうが、『働かないでお金を得る方法』を教える所が学校かね? 腐敗ここに極まれりだ!」


「——政府を筆頭とするこれの推進陣営の言い分はこうだ。『働いて得たお金にもっと働いてもらう』、だ」


(お金は物体……、キャッシュレスだとしたら概念? そんなものが働く?)とかたな(刀)は思う。


「——平均寿命は伸びる。年金の支給開始年齢もどんどん高くなっていく。その一方所得が上がる者は限られる。大企業に勤める者達はまだいいだろう。近頃は賃上げしてくれるからな。だが中小企業に従事している者は全労働者の7割なのだ。この伸び悩む所得をカバーするため『働いて得たお金にもっと働いてもらう』という妙な価値観を吹聴し始めている」


「——即ち銀行にお金を預けるよりも高い利回りが期待できる金融商品への投資を促し、それで『老後の資金問題を解決できる』という事にしたいのだ」


「——近頃私が非常に気になっているのは『少額投資』というやつだ。『たとえ株価が暴落中でも毎月毎月変わらぬペースで投資をし続けると、長い目で見た場合、利益が出る』という摩訶不可思議な説である。これはもはや〝カルト宗教〟の領域にまで足を踏み入れているとさえ言える」


「——その〝教義〟は『分散』『長期』『積立』の三位一体だ。投資対象を分散し一定額を長きに渡って積み立て続ける、『これなら安全ですよ』、とあたかも定期積み金預金のような感覚で投資を勧めてくるのである」


「——看過できないのは〝途中解約を勧めない〟事だ。曰く、『資産を形成するためには〝時間〟を味方に付ける必要がある』として経済状況がどうあろうと延々積み立て続けろと言うのだ。そうすれば救われる、即ち資産は増えていくというのだ。一応は〝専門家の助言〟とやらを聞けと、お為ごかしのような〝断り文句〟をつけるのがパターンだが、その専門家が金融商品の宣伝マンかセールスマンなら、そのことばを聞く意味はあるのかね? 当該金融商品を売れば売るほど自己の実績になるのだろう?」


「——別に大衆だから〝投資してはならない〟と私は言うつもりは無い。やりたければやればいい。ただし、ここでもあの悪魔のことば、『自己責任』が憑いて回っている事を忘れてはならない」


「——だが、〝投資〟についてこの『極右・仏暁信晴』自身の事を訊かれたならばこう答える。大衆の投資、即ち少額投資にさほどの意味は無い。むしろ大衆がこぞって投資を始める事で、『投資家め!』と投資家を攻撃しにくくなってしまう。これでは却って富裕層にとって居心地のいい社会ができてしまうだけなのだ。大衆を投資へと誘う真の狙いはこれではないのか? 大衆が〝投資〟に煽られこぞってそのような振る舞いに及べば、大衆にとっては却って政治的にはマイナスなのだ」


「——仮にその〝政治〟を抜きにしても、私が『少額投資にさほどの意味は無い』と断言さえしてみせたのは実に当たり前の事で、大衆が働いて得て貯めたなけなしの100万円を投資し、仮に5%の利益が出て成功したとしても、富裕層も同じくその時5%の利益を得ているのだ。富裕層が富裕ぶりを発揮し1億円投資していたらどうなるかね? 500万円の利益だ。一方大衆の側はというと、100万円の投資ではその利益は5万円じゃないか。その差額は正に495万円だ。諸君、どう思うかね?」


 仏曉は手元のファイルを繰り目を落とす。

「——大衆を投資へと誘導しようと試み続けている政府も〝この弱点〟は多少は認識しているらしく、少額投資については『つみたて投資枠・年間120万円』、『成長投資枠・年間240万円』、合わせて年間最大360万円までの投資が可能とし、さらに『非課税保有限度額は1800万円』、即ちここまでは『投資の利益に対して税金を取らない』という飴を用意している」

 仏曉が顔を上げる。

「——だが我々が欲しいのはそんなものではない。『多額の利益には相応の税金を』、という〝税の公平性〟、これのみなのだ」


「——金融所得の税率が一律20%という〝〟がこの先このまま微塵も動かないとしたなら、実にふざけているじゃないか。このふざけたルールに手もつけず、投資を大衆にまで奨励するという事は富裕する者が益々富裕し文字通りの『浮遊』、浮かれて遊び回るような社会をさらに度を超して続けていくという事だ。何度でも言っておきたくなるが『消費税』の方は税率を上げた途端に『次の税率をいくらにするか』などという上げる話しが簡単に出てくるのだぞ!」


「——ここで少し視点を変えてみよう。テーマは『永遠などあり得るのだろうか?』、だ。昨今『地球温暖化』ということばを聞かない週は無いといっていいくらいだが、『地球は無限にCO2を吸収してはくれない』、これが前提となっている。宇宙へ目を向ければ恒星にだって寿命というものがあり、太陽もまた永遠に輝き続けはしないのだ。あらゆる存在に〝永遠〟など無いというのが常識だ。なのになぜ『金融商品』だけが長い目で見るとこの先も利益を出し続ける事になっているのか? それは〝永遠〟という意味だぞ。長い目で見たら太陽でさえ永遠には輝き続けないというのにな」


「——現在大衆を『投資』へと駆り立てるありとあらゆる宣伝が行使され続ける中、我々大衆は徐々にではあるが、こうしたカルト的価値観を信じるようになってきている。『人間は考える葦である』と云う。何ら考える事無しに他者が吹き込んでくる『常識』にただ染まり続けているだけではそれはもはや人間とは言えない。そこで私は『常識』を平然と疑うのだが、『金融商品』とは『株』という概念が存在しなかったらなり立たない存在だ。その『株』についてだが、『株式会社』という制度はどこかおかしくはないかね?」


(遂に『株式会社』まで否定し出すわけ? 極右なのか極左なのか、あまりにもフリーダム過ぎるでしょ)かたな(刀)にはこの一連の話しの終着点がだんだんと想像できなくなってくる。

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