第三百十六話【不動産と富裕層2・富裕層の納税】

「このように大衆にとって富裕層とは『今この時この瞬間、利益をもたらさない奴は要らん』という、そういう奴らなのである。『富裕層は経済に貢献している』などと抜かす者どもは富裕層ビジネスをやっている連中のみであり、それはさながら中国ビジネスをやっている連中が中国の悪行を見て見ぬフリをするのと構造的には同じなのである」


「——しかし、それでもなお富裕層側に立ち、我々大衆の方に非がある事にしておきたい輩は〝富裕層を庇うこと〟を諦めないだろう。そうした輩の中身は富裕層そのものか、富裕層ビジネスをやっている者どもに限られる。だが、言論を使った闘争というものは同じ〝戦う〟という行為でも戦争や選挙と違い、序盤の少数側が大逆転するという事も起こり得る。これはなにも我々に限った事ではなく、相手側にも起こる可能性があるのだ」


「——富裕層が金を使っても国家としての経済は発展しないし、その金遣いが却って大衆を苦しめる結果になる。すると大衆に対する富裕層の残された反撃法は『納税額』ということになる。納税額については『お前達よりは多い』と言うに違いないのだ。つまりより多くの税金を多く払っているので『今この時この瞬間、お前達大衆に利益をもたらしている』というのが奴ら富裕層陣営の〝反論〟となるだろう」


「——『納税額』を持ち出された場合、日本人なら萎縮しかねない」仏暁は〝やれやれ〟といったポーズをとる。


「——しかし我々は『極右』である。温和しい日本人ではない」


「——有り体に言って、納税は義務である。その義務を富裕層が行っていなかったなら、大衆に袋叩きにされても当然である」


「——私は先ほど富裕層が不動産に金を使うことを『投機・投資』と言ったが、不動産は富裕層が相続税をゼロにするためのツールでもあった」


「——2022年4月、最高裁判所が或る判決を出した。当該裁判の対決の構図は『国VS富裕層』であった。事の次第はこうだ。或る富裕層が13億8700万円で首都圏のマンション2棟を購入した。その不動産を相続した富裕層の遺族が相続税を、なんと『0』と申告したのだ」


 〝ゼロ〟、仏曉のそのことばに場内、当然の如くざわめく。


「——〝相続税ゼロ〟の理屈は以下のようなものだ。国税庁は相続税の計算、〝土地・建物の評価〟には『路線価』を使うと〝通達〟を出している。これを元に、先に触れた2棟13億8700万円の首都圏マンションを評価すると2棟で3億3000万円となる。これだけでも大衆にとっては噴飯物だが、さらにこの富裕層は購入時の借金を差し引いて相続税を『0』と申告したのである」


 場内の一部から怒りの声があがる。


「——『路線価』は実勢価格より低く設定されている。利便性が高い都心部のタワーマンションでは上層階ほど高額になり、路線価と実勢価格の差額が大きくなる。こうした首都圏のタワーマンションを相続前に購入すれば、現金のまま保有するより資産を圧縮できる。即ち資産を少なく見せる事ができるのだ。当然かかる税金もその分安くなり相続税の納税額も圧縮できるのだ」


「——もちろん税務署がそんな申告を受け取り『相続税0ですね、はい、分かりました』と言う筈も無い。『例外規定』というものが設けられている。『税負担の公平に反する事情がある場合にはこの規定が使える』というわけだ。税務署はこの例外規定を用い、この富裕層が持つ2棟のマンションを12億7300万円と評価し、およそ3億3000万円ほどを追徴課税した」


 期せずここでぱちぱちぱちぱちと拍手が湧く。


「——だがこの富裕層は『例外規定の適用基準が曖昧だ』として裁判に訴えたのである。そして最高裁で負けた」


 さらに大きな拍手が鳴る。しかし仏暁、拍手を鎮めるポーズをとる。


「——ただ私は思うのだ。この事例はこの富裕層がとことん業突く張りで相続税をよりにもよって『0』と申告したからこそ起こった事案なのではないか。最初からマンション2棟で『3億3000万円分を相続した』と、温和しくこの額に対し相続税を納税していたら、まんまとやりおおせていたのではないのかと。そして相続税を納めた後このマンション2棟を売り払っていたなら、優に納めた相続税以上の額が手元に戻ってきたのではないのかと」


 場内はシンと静まり返ってしまった。


「——『富裕層は大衆よりは税金を多く払っている』は一応真実として成り立つとしてもだ、資産に見合った税額を納めていないのなら話しは違ってこないかね? そういう事なら富裕層はやはり大衆の敵ではないか」


「——こういう事を言うと次に来る〝反論〟はおそらくこうだ。『全てのイスラム教徒がテロリストではない理論』が来る。即ち『全ての富裕層が首都圏のタワーマンションを購入しているわけではない』という比較的つまらないものが予想される」


「——だが再反論は存外簡単で、したがって結論も『富裕層は大衆の敵である』で変わらない。というのもほとんど全ての富裕層に当てはまってしまう〝案件〟があるのだ」

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