第三百十一話【『労働生産性』ということばを一瞬で死語にする法】

「——『言行一致』ということばがある。私の好きなことばだ」仏暁は〝一致〟の『一』のつもりなのか右手人差し指を一本立てている。


「——このことばこそ似非愛国者の化けの皮を一発で剥がせる最強のことばなのである」


「——このことばの意味は実に簡単。しかし奥深い。そしてその人間の本性をあぶり出す実に怖いことばだ。言っている事と行動が一致する事、たったこれだけの意味だというのに」



 と、ここで仏暁、心持ちの間をとる。

「——諸君、あらゆる業種の中で特に『労働生産性』が低い業種がどこだか知っているかね?」


「——保健衛生・社会事業サービスで労働生産性が低いとされている」


「——もっと解りやすく言い換えよう。それは医療、介護、保育だ」


「——昨今、保育所で保育園児が事故死したり虐待を受けていたりと悲惨な事件が続発している。その度に以下のようなコメントが添えられる。曰く、『保育士の数を増やさなければ子ども達は守れない』と、」


「——だが『労働生産性』を上げるためには保育士の数を増やしてはいけないのだ。むしろギリギリまで減らさなければならない。何しろ『労働生産性』という数値を出すための計算式は『生産量÷労働者数』。『全社員の総労働時間数』で決まるのだから人員が増えれば増えるほど総労働時間数が増していくのである」


「——さて、もちろん私はこんなバカげた価値観を信奉しているからこんな事を言っているわけではない」


「——問題は〝労働生産性肯定論者〟が『保育士の数は減らせ!』と公言できていない点にある。いったいなぜ公言できないのか? 理由は簡単だ。公言などすれば社会から恐るべき攻撃を受けるのが解り切っているから、連中ご自慢の『労働生産性肯定論』を口にする事ができないのだ。この場合は発言するという行動がとれない。言行一致していない!」


「——しかし発言するという行動がとれないのはおかしいではないか? 正しい事を言っているなら言える筈だ。正しい価値観を言っているならいつもと同じように啓蒙活動をすればいい。なのにそれができていない。その答えは一つしかない。であり、だからだ。自分でもそれが解っているからただ温和しくこの場だけは沈黙を守り続けている。奴らがダンマリを決め込んでいるというこの事実が〝この価値観〟がいかにいかがわしいかを我々大衆に教えてくれている、奴ら自身の行動がいかがわしさを証明しているのだ!」


「——この際だからハッキリと言っておく。アメリカという外国の社会制度に盲目的に付き従う愛国者などいない。それを導入し続けたが末のこの現代日本の格差社会だというのに、まだこの手で大衆を騙しおおせると考えるとは忌々しい。我々も舐められたものだな!」


「——だが我々がこれほど熱っぽく、実例を示し『ネオ・リベラルは誰にも幸福をもたらさない価値観だ』と言おうと、現代の支配層は冷笑するに違いない。『負け犬の遠吠え』と、」


「——事実、先ほど触れたとおり『リスキリング』という価値観の社会への定着工作は支配層の予定通り着々と進んでいる。我々日本の大衆はまたしても『自己責任』という、社会の支配層に都合の良い価値観に洗脳されるか、あるいは屈従し甘んじて受け入れなければならないのか? 〝勝機〟などどこにも無いのか? 否! ある! 私はこれまでの演説の中にそのヒントを既に紛れ込ませてある!」


(社会を支配する人間達に勝つって……、まさかヒョロ長、一矢報いるためにテロでも企んでる、なんてことはよもや無いよね……)と不穏な心持ちになってくるかたな(刀)——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る