第三百九話【電気機器を外国から輸入する国、日本】
「諸君、『アメリカ人は日本人の二倍の働き者だ』と言われたら、諸君はこれを信じるだろうか?」
(はい?)とかたな(刀)。
「——またあるいは『日本人はアメリカ人の二倍怠け者だ』と言われたら、諸君はこれを信じるだろうか?」
この仏暁の挑発的物言いに当然の如く場内はざわめく。
「これが『労働生産性』なる新参者の語彙、新参者な価値観なのである。しかもこれは日米IT企業の比較というわけではなく、いわゆる『サービス業の日米比較』だと言うのである」
「——私がこれを最初に聞いた時率直に感じたのは、『アメリカってそんなにサービス良かったか?』である」
「——これを誰が言い出したのかと言えば、2018年、日本のとある公益財団法人が『質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較』なる統計資料を発表した。これが発端と思われる。同じ時間で日米の労働者を比較した場合、日本人労働者の生み出す利益はアメリカ人労働者の30%から40%ほどしかなく、ここに〝日本ならでのサービスの質〟を加味したとしても、生産性はせいぜい50%だと言うのだ。今し方私が言った『日本人はアメリカ人の二倍怠け者だ』というのはこういう事なのである」
「——と、その前になぜ『サービス産業』での比較なのか? 日本と言えば『製造業』ではなかったのか、そもそも日本とアメリカはサービス産業で競う間柄ではなく、長年製造業で揉めていたのではなかったのかと、そう思う向きがあるのかもしれない。『比較する産業がおかしいのではないか?』、と」
「——が、残念な事にもう既に日本は製造業の国ではなく、テレビや携帯電話などの電気機器を外国から輸入するような国に成り下がった。それを示す具体的数字がある。2022年下半期における電気機器の輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支が812億円の赤字だったのである」
「——かつて『日本の電気機器』と言えば8兆円近い貿易黒字を生み出したものである。だがもはやそれは〝今は昔〟となってしまった」
「——これは電気機器からは少し外れ、なお且つ私事ではあるが、私は以前15万円もするカメラの交換レンズを買ったのだが、なんとそれは〝フィリピン製〟であった。〝こういう日本〟に我々はいるのである。日本は資源輸入国であるが、これから先、資源を買おうにも買うカネが無くなってしまうのではないかと、そうした不安さえ惹起せしめる」
「——なにゆえこのような惨状に至ったか、全ては『リーマンショック時』の支配層の行動から始まっている。リーマンショック後『日本円』は記録的円高となった。元々そうした傾向はあったのだがこれを機に多くの日本の製造業各社は生産コストが低い海外への生産移転を加速させたのである。すると当然日本国内からの輸出はその分減るのだ」
「——その結果日本国内で労働者が得られる仕事はサービス業ばかりとなり、求められるスキルは勢い〝対人スキル〟に特化していく事になる。現代社会は皆表面上、口では『多様性が尊重される社会』などと美しい事を吹聴するが、社会が求める人間像は次第に画一化していく。対人関係が不得手な人間が辛酸を舐めさせられる時代となったのだ。『コミュ障』『陰キャ』さらには『引きこもり』、これらの語彙は、時代と社会と地続きなのだ」
(そうだ!そうだ!)とかたな(刀)は心の中で拍手喝采を送る。就職試験でそういう目にばかり遭い続けてきたからだ。ただ客観的に、製造業で働けたかは別問題ではあったが。
「——過去を振り返り『どうにかならなかったのか』、と考えるのは自然な事だ。当時の日本政府、即ち今現在の野党であるが、連中が円高を放置したが故にかくも悲惨な現代日本となったのだ、という視点がある一方で、為替相場をどうにかしようとしてもアメリカ政府の連中が『為替操作国指定』カードをチラつかせ、その〝脅し〟でどうにもならなかったという視点もまた成り立つ」
「——当時の企業経営者が〝海外移転〟という実に安易な判断をしてくれたものだ、と言ったなら、企業から戻ってくる返答は簡単に予想がつく。もちろん〝正当化〟だ。『あの時海外移転しなかったら我が社は潰れていた』と言うに違いない。なるほど合理的だ。しかし、これがいわゆる『合成の
「——さらにその後、政権交代した後も問題であった。製造業がすっかり海外移転してしまった後で今さら金融緩和し円安にしてみても、もはや輸出できる物があまり無い。そこで政府は苦し紛れに『観光立国』などと開き直ってみたものの、観光だけで立国などできないのは既にギリシャが証明していた。そして悲しいかな日本は資源輸入国、円安で貧しい人間がさらに貧しくなるという最悪のスパイラルに陥っているのだ」
「——社会の支配層の行動がことごとく日本の大衆を痛めつけている。ここまで来ると『G7』だとか『先進国』だとかいうカテゴライズに何の意味も感じなくなるのである」
「——ここまで日本が落ちぶれたが故に比較のために引き合いに出される産業が『サービス産業』であっても、実に苦々しいが、そこは〝妥当〟としか言い様がない。しかし『製造業』がダメになったのに『サービス産業』ですら日本は負け続けるのだろうか? いったい『労働生産性』とは何なのか?」
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