第三百六話【合理主義者には人を惹きつける魅力無く、怖ろしい事に非合理な人間こそ人を惹きつけるものだ】

 『大谷吉継』を好きな武将と言いながら、『明智光秀』もまた好きな武将と言い放った仏暁。かたな(刀)に矛盾を感じさせつつも彼の話しは続いていく。


「——『ネオ・リベラル』の奴らは基本的に日本の支配層に属する。そうした人間は『本能寺の変』を生理的に忌み嫌う事だろう。何しろ支配する方が殺された事件だからだ」


「——故に『ネオ・リベラル』の奴らに『本能寺の変』を語らせるとこうなるだろう。即ち『明智光秀は謀反を起こすような悪い奴だった。そういう悪い奴はめったにいない』と、こう否定するに違いない。奴らは己の信じる価値観が〝死〟をも招き寄せるなど、そんな現実など直視したくないという感情を優先させるに違いない」


「——そして事を起こしたことにする。『人間は必ず合理的価値観に服従する筈だ』と、〝あるべき人間像〟を、我々大衆に向かって唱え続けるのだ」


「——だが合理的な行動をしてきた人間が、最後まで合理的行動を全うするかどうかは実は分からないものだ。『ネオ・リベラル』の奴らの頭はこうした〝人間の怖ろしさ〟というものを理解する能力にまったく欠けている。実はこれこそが織田信長が陥った陥穽なのである」


「——織田信長のである。信長はあまりにも人間を合理主義で判断しすぎた。この点『ネオ・リベラル』の奴らと価値観が通底している。京の目と鼻の先、丹波に明智光秀の1万数千の軍勢がいる。それは信長も分かっていた事だ。そして彼、織田信長の頭の中はこうだったに違いない。『この自分を殺してもその後誰も裏切り者の味方をする者はいない。先行き破滅する事が分からない明智光秀ではない』と、合理的にタカをくくり軍勢も引き連れず京にやって来た」


「——だが不合理な事は起きてしまった。人間をあまりに〝合理〟で扱い〝合理〟で判断ばかりしていると最後には命を落とすことすら起こる。それが実証されたのが『本能寺の変』なのだ」


「——しかし本当に恐ろしいのはここからだ。その明智光秀は昨今意外と人気がある。単純に『謀反人』で片付けられていない。大河ドラマの主役にも抜擢された事があるくらいだ」


「——不合理な事をしたのに『失敗者』として片付ける事ができていない。なぜだろうか? 実は『大谷吉継』もまた同じなのだ」


(え?)と、あたかも思考が読まれてしまったかのような錯覚に陥るかたな(刀)。


「——『大谷吉継』は『石田三成』のマブダチだった。こんな話しがある。石田三成が『俺、挙兵して徳川家康を討つ事に決めたんだ。その時は協力してくれるか』と、内心を大谷吉継に打ち明けた。大谷吉継はマブダチなので『三成よ、お前には人望が無いんだから家康などと戦えば負ける。挙兵はやめておけ』とあまりに忌憚の無い意見を述べた。しかし石田三成は『それでもやる』と決意が微塵も動かない。大谷吉継は『俺は乗れん』と一度は断った。だが結局『お前を見捨てられん』と。あらかじめ敗北を予想しておきながら石田三成の側に立ったのだ。それどころか小早川秀秋の〝裏切り〟さえ予見して敢えてその真下に陣を敷いたとも云われている」


「——〝結果〟をあまりにも正確に予見しながら極めて不合理な道を選んだ『大谷吉継』、彼もまた『失敗者』として片付ける事ができていない。なぜだろうか?」


(そうか、そういう切り口で来るか——、)とかたな(刀)。

(——方や謀反人、方や義の人でも両者ともに〝不合理な道を敢えて選んで失敗〟という結果に終わっている。だけど〝愚か者〟として扱われてない。そういう意味では確かに同じだ——)


「——この二人とはあまりに対照的、武将が『山内一豊』である。彼はあまりに成功した——」


「——しかし人を惹きつけているかね?『山内一豊』は。この武将はどれほど人気かね?『山内一豊』は。一応は大河ドラマで主役のように扱われた事もあった、が、あれの主役は『山内一豊の』の方だ。世間一般的に見て武将個人の魅力はほぼ無きに等しい。合理的判断の結果成功したにも関わらず、だ」


「——『ネオ・リベラル』の奴ばらはよくよく覚えておくことだ。。怖ろしい事にものだ」

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