第三百話【大日本帝国は植民地を持っていない?】
「それは『大日本帝国は植民地を持っていなかった』、という主張である」
今度は逆に、今まで静まりかえっていた場内がざわざわとし始める。
「——日本の『左』側連中が聞いたら目を剥いて攻撃し始めてくる主張である事は想像に難くない。さて、私はこれでもかつては〝教育者〟であった。だから『大学』の話しをしようと思う」
「——受験産業界において、『旧帝大』、略して『旧帝』と呼称される〝大学グループ〟がある。昭和二十年以前、日本が大日本帝国だった時代から存在していた国立の総合大学を指している。東大を筆頭にいずれも難関大学ばかりだ」
「——この〝大学グループ〟をかつての名前で北から西へと順に読み上げると、」と言いながら仏暁は手元の資料に目を落とす。「——『北海道帝国大学』『東北帝国大学』『東京帝国大学』『名古屋帝国大学』『京都帝国大学』『大阪帝国大学』『九州帝国大学』の7つである」
「——だが実はこれで全てではない。抜け落ちている大学があと2つある。それは『京城帝国大学』と『台北帝国大学』である。その名前からもう察しがついているかと思う。『京城帝国大学』は朝鮮半島の京城、現在のソウルに。『台北帝国大学』は台湾島の台北に建学された帝国大学である」
「——ここで私が指摘しておきたい事は『大日本帝国が朝鮮半島や台湾島にまで帝国大学を造った』という趣旨ではない。『建てられた順番』についてである」
「——今さっき私が言った日本国内に存在する7つのいわゆる『旧帝大』。この中に『京城帝国大学』や『台北帝国大学』よりも後回しにされた大学が、2つある」
ここでざわっと静かなざわめき。
「——それは『名古屋帝国大学』と『大阪帝国大学』の2つである」
「——具体的数字を並べると、
1924年、京城帝国大学、
1928年、台北帝国大学、
1931年、大阪帝国大学、
1939年、名古屋帝国大学、といった具合だ。名古屋は10年以上後回しにされている」
「——名古屋市民と大阪市民は怒ってもいい。『日本を代表する古くからの大都市を後回しにするとは!』『俺達は植民地以下か!』と」
ここで僅かのインタバルをとる仏暁。
「——しかしここに、もうひとつ別の解釈が入り込む余地がある。それは朝鮮半島や台湾島は〝拡張された日本国〟であり、大日本帝国の朝鮮半島地方、大日本帝国の台湾島地方である、という考え方だ」
今度は場内、一転シンと静まり返った。
「——この考え方を採った場合、『名古屋帝国大学』と『大阪帝国大学』が朝鮮半島や台湾島の帝国大学よりも後回しに建学された説明として、ストンと腑に落ちるのである。名古屋や大阪なら比較的近所に『京都帝国大学』があるからだ。つまり国土の均衡な発展。一部地域への帝国大学の偏りを避け、程よく各地方に分布させる事を優先したのである」
「——これを聞き、さぞかし日本の『左』陣営は激高するであろう。なにせ『大日本帝国』は悪の軍国主義国家どころか、模範的な多民族共生国家になってしまうのだからな。逆に皮肉な事に、戦後の『朝鮮半島と台湾島が切り離された日本国』こそ、より単一民族国家に近くなっている」
「——日本の『左』連中が常日頃口にしている『日本悪玉史観』に辟易としている大衆は、少なからず私の主張の方に快哉を上げるであろう」
ここで仏暁は話しを区切ると、改めて場内をぐるりと見渡し、次のことばを繋いでいく——
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