第二百九十七話【議論などというものは感想の言い合いに過ぎない】

「『日本の左派・リベラルメディアを見習うべき』とはどういう事かと、そういう表情がここからいくつか見える。だがいっけん見習うべきところなどまるで無いように見えても、人には良い点もあるものだ」


「——さて諸君、話しは少し変わるが、ここ日本では『論破』なることばがすっかり定着しているようだが、。100%不可能であると言い切って良い」


 さすがにこの断定には場内ざわめく。


「——『他人の主張は論破できる』などという考え方は『ディベート』というゲームの弊害に過ぎず、ディベートは所詮に立って主張するだけの『議論ごっこ』であり『本物の議論』ではないのだ」


「——では『本物の議論』とは何か? それぞれがに立って主張し合う議論である。この場合の『主張』の根幹にあるものは感情であり、それは100%感想に過ぎない」


「——『それ、あなたの感想ですよね?』、この定型句を使えたら論破した事になるのが世相らしい。実にナンセンスな事だ。それを証明するため、ひとつ私が最もピンと来る具体例を出してみようじゃないか」

 仏曉は両手を演台の上に置いた。


「——アメリカ人やオーストラリア人の反捕鯨論者はよく言う。『鯨を殺すのは残虐だ』と。——これは感想じゃないのかね?」



「——試しにその外人どもに『それ、あなたの感想ですよね?』と言って議論してみたらいい。ソレで果たして論破した事になるかどうか。奴らからは『俺の感想に従え!』といった類いの返答が戻ってくるだけだ。違うかね? 『論破』など最初から不可能なのだ」


「——加えて私は別の事例も用意できる。今度は日本人同士、外国人抜きの例だ。テレビASHというテレビ局で月に一度深夜から早朝にかけて討論番組が放送されている。一度も見たことがない方は一度だけでも見てみれば解る。パネリスト達が好き勝手言っているだけで議論は常に平行線のまま、あれだけ時間をかけ議論してもまともな結論など出た試しが無い。あれは出席者が各々の感想を言い合っているだけだからだ。これが議論というものなのだ」


「——建設的な議論とはでなければ成り立たない。が、そもそも目的が一致しているのであればそれは仲間であり、仲間同士で話し合っても『そうだ、そうだ』と言い合うだけの懇親会になるだけだ。建設的な議論とは滅多に起こらない極めて希な事象なのである」


「——たいていの議論は目的が異なる者同士の議論であり、両者の主張、即ち感想が重なり合う事などあり得ず、だんだんと議論をおこなっている相手が全否定すべき敵にしか見えなくなってくるのである」


「——現に『反捕鯨論者』と『捕鯨容認論者』はそうした敵同士である。皮肉な事に議論をすればするほど対立と分断が深まるのだ。『もっと議論を、』という標語のような物言いがあるが、これは『もっと対立と分断を、』と読み替える事ができる」


「——こうした事ができるできないは要は慣れの問題だと私は考える。が、ほとんどの日本人は慣れてはいない。自分の持った感想を口に出せる勇気を欠いているのだ。そこで日本の左派・リベラルメディアだ。中でも特にASH新聞について我々が見習うべき点は、『首相の知人だから優遇されたに決まっている』という感想をそのまま記事にした所にある。客観的に考えて、土中に大量のゴミが埋まっていてもなお土地の評価額という価値が、評価額通りで変わらないというのはおかしいのだが、『疑惑がある』という感想を堂々と記事にしたものだった。また新設獣医学部に関して、首相と件の学校法人トップとの間に不明朗な金銭の流れがあるとか、そうした指摘もできていないのに『疑惑がある』という感想を記事にしたものだった。正に、『主張とは感想でしかない』を地で行っている」


「——こうした実践を多くの日本人ができたなら、自然と〝〟を克服した事になるのだ」


 聞いているかたな(刀)は唖然呆然。なら、逆に〝〟になってしまうからだった。面接試験において散々面接官に迎合しそして失敗してきたかたな(刀)にとっては〝異次元の主張〟というしかなかった。

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