第二百九十四話【移民受け入れ大国・1位、2位、3位の国の社会は変わった。では4位の国は?】

「かねてより我が国日本は『難民』について、海外からそして国内の『左』連中から非難を浴びてきた。『』と、」


「——だが皮肉な事にヨーロッパにおける極右政党躍進の原因はその難民受入数と関係がある。EU諸国が難民をあれほど大量に受け入れる前、ヨーロッパの中の少なくともかつての西ヨーロッパ地域においては『左派・リベラル勢力』が主流派であり天下であり、そこに極右政党台頭の余地など無かったのである。だが今やフランス、ドイツ、イタリアといったかつての西ヨーロッパ地域でも極右政党は台頭しているのだ」


「——今より昔、絶対主流派を占めていたヨーロッパの『左派・リベラル勢力』は、思う存分に自らの信奉する『理想』を政策として押し進めようとするだけで元々の自国民の事をろくに考えず、却ってその自国民に対する啓蒙活動さえ始める始末であった。即ちそれは〝〟である。生活者目線を欠いたこのような傲慢な政策が極右政党の台頭を招いたのだ。理想をそのまま政策としてしまった後、『左派・リベラル勢力』目線では〝失敗〟という結果だけが残ったのだ」


「——私にとってはこうしたなりゆきはデジャヴである。こうした『左派・リベラル勢力』と『日本の右派・右翼勢力』はよく似ている。少なくとも国内の左派・リベラル勢力は『日本の右派・右翼勢力』の推す〝〟を手厳しく非難してきた。『特定の価値観の強制的な押しつけは問題だ』と言って。だがその点〝〟も同じではないかね?」


「——〝人間とは本来こうあるべきだ〟という『べき論』を語っている時点で、日本の右派・右翼勢力の推す道徳教育も、国内外問わず左派・リベラル勢力の推す〝人権に則った理想主義〟も、表現を変えただけの中身がまるで同じものなのである」


 ここで仏暁はアタッシュケースの中からひとつクリアファイルを取り出し右手で掲げてみせ、そして喋り出した。「難民問題などというのは移民問題の一形態に過ぎない」


「——私は、日本人は『右』の思想についても内向きであると言ってのけたわけだが、これは海外の視点から見れば現代日本は〝こう見えている〟という、ひとつの資料である」


「——OECD、即ち経済協力開発機構の調べによると既に2016年の段階で、日本の年間外国人受け入れ数はドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ世界第4位だったのである。これは元々移民によって成立した国であるオーストラリアやカナダすらをも上回っている。日本は2010年代半ばには既に移民大国だったのだ」


「——ドイツに於いては大量の難民受け入れが極右政党の台頭を招いた。しかしアメリカやイギリスに何も起こらなかったかというとそうではない。アメリカに於いては2016年の翌年、2017年には『アメリカ・ファースト!』を声高に叫ぶ男が大統領に就任している。即ち大統領選挙期間中の2016年には不法移民の増大に少なからずのアメリカ人が腹を立てていたと断言できる。件の大統領は『不法移民がアメリカ国内に入り込まないようメキシコとの国境に物理的壁を造る』と公言し、大統領在任期間中にそれを実行してのけた。その後その大統領は再選されずリベラル系政党出身の政治家が大統領に就任したのだが、アメリカ・メキシコ国境の管理は特段緩くなる気配は無い」


「——イギリスに於いてはその2016年の段階で、『移民問題』が遂にEU離脱という決定にまで行き着き、そして2020年にはかねてからの決定通り正式にEUを脱退した。〝EU加盟国の義務でもある人・物・金の移動の自由の保障という政策〟のうち、『人』の移動が社会的に無視できない程の大問題となった結果なのだ」


「——『大量の難民受け入れ』にせよ『不法移民の大量流入』にせよ『合法的移民の大量流入』にせよ、国内に大量の外国人が入ってくるような事態が起これば必然受け入れ国側の社会情勢は変わるのである。2016年の段階での年間外国人受け入れ数第1位、2位、3位であるドイツ、アメリカ、イギリスの社会が変質してしまった以上、4位の日本、その社会が変わらないとどうして言えるだろうか? 私は考察の結果〝変わるのは必然の現象〟と確信している。各国で起こっている新たな価値観の勃興がこの日本だけで『起こらない』とする方が不自然極まりないのだ」


「——しかし私がそう言っても以下のような反論が飛んでくる事であろう。即ち『日本に於いては反移民の世論は無い』と。確かに一見そのように見える。私はこの現状はいわば〝凪〟の状態に過ぎず、いずれ〝荒れる〟と考えてはいるが、なぜ日本は現状〝凪〟の状態なのか、そうした点については考察する意味はあると考える」


「——ドイツやアメリカのケースでは自国内に流入してくる外国人達は『無職』である。この点が日本とは決定的に異なっている。アメリカの場合は不法移民のためそこに公的な機関による積極的な経済支援は無いが、アメリカ人であっても〝治安〟は気になるという事だろう。ドイツの場合はこの点よりハッキリしていて入国希望の外国人達を難民として政府公認で受け入れているため公的機関による積極的な財政支援が公然と行われている。自分たちの支払った税金が国民ではない大量の外国人のために使われる事に抵抗感を覚え不信感を感じるのは人間の感情として自然に理解できる」


「——イギリスの場合は自国内に流入してくる外国人達はドイツやアメリカのケースとは違って『無職』の状態で住み着こうとは考えてはいなかったのだがそれでもこの後の事を考えた時、際限なく流入し続けて来る外国人労働者の増大はイギリス人の不安をかき立てずにはいられなかった。それがEUルールの結果起こっている事象である以上、今後もそのルールに縛られ遵守し続ける事が将来イギリス国民にどのような影響を及ぼすか、全国民が真剣に考えた結果出た答えが〝EU離脱〟という結論だったのである」


「——イギリスの誉められるところは〝外国人労働者の受け入れ〟について国民の審判を仰いだ点にある。日本と比べてみ給え。外国人労働者の受け入れについて、日本の政治家どもが国民に何事か相談したかね? 選挙の争点にしないよう目立たぬよう目立たぬよう努めていただけではないのか? そうして既成事実を造り上げ、国民に事実の追認を求めるのだ。日本人は造られてしまった既成事実の前に『しょうがない』と諦めムードになり、かくして誰も異議を唱えなくなる。何のことはない、戦前の常套手段と同じ手法を戦後も国民統治に使っているのがこの日本の支配階級どもなのだ」


「——このように日本政府の移民政策が、決して誉めことばではないが〝巧妙〟なため、そしてその巧妙な政策を国内メディアが指弾しないため、問題がそこに厳然としてあるにも関わらず問題の透明化がなされているのである」


「——日本政府がいかに巧妙に国民に無関心状態を維持させているかというと『移民』という単語を使わない点に見て取れる。いかにも抵抗感や摩擦感を引き起こしそうな語彙を他の表現に置き換えるのだ。戦前は『戦争状態』であるにも関わらず『事変』と言ってみたり、明らかに『撤退』なのに『転進』と言い換えたりしていたが、これと同じ手口がこの現代でも使われているのだ。日本政府は外国人の国内定住政策について『在留資格の拡大』という表現を用い、国民の関心がこの事実上の移民政策に向かわないよう腐心を続けている」


「——そして今ひとつ、日本について悲観的な指摘をしなければならない。日本人はドイツ人やアメリカ人やイギリス人に比べ、つまり欧米人に比べ個我が圧倒的に弱いので、国民レベルで〝自国政府による外国人政策〟にものが言えない」


「——日本人は周囲の目、社会の目、集団の調和を乱してはならないという考えに拘禁され、欧米人のように他人からどう思われようと己の信じる価値観を意見として公に明らかにする事ができないのだ。これは現実にコロナ流行時のマスク着用にみてとれた」


「——その欧米人達の中に少なからず、日本は秩序だって整然としていてルールを守り街は清潔でゴミも落ちていないなどと『いわゆる日本の民度』を褒めそやす向きがあるが、私は必ずしもこれは長所ではない、と考える。少なくとも絶対的長所ではない。せいぜい長所半分、短所半分といったところだ」


「——私はかつての教育者として、現代日本の『英語教育に対する傾倒ぶり』に違和感しか感じない、というのも技術的に英語だけ喋れても〝他人からどう思われようと己の信じる価値観を意見として公に明らかにする事ができるメンタル〟を同時に持ち合わせていなければ、結局のところ喋れても喋れないのと同じになってしまうのだ。英語を喋る以上は欧米人並のメンタルも身につけておかなければ単なる召使いか植民地の民となるのがオチである」


「——しかし私がいくらこうした現代日本人の性質に憤ろうと、性質の変更は無理である。そこにタカをくくり利用さえしているのが『左派・リベラル勢力』と言え、実に忌々しい限りだが、我々の主張が広く支持を得るためには『現状の日本人の性質に適したアクション』が求められるところではある」



(欧米人に比べて温和しめの日本人を焚き付ける方法なんてあるの?)そう思うしかないかたな(刀)であった。

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