第二百九十三話【海外出羽の守】

「我々日本人は海外の極右政党の躍進に目を向ける必要がある」と仏暁。


(そうよね、あくまで海外の話しよね、参院選で確かそれっぽい政党があったけど、なんの実績も出てないし)と、かたな(刀)。この場合の〝実績〟とはもちろん『議席を得た』という意味以外にはない。


「——それはなぜか⁉ からなのだ!」

 高らかに断言する仏暁!


「そしてこれが〝戦術〟というものなのだ」と付け加え、ここで会場内の聴衆に問いを発した。「——ときに諸君、諸君は『海外出羽の守』という造語を一度でも耳にした事があるだろうか?」


 場内は静まりかえったまま。


「——それは〝外国を持ち出し日本の価値観や習慣を否定する日本人〟を揶揄するために自然発生的に生まれたことばである」


「——悲しいかな『日本人は欧米に弱い』。日本人としては情けなくもあり認めたくはないが現実は直視しなければならない。『右』も含め全般的に弱いが、日本の中でも特に『左』の連中が弱い。


 かたな(刀)は違和感を持った。(悲しいなら否定しとくべきじゃないの?)と。


「——日本の『左』側連中には、アメリカ人の第二次大戦観である『日本悪玉史観』に迎合し続け、アメリカ人を焚きつけ日本国内の『右』を攻撃して潰すという陰惨な手法を公然と使う惨めさがある。また『反捕鯨。反イルカ猟』でも少なからずの『左』側の日本人がアメリカやオーストラリアといったアングロサクソンの価値観に迎合し『鯨を食べる習慣はもう日本には無いからいいではないか』などと抜かしていたものだ」


「——ただ、日本の『左』側連中の〝崇拝の度合い〟を比べた場合、アメリカよりはむしろヨーロッパの方に比重がかかっている。よりヨーロッパの方に迎合する性向があるのだ」


「——試しに思いつくまま並べてみると、社会福祉を語り出すと『スウェーデンを見習え』。戦後の謝罪については『ドイツを見習え』。脱原発でも同じく『ドイツを見習え』。国境を無くし人・物・金の流れを自由化する事がよほど連中の価値観に合致したのか『EUを見習え』もよく耳にした。かつては〝東アジア共同体〟なる概念も同時によく耳にしたものだ。さらには『温室効果ガスの排出権取引を見習え』もそう。『ヘイトスピーチ解消法を見習え』『難民認定の数を見習え』てなものもあった。ヨーロッパの日本に対する『死刑廃止要求』については日本の『左』側は今現在も完全にあちら側の代弁者である」


「——しかし、私の行ったこれらの指摘は『ヨーロッパの素晴らしい価値観を日本にも取り入れたいだけだ』と奴らからの反論を食らえばそれまでである。ドイツの戦後の謝罪や脱原発には突っ込み処は多々ありそうだが、私は敢えてそんなものに茶々は入れない。私はより重要なものを優先するまでだ」


「——日本の『左』側連中はヨーロッパに迎合はできても、


「——『ヨーロッパのあらゆる価値観が素晴らしいわけではない』、そう考えるのが常識的思考というものである。しょせんあちらも人間なのだから素晴らしくない価値観だってそこにはある筈だ。こう考えられるのが自然な思考というものである。ヨーロッパの連中は日本の死刑制度を『素晴らしくない価値観』と断定し非難してきたわけだが、それに迎合する日本の『左』側連中が、実はヨーロッパの『素晴らしくない価値観』を否定できていない」


「私が指摘するその価値観とはである!」


「——私は日本の国内メディアを『左』側連中と定義しているが、それらの主張にくまなく目を通し、その結果気づいた事がある」そこまで言うと仏暁は右手の人差し指、中指、薬指の三本の指を立てた。そして言った。

「少々くどいが今から同じことばを3回、諸君に繰り返そう」


「EUは極右政党を非合法化しEU加盟国の政界から追放すべきだ!」


「EUは極右政党を非合法化しEU加盟国の政界から追放すべきだ!」


「EUは極右政党を非合法化しEU加盟国の政界から追放すべきだ!」


「——とても大事な事なので三度私は繰り返しました。ヨーロッパに対しこれが主張できないのが日本の『左』側連中なのだ」


「——ここから導き出せる結論は、『左』側連中には『極右政党の存在そのものを否定する事はできない』という事である」


「——〝極右的主張〟などと聞けば、いっけんそんなものは僅かも主張できないような感覚に囚われているのが我々日本人であるが、ヨーロッパの極右政党の主張は『ここまでなら大丈夫』という、となっているのだ。故にその程度の主張なら社会的に抹殺される事無く我々にも同程度の主張をする事は可能なのである。基準点は既に存在しているのだ」


「——するとヨーロッパの極右政党の主張の中身が〝〟が、必然焦点となる。結論から言うとだいぶん丸くなっていると言うしかない。例えばフランスにおいて極右政党はかつて『犯罪を犯した移民は即刻元の本国へ送り返せ!』といった主張をしていたのだが、もはや今現在はそうした主張をしていない」


「——今現在のフランス含むヨーロッパ各国の極右政党の主張を端的に言うと『移民を際限なく我が国に入れるな』、これに尽きる」


「——ここでの『移民』とは専ら『難民』を指しており、これを断るのが極右政党の基本であるが、これだけでも敵対的政治勢力からはもれなく〝ろくでなし〟にされる。そうしたネガティブキャンペーンを退け国民の広い支持を得るため、極右政党によって語られるのが『』なのである」


「——我が国日本で『福祉』などと聞くと、それを声高に主張するのは専ら『左』側の専売特許のように思われているが、ヨーロッパでは極右も公然と福祉を語る」


「——つまり難民を受け入れるというのは受け入れ国の政府の決定である。そしてひとたび自国内に受け入れてしまえば、彼らの衣食住は必然当該受け入れ国が負担しなければならなくなる。入国経緯が密入国でない以上、そのための費用は公金以外に出所は無い。すると本来国民の福祉のために使えた費用が外国人達によって浪費された事になるのだ」


「——極右政党が成長する土壌はこうして作られる。すると今度は日本の場合であってもこれが成り立つのかどうか、そこが焦点となるだろう」


 立て板に水流れる如く仏暁の演説は〝日本〟へと回帰していく。

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