第二百九十二話【否定論者】
仏暁の演説は続いていく。
「敵を否定するためにはまず、自らの立ち位置を『ここだ!』と定めておく必要がある」
「——私はムッシュ遠山から『〝愛国者ポジション〟を占拠できる思想は何か?』というシンプルのようでいて極めて難解な問いを受け取る事となり、じっくりと考えた末に——」
「——その答えが『極右』へと行き着いた。客観的立場に立ち、考えに考えた末の結論なのである」
と、そのように言われても会場の誰彼もが置いてけぼり状態。常識的に言って、客観的には一番避けるべき結論だったからである。
そうした皆々の表情を見回しながら口だけでニコリと笑ってみせる仏暁。
「——ムッシュ遠山も少しばかり触れていた。が、私の口からも言及しておかねばならない。間違っても愛国者ポジションに立っているようには見えない〝思想〟とはなんであるかを」
「——『左翼』『左派』『リベラル』などは論外であると、ムッシュ遠山と私とで完全に意見が一致しました。『左翼』『左派』などは反日本主義者であり、時に国外の排日主義勢力と連帯したりする輩だ。その動かぬ証拠がいわゆる『慰安婦問題』なのである」
「——韓国人元米軍慰安婦がいる。彼女達は日本軍慰安婦問題と同様の被害も訴えている。米軍慰安婦問題は確実に存在しているのだ。なのにどうして『左翼』『左派』の奴らはアメリカ人を攻撃しないのだろうか? どうして攻撃対象が日本人に限定されているのだろうか? これこそが『左翼』『左派』の奴らが反日本主義者である動かぬ証拠なのである。しかも口で『女性の人権』を語りながら米軍慰安婦問題での謝罪など一切しないリベラルアメリカ人という排日主義勢力と仲良く連携していたのも日本の『左翼』『左派』であった。この事実について我々日本人は永遠に記憶し、憎悪し続けなければならない」
「——そもそも奴らは『左』を名乗りながら富裕層に攻撃を加えてもいない。共産主義者・社会主義者としてすら紛い物なこの連中の中に、自らの不人気ぶりにようやく気づいた者がいて、看板を掛け替え別物のように見せかけただけの存在が『リベラル』なのだ」
「——これら『リベラル』、即ちその中心勢力と位置づけられる日本の国内メディアは日本の国家権力が押し進める『改革』という名の社会破壊に積極的に加担してきた。構造改革! 構造改革! 構造改革! 規制緩和! 規制緩和! 規制緩和! と明らかに権力側につき中間層を弱者に転落させ格差社会をこの日本に現出せしめたのである!」
「——それを糊塗するために持ち出してきたのが『消費者』なる概念である。しかし日本の『左』側連中ときたら『
「——ただ皮肉な事に、奴らが『リベラル主義者』を自称する点についてはあながち間違っていないとも言える。奴らは間違いなく『ネオ・リベラリスト』なのだ。どういうわけか横文字表記が氾濫するこの日本社会でこの価値観が『新自由主義』と、日本語読みで表記され続けているのは謎である。はっきりリベラルだと解るように『ネオ・リベラリズム』と呼称しておくべきだろう」
「——こうした思想では間違っても愛国者には見えない、とムッシュ遠山とは大いに意気投合したものです」
「——また、『保守』というだけでは何を保守しているのかさっぱり分からない、という点でも意見の一致をみました。〔日本国憲法9条2項を保守している〕という立場でも、保守を実行している事には間違いない。思想的に明らかな『左』でも『保守』になってしまう」
「——『中道』についてもまた然り。『中道左派』『中道右派』という語彙はある。左か、あるいは右か、どちらかに寄っているものだ。しかし『中道中派』などという語彙は存在しない。真ん中をアピールしようとしてもそれは結局〝無思想〟を表明するのと同じなのだ」
「——かくして、ここ日本においては愛国者ポジションは『右』方向にしかない、というところまではムッシュ遠山と私の意見は完全に一致しました。だが一口に『右』と言っても濃淡があり、少なくとも三種類ある。それは『右派』『右翼』『極右』の三つ。この中のどれを選択すればいいのか、そこだけが残った問題だった」
「——この三つを比べた場合、『右派』程度にしておくのが一番ライトな感じがして一番穏便そうで一番社会に受け入れられそうな感じがして、ついこれを選びそうになるのが典型的日本人的感覚というもの。だが私は〝これは選ぶべきではない〟と考えた」
「——そしてこの中で、最も極端な思想であると見なされる『極右』を敢えて選択するのはなぜなのか?」
「ムッシュ野々原、」と演台上から突然野々原に呼びかける仏暁。突然振られ、
「おっ、おう」と返事するのが精一杯の野々原。
「私はムッシュ野々原に『外車に乗った右翼なんてもんがあるか?』と詰問されました。そうでしたね? 野々原君」
「おっ、おう」と、やはり同じ返事を繰り返すだけの野々原。
「だがそんな調子で〝右の思想家〟などやっているからこそ見えてくるものがある。日本人は『右』の思想について、外国におけるケースと比較して考える事すらやらない」
「——だから私はそうした内向き思考をやめ、外国と比較し、『右』の思想を考察する事とした」
『内向き』という物言いは限りなく『田舎者』に近い物言いで、こうした言い様を何より嫌う野々原だったが仏暁に気圧されなにかも、なにも言えなくなっている。さらに押し続けるが如しの仏暁の演説は続いていく。
「——そうして私は『極右』を敢えて選択した。理由は単純明快だ。それは既に極右政党には確たる実績があるからなのだ!」
(政党? 実績? それ〝欧米では〟でしょ?)とかたな(刀)。欧州での極右政党の台頭に、アメリカ二大政党の一方、保守系とされるの方の、そのうち半分くらいは極右化していると、その程度の認識は頭の中にはある。
(日本という国の伝統や文化を何よりも最上の価値観とするのが『右』の思想なら、なんで欧米の真似をしようとするんだろう?)そうかたな(刀)は疑問を持った。そこはやはり腐っても『学士サマ』なのである。
そしてこのプレハブ小屋の中にいる誰も彼もがそのように考えたかどうかは別にして、どうも誰にも〝この極右選択の話し〟について、ピンとは来ていないようであった。しかし、そのうち解るとばかりに委細構わずなお仏暁は続けていく。
「ここから私のする話しは、敵に悪罵を浴びせこの場を盛り上げ、
「——敵をどう叩くか、敵の攻撃をどう切り返すか、最悪でもどうドローへと持ち込むか、そうした言論の戦術の話しです。ここにいる諸君にはその実践方法を伝えたい。私の演説から学び取ってもらいたい。そして血や肉にして頂きたいものだ!」
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