第二百九十話【仏暁信晴の教育評論家時代】

「とまれ、私はこの身に起こった一連の出来事から人間界の真理を悟りました」


「——強力な味方は、敵を作る事で初めて得られるものだ、と」


(んっ、)とこれに納得していいのかどうか分からなくなるかたな(刀)。



「——ただ問題はこの後。だいたいにおいて講演会で収入を得て生活しようと思ったなら、どれだけの人を集められるか、これに尽きます」


「——ぶっちゃけ『何を言うか』よりも『誰が来るか』、です」


 ここで場内から笑いが漏れる。なにしろ深刻な話しがしばらく続いていた。仏暁もそれに応えるような話しをする。

「——今でこそこうして〝ネタ〟にできるけども、実際人物に興味を持ってもらわない事にはどうにもなりません。そんな中、私の支援者がキャッチコピーを作ってくれました。それが『どんなイジメ問題も解決してしまう伝説の教師』です。聞いた瞬間肩が重くなりました」


 またも場内が笑いに包まれる。


「というのも実際のところ『解決できないイジメ問題』というパターンもあったからです」


(うわっ、盛り上がってきたのにここで言うかな)とかたな(刀)。もちろん声には出さないが。


「パターンのひとつがイジメを受けている当人に戦う気概が無い場合。まあ無くても責められはしません。それくらいつらい経験を強いられたという事ですから。ただ、イジメ問題の解決法として〝イジメを受けた側が転校する〟であるとか、〝学校へ行かなければイジメを受けない〟とかいうのは私が個人的に納得できない。どうしてイジメを受ける側が常に負荷を受けるのか? と思ってしまうわけです。とは言え私の〝好み〟を押しつけるわけにもいかない。あくまで当人の希望通りにするしかありませんでした」


「——これとは別の解決できないパターン。それは『無視』というイジメ手法です。『アイツを無視してやろうぜ』と当人の耳に聞こえるように言ったのなら追求は可能ですが、人間というものは人間どうし気の合う合わないがあり、気の合わない他人とは口をきかない。そういうものです。だから『たまたまそういう人間ばかりのいるクラスに居合わせた』、と言えてしまう」


 『』、その語彙を聞いて、ぐさっ、とかたな(刀)の心に突き刺さるものあり。そうは思いたくはないけれど、周りの人から話しを聞くに、幼少期の自分と学校に行き始めてからの自分とでは性格が変わってしまったように感じている。


「——そういう時は仕方ありません。イジメられている方へ言い聞かせるしかなくなります。『今君を無視している人間の中にどうしても話したい人間はいるか?』と訊く」


「——イジメが続いていけばじき登校拒否に繋がっていきます。口をききたいどころか『顔も見たくない』という心理になる。だからほとんど『別に、』だとか『特に話したくない』という返事になります。そこで私はこう言うのです。『中学を卒業してしまったらどうせ顔を見ることもない相手じゃないか』と」


「——しかしこれは〝励まし〟の形態をとってはいるけども、しょせんはゴマカシです。なのに『どんなイジメ問題も解決してしまう伝説の教師』などと言われた日には誇大広告だと自己嫌悪もいいところです」




「——さて、今皆さんはこう思っているでしょう。『いったい極右の話しはどこへ行ったのだ?』と。私はこう見えて根がとても真面目なので調子よく〝都合の悪い事は喋らない〟だとかそういう事ができない困った性分なのです」


「——イジメグループの中核連中を悪者と断定しバッサバッサと言論の殺陣で斬っていくくだりはまだ集中力を維持したままの聴衆に聞いてもらえるけれども、人を飽きさせないで教育問題、なかんずくイジメ問題をテーマに真摯に喋り続けるのは困難を極めました。なにせ相手は当事者でもなく、不特定多数を相手にしているとその中に意外とイジメを実体験した者も無い。その上聞いていると気が滅入るような話しです」


「——こんな講演で〝飽きさせない〟というのは実に難しいものです。するとどうしても〝工夫〟というものが必要になってくる。誰しもが知っていてなお且つ興味を引きそうな話しと関連づけるのです。私はイジメ問題と国際社会の諸問題・そしてこの日本とを結びつけました。『国際社会といっても中坊のクラスと同じ!』と高らかに断定したのです」


「——ちなみに『中坊』というのは中学生の事です。念のため」


 場内から笑いが漏れる。

(飽きさせないで他人に話しを聞かせる……わたしにはまず無理な離れ業だぁ)と心の中で嘆息するしかないかたな(刀)。


「——しかしながらこの断定は、人の興味を引くために牽強付会けんきょうふかい的に持ち出したわけではありません。心底思ったままの価値観を喋っただけです」


「——教師がイジメ問題に対処するのはもはや不可能です。イジメグループに対し強いことばで非難する事すら『生徒の心を傷つけることばの暴力』と外野から指弾され八方手詰まりの打つ手無し。手段を封じられてどうしてイジメ問題が解決できるというのか?」


「——国際社会と言うと『国連』もその中のひとつ。国際社会の縮図そのものです。国連もまた教師と同じくらいの〝役立たず〟なのです。理由は同じで、問題解決のための手段を封じられているからです」


「——両者の共通項を並べてみましょう。イジメを行う者は腕力が強い。悪い意味で政治力もある。国際社会にもそういう国がありますね、核兵器を公然と持てる、国連常任理事国で国際政治力もある。そして明らかに力の弱い国、ウクライナに暴力を行使したり、台湾を恐喝したり」


「——なにしろ国連そのものがイジメの中核グループに半ば乗っ取られている状態です。よって国連にはイジメの中核グループを制裁する力も無い。イジメの中核グループによって、当該グループに制裁ができないようになっている。正に無力な教師そのものだ」


「——もっと露骨な話しをしましょう。ロシアがウクライナを侵略している。長期戦に持ち込まれた時点でロシアの側に勝利の目はありません。なにしろウクライナにはアメリカやヨーロッパが公然と兵器の支援を行っている。果たしてロシアの側に公然と兵器の支援をしてくれる国があるでしょうか? 『北朝鮮がロシアに兵器支援をした』という報道が出るやいなや北朝鮮は否定しました。中国がロシアに公然と兵器支援をするか、というと公然にはやっていない。イラン製のドローンがウクライナ攻撃に使われていると聞きますから支援しているのはせいぜいイランくらいのものでしょう」


「——これではロシアに勝利の目はありません。しかし私が問題とするのはここからです。ロシアがこの侵略戦争に敗けた場合、ロシアの大統領や高級軍人や外務大臣はA級戦犯として処刑されるでしょうか? 絞首刑になるでしょうか? 東京裁判ならぬモスクワ裁判は行われるでしょうか?」


「——ロシアは対ウクライナ侵略戦争に敗けても核兵器を大量に保有し続けている事には変わりがありません。すると明らかに侵略戦争をしていてなお且つ敗けても誰もA級戦犯になる見込みがない。では『A級戦犯』とはいったいなんなのか?」


 たっぷりの間をとる仏暁。



「『A級戦犯』には、単に力の弱い者が犯罪者にされて殺された、そういう意味しかありません。ならば『靖國神社にはA級戦犯が祀られている。そこに首相が行くことは許されない』という左やリベラルの奴らの言説のどこに説得力があるのか⁉」


「——というような事を言うとわけです。私は複雑でした。しかしそんな時、そのウクライナ絡みで信じがたい事を言う者が現れました。『ウクライナがロシアに降伏すればすぐに戦争は終わる』だとか、またあるいはロシアの爆撃機の出撃基地がドローン使用と思われる手段で攻撃された時には『このままウクライナがロシア軍航空基地への攻撃を続ければ大変な事になる。アメリカはウクライナにロシア軍の基地への攻撃を自粛するよう働きかけるべきだ』だとか、寝ぼけた事を抜かすボンクラどもが現れました。日本人の中にこういう事を言う奴らがいる」


「——これの意味は『力の弱い者は力の強い者の言うことをきいていればいい。下手に反抗すればもっと非道い目に遭わされるから我慢して温和しくしているべきだ』、と言っているという事だ。正にイジメ側の論理。なるほど、イジメ問題などというのはイジメられた側が我慢すれば無い事になる」


「——しかしこの手の寝ぼけた事を抜かすボンクラは人間がどういう存在なのかまったく理解していない。抵抗をやめて温和しくしていればイジメをする側が恩情をかけてくれるなど、間違っても100%そうした事態は起こらない。さらにイジメがエスカレートするだけだ。こちらの確率こそが100%なのだ」


「——この点ヨーロッパ人の方が本質を理解している。ハンガリーのように理解できない例外も混じってはいるが、ロシアに攻撃されているウクライナを見殺しにした場合、その次の餌食はジョージア、さらにその次バルト三国、果てはポーランドと、際限なく暴力が拡大していくという事を解っているのだ。なにしろロシア人の夢はかつてのソビエト連邦の勢力圏の回復にあるのは明らかだからだ」


「——理不尽な攻撃には抵抗あるべし。相手の力が強いから抵抗しない・逃げる、ではその先もさらに過酷な運命が待ち構えているのがこの人間界だ。力が弱いから抵抗できないのではない。力が弱いなりに戦術を研究し抵抗はすべし!」


「——かくして私は割切り、イジメ問題と同じくらい国際問題と日本についても関連づけ語る事にしました。結局どんな問題も人間が起こす問題について構造に差異など無いと、そうした考えに至ったのです」


「——そうしてコツも掴み、講演活動もだんだんと板についてきた折り、私はふたりの印象深い人物に出会いました。先ほど私は〝ASH新聞の記者が取材に来た〟と言いました。その記者がまずひとり。実によく喋る男で、イジメ問題について心底真剣に考え、私にはようにすら感じられました。しかしどうも〝思想〟の面で決定的に合わない部分があった。合わなかったのが実に残念な男でした」


「——そして今ひとりは、」と言って仏暁は遠山公羽に向かって腕を伸ばし手を広げた。

「ムッシュ遠山です!」


 おお〜っ! と場内に歓声が上がる。


「『儂のやろうとしている事に君のような力を持つ者が必要じゃ』と強く誘われました」


 ここでぱちぱちぱちぱちぱちと拍手が湧く。


「——しかし正直困惑しました。熱っぽく語られた内容が『天下国家』だからです。言っておきますが本当に言ったんですよ『てんかこっか』って。人との会話の中でこのことばを聞いた人、日本の中でどれだけいますか?」


 ドッと笑いが湧く。しかし仏暁、ここで真面目な顔に戻り、続ける。

「——『天下国家』。この語彙はこの現代、いや、とっくの昔に死語になっているように感じられたからです。というのもこの『天下国家』なることばは、いわゆる国際社会という意味での『世界』を指しているのではなく、この日本国を指している」


「——他人の思想調査などした事も、する能力も私には無いわけですが、果たして『天下国家のために勉強をしている』とか『天下国家のために仕事に励んでいる』とか、そんな意識を持っている日本人がどれほどいるのだろうか、と、そう思ってしまったものです」


「——だいいち、一介の市井の人。無位無冠の人間が『天下国家』など語ってみても、『そんな大風呂敷を広げるより前に、自分が取り組み果たすべき身の回りのあれこれができているのか?』と、偉そうな人から説教を食らいそうです。地に足がついているのか、といった具合に」


「——〝しかし待てよ〟、と私は考えました。少なくとも私は『身の回りで起こったあれこれ』については最大限やれるだけの事はやった。そうして様々抵抗した挙げ句、『身の回り』が無くなってしまった。ならばもう『身の回り』は卒業し、そろそろ『天下国家』へと移る頃合いではないか、と考えがだんだんに固まってきたのです」


「——改めまして、。長々と自己紹介のご静聴、ありがとうございました。皆さんお待ちかね、ここからは本格的に極右の話しです」仏暁は宣言した。


「御仁、いよいよスイッチが入ってきおった」と遠山公羽が嬉しそうにつぶやいた。もちろんかたな(刀)もその声を拾っている。

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