第二百八十九話【仏暁信晴の中学校教師時代・挫折編】

 仏暁はここで首を横に振ってみせた。

「——ところがです、このように連戦連勝を積み重ねてきても〝落とし穴〟というものはあるものです」


「——何が起こったかと言えば、イジメの中核グループと同僚教師達が手を組んだ。むろん教師全員ではありませんでしたが、その他の者はあからさまに組まなくてもただ眉をひそめ何かを言いたそうな顔をしながら何も言わない、そんな傍観者達でした」


(え? なになに?)と驚くかたな(刀)。まったく〝極右云々〟とは関係無い話しになっている意識が無くただその話しに引きずり込まれている。


「——あまり善良とは言えない中学生は、勉強については語るべき所は無くとも、それ以外については妙に頭が回る。彼らイジメの中核グループが考えた事が〝〟です。イジメを行い他人に被害を与えておきながらこの思考。むろんその際の加害者はこの私、仏暁信晴という事になります」


「——まず彼らのうちの1人が『登校拒否』をし始めました。『教師の言動によって生徒が登校拒否になった』という構図を造り出したのです。こうなると教師の側が悪者になる。常日頃私は良くは思われてはいなかったのでしょう。同僚教師の中の決して少なくない数の教師達がよりにもよってイジメの中核グループの側について私を責め始めました」


「——その時に言われた事がこうです。『イジメを行った者も生徒だ』と。先ほど言った通り傍観者達はいても私を擁護してくれたりサポートしてくれたりする同僚はいませんでした」


「——こうした傍観者もまたイジメの加害者である、という考え方があるんですが。彼らは傍観者のままでした」


「——私はイジメの証拠を既に掴んでいたのでそれらを示した上で、『イジメ問題の対応としてイジメ側の生徒を登校禁止措置とする事があるだろう』と論理を使い主張し、さらに『起こった現象としては同じ事だ』と続けました。向こう側に納得する様子は一切見えませんでしたが、取り敢えずこの場における勝負はドローゲームとなりました」


「——ところがこの後、想定もしていなかった事が起こった。イジメの中核グループの1人が自殺未遂を起こしたのです。いわゆる〝リストカット〟というもの。ちなみに、男子生徒だったのですが」


「——そこで私は謝罪を求められました。と同時に『これまでのやり方を改めろ』とまで周囲から迫られました」


 仏暁はここでしばし口を閉じ、場内は静寂の空気に包まれた。



「——私はもう『教師』などではありません。また復帰しようとももう思っていません。それどころか『極右思想家』などと公然と自身を定義している。もはや世間体も体面も関係がありません。敢えて言いますが〝あれは狂言自殺だ〟と今でも考えています」


 もはや思考がどうこう以前に身体が固まっているかたな(刀)。


「——私はその時、同僚教師連中に問うたのです。なにせ今よりも若い頃ですから血の気も今より多い。『手段は選ばないが問題を解決できる人間と、美しいきれい事は口にするが問題を解決できない人間とを比べて、社会に貢献できる人間はどちらでしょうか?』とね」


「——連中はあれほど勢いに乗って私を責め続けていたのに、たちまちのうちにダンマリです」


「——むろん私は『問題を解決できない教師』を選ぶわけにはいかなかった、しかしそれは同時に〝教師を辞める〟という意味でした。建前として教師の言動が原因で生徒が自殺未遂を起こし、しかも謝罪をしようともしないのですから」


「——ただその後、裁判に訴えられるだとかそうした事態も起こりませんでした。なにせ自殺未遂とは言ってもイジメの中核グループ。数々の証拠を私が掴んでいる以上、下手な動きは不得策と、その程度の損得勘定はできたようです」


「——最大の問題は私の今後の身の振り方でした。なにせ仕事が無くなれば無職です。どうやって生活していこうかと途方に暮れました。ありがちな考えとして『塾講師』を模索した事もありましたが、やはり問題教師としてのレッテルを貼られての退職だと、どこからかのネットワークで情報が伝わるのでしょう。この道は閉ざされていました」



「——とは言え『私だけが被害者である』とか、そういうのは言いたくはありません。かつて鬱病などを発症し休職中の教員が5900人近くもいるというニュースを見た記憶が残っています。今は何人くらいでしょうか。この時はこの5900という休職者数を『コロナのせい』とする論調があったわけです」


「——が、なんでもかんでも〝コロナのせい〟にするのもどうかと思いました。また『教師は忙しすぎるから』というのも理屈としてはどうでしょうか? ハッキリと『教師は対人ストレスがありすぎる仕事だから』と言うべきでしょう」


「——私に言わせれば『対人ストレス』というのもオブラートにくるんだような言い方で、もっと解りやすく言えば〝敵〟です」


「——普通の会社員の場合の敵なら、同じ会社の社員、カスハラということばがあるくらいだから客の中にも敵がいたりしますね。いても敵はせいぜい〝二方〟でしょう。ところが教師は敵があと1つ多くなる」


「——生徒とはいってもイジメの中核グループは教師の敵ですし、教師は生徒の親にも対応しなければなりません。生徒の親の中にも教師の敵がいたりする。現に『モンスター・ペアレンツ』なることばが実際あるほどです。そして同じ教師の中にも敵がいる。敵は〝三方〟にいます」


「——正に元亀年間の信長包囲網状態。信長の場合、石山本願寺操る一向一揆に浅井朝倉連合、それに武田信玄でしたか。これらの敵を潰すために織田信長ばりにどんな手を使ってもいいというのならともかく、教師は『あれをしたらダメ』、『これをしてもダメ』の封じ手ばかり。これでは世を捨て隠遁生活に追い込まれる者があまた出ても不思議ありません」


「——私も、『そうしよう』というつもりはありませんでしたが、結果から見れば彼ら休職を選択した教師と大差ありません」


 深刻な話しの続く中、突然仏暁が微笑んだ。


「しかし、捨てる神あれば拾う神ありです。私がこれまで仮借無き手段で容赦なく解決してきたあまたのイジメ問題の被害者本人やその家族達が私のために立ち上がってくれたのです。教育問題について講演会の場を造ってくれたのです。こうして私は糊口の資を得る事ができました。こうして私の肩書きは『中学校教師・仏暁信晴』から『教育評論家・仏暁信晴』へと変わったのです!」



(曲がりなりにも『教育評論家』なら、どうしてそれが『極右』に?)

 教師という者は〝たいていもの〟という先入観がかたな(刀)にはあった。

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