第二百八十七話【仏暁信晴の中学校教師時代・成功編(その1)】

 仏暁の自己紹介に関連する話しがなお続いている。

「最大の問題はイジメの存在を感知できるか、全てここにかかっている」


「——イジメを受けた者がリアクションしてくれれば実に簡単です。要は教師に、この私に相談する事。しかし現実そうならない事も多い。故にイジメ問題で一番難しいのはイジメをいかに察知するか、これに尽きます」


「——どう察知するかについては〝直感〟としか言いようがない。誰しも多かれ少なかれ人間はこう思うことがある。即ち『何かがおかしいんじゃないか』、と。後はその直感に忠実になるか、気のせいだとして流して日常生活に流してしまうか、そこの差です」


「——私なら、感知さえできたなら、そのイジメは確実に解決できた」


「——ところが私ではない者の場合、イジメ問題を感知しても解決できないケースが珍しくない」


(なんというこの自信。こんなの、わたしには無い)自分と他人とをつい比較。ついた癖がなかなか抜けてはくれないかたな(刀)。


「——よく『イジメグループの構成メンバーが口裏を合わせイジメの証拠をつかませない』などと抜かす教師がいます。私もそうした同僚や先輩教師に遭遇した経験がある。が、それは純粋に教師の能力の問題です。イジメ問題が解決しないのは問題を解決しようとする意志も、どうすれば解決できるかを学ぼうとする学習意欲も、その手の教師には無いからです」


「——彼らの失敗の原因は明らかで、『人間とはこうあるべき』などと説いているだけだからです。そんな事にどれほどの効果があるのかは、やっている本人達が一番解っている筈なのに」


「——要は〝聞こえの良い建前〟を喋っているだけ。を醸し出すこと自体が目的となってしまっている。『建前』というものはこういう所では使わない」


「——だいたい教師なんて肩書きの人間が『人の命の重さ』だとか『人権』だとかイジメ側に言ったとて、言われた方は〝説教をされた〟としか感じません。説いても無駄な者に説く意味など無い。逆に反感を持たれるのがオチだ」


「——しかし、ここでそれを言ったきりではイジメ側の天下だ。もちろん私はそんな事を許さない。〝戦術〟を使いイジメを解決する。もちろん基本戦術は関ヶ原の徳川家康。『敵を分断させ仲間同士で殺し合うように仕向ける』。さて、これをイジメ問題解決にどう応用するか?」


(教師目線では曲がりなりにもイジメ側も生徒であるのは間違いない。それをここまでハッキリ『敵』ということばを使って語れるなんて——)声にこそならないが〝その思考〟に驚愕するかたな(刀)。


「——確実に言える事は、『建前』、人間はそんなものでは動きません。人間を動かすのは『利益』です」


(ふつうここまで言い切る? なんという腹黒さ、まったく徳川家康としか言いようがない。『大谷吉継が好きだ』なんて嘘じゃないの?)そうした感想しか持ち得ないかたな(刀)。


「——もちろん、ここで言う『利益』とはお金が儲かるだとかそういう意味での利益ではなく、俗に『功利主義』というものです。しかし私は敢えて論理的には攻勢しない。人間は感情を持つ生き物です。人間とはエモーショナルな存在で、故に人間を動かそうと思ったら〝感情〟に働きかけ大いに揺さぶるに限る。『功利主義』云々は感情に拠って物事を決定した後の〝合理化〟という段階で初めて使うものです」



「——時に、一口に感情と言っても様々あります。人間のどういった感情を使うか? それは『不安』です。不安こそが一番使い勝手の良い感情なのです」


「——では次に、『不安』という感情を具体的にどう使うのか? それを説明しましょう。最初にやるべき事は『情報収集』です。そうしてイジメグループの構成メンバーを把握したら、まずはその環の一番弱い所を衝く。では『一番弱い所』はどうやって見つけるか? 実に単純です。テストの点数です」


「——身も蓋も無い言い方ですが、一定の分野におけるよほどの早熟の天才でもない限り、中学生・高校生の将来の明るさはテストの点数に比例します」


(正に身も蓋もない。だけどわたしはその頃までは明るかったんだよなぁ……)とかたな(刀)。


「——イジメグループの中で一番将来の明るそうな人間が、一番裏切りやすい。裏切らせる方法も実に簡単。もちろん私はそういう人間に『人の命の重さ』だとか『人権教育』だとかいった理想を語りません。『頭が良いのだから道理を解ってくれる筈だ』、などとは考えません。語るのはもちろん〝不安〟です。親身な顔をして『この人間関係は将来の君の人生の負債となる』と、こうした趣旨の話しを中学生にも解りやすいようなことばにして語るのです」


「——イジメグループの中で何かしらの口裏合わせをしようと無駄です。何しろ教師の側は生徒の個人情報、即ち連絡先を知っているのですから、1対1のアプローチは簡単なのです。生徒本人と連絡がつかなくとも、その親が相手でもこの戦術は変わりません。やはり〝将来の不安〟を語る。『この人間関係が将来に渡ってこのまま続いてしまったら危ういんじゃないか?』と。こうした不安を語る相手としてはむしろ本人よりも親の方が効果が絶大だったりします」


「——むしろ〝不安〟を煽った方が〝心配してくれている〟と、却って思われるほどです」


(なんてトンデモない男なの)とかたな(刀)は思うが、言う事がいちいち当たっているとも、また思えた。


「——1人を裏切らせられたなら、当該イジメの実態をおおむね把握する事ができます。そうして次に裏切らせやすそうな人間に当たりをつける。当然ここもテストの点数を基準に選択を行います。よく『イジメをする側も普通の生徒』という格言めいた物言いを聞きます。これは割と当たっていて〝普通〟であるが故に、将来を投げ、自暴自棄にはなり得ない。故に不安を与えると簡単に動かす事ができる」


「——そうして『君はイジメグループの一員だ。既に君の仲間から話しを聞いている』と告げ、やはり〝不安〟を煽っていく。『この〝仲間〟とこの先も縁が切れなかったら怖くはないか?』と」


「——ここで2人目には必然、1人目には無かった〝2つ目の不安〟が湧いてくる。当然当人からしてみれば〝誰が裏切ったのか〟は気になるところでしょう。むろん誰がニュースソースかは秘匿です。言うわけがない。言わない方が不安を煽れるからです。それに〝秘匿〟を正当化する格好の大義があります。報道企業がよくやってますよね。『情報提供者を守るために情報源は秘匿とする』という報道の基本です。これを持ち出し、あくまで正当性は私にある事をハッキリ堂々示しておく」


「——2人目には『将来の不安』に加え『誰が裏切ったのか?』という新たな不安が積み重なりイジメグループの構成メンバーに対する疑心暗鬼が涌いてくる。イジメグループを裏切る恐怖と、誰かが既に裏切っているという不安。ふたつの感情の狭間で徐々精神状態が不安定に陥っていく」


「——後は私が背中を押してやるだけです。こう持ちかける。『君も今のうちにこちら側についた方が良くないか?』と。この時点で既に誰かが裏切っている以上、この時点で裏切りのハードルは著しく下がっています。私の経験上〝味方の顔〟さえ見せておけば、この段階で十人中十人が裏切る。イジメグループが固い絆で結ばれているなんて事はありません」


(徳川家康もきっと『豊臣家の御ため』とか言ってたんだろうなぁ)とかたな(刀)。『関ヶ原』を最初に持ち出されたため実にイメージがし易くなっている。


「——だがこうしてイジメグループの構成メンバーを1人ずつ1人ずつ切り崩していっても、あるところで必ず壁にぶつかる。核となる〝3人〟程度の集団が最後まで残ってしまうのです。彼ら彼女らが固い絆で結ばれているかどうかは当人以外分かりようもありませんが、ここまで来るとその3人ほどは将来が明るいかどうかかなり微妙なところで、これまでのテストの点数を活用したやり口が効果を生まなくなる」


(そりゃそうよね、大名達が全員徳川家康に説得されちゃったら『西軍』なんてものは最初から存在してない筈だし)と、すっかり東軍目線で思考してしまうかたな(刀)だった。

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