第二百八十五話【コンペティション開始! 三番手、仏暁信晴 『まずは自己紹介から』】

「その人、どこの新聞の記者さんですか?」

 まだ演台上からかたな(刀)が質問を続けている。

「おいおい刀、」と遠山公羽。

「まあまあ、」と仏暁が取りなし、極めて短く〝その答え〟を口にした。

「ASH新聞ですよ」


「ASH新聞?」おうむ返しのかたな(刀)。急に湧き上がってくる安堵感。


(ASH新聞の記者に似ているなら、わたしは『右翼』や『極右』なんかには不向きってことだ!)そう思ったかたな(刀)。

 それは極めて〝常識的な思考〟と言えた。しかし彼女はという記者の存在を知らない。少々名が売れ始めてはいても所詮は一記者、〝知る人ぞ知る〟という存在だったから。

 ここで遠山公羽がこの雑談を遮断。「さあて、仏暁君、ここまでの君の感想は?」と仏暁に訊いた。


「若者とは言え、決して侮れないと、そう思いました。現状この上がったハードルをどうクリアしたものか、冷や汗の流れる思いです」


 そう言われてなんやかんや悪い気はしないかたな(刀)。自分の演説が終わり、さらにその上すっかり『右翼』や『極右』に自分は不向きだと確信できた今、心が本当に羽のように軽くなっている。


 一方遠山公羽の顔は真顔のまま、何しろ自らスカウトしてきた〝真打ち〟とも言うべき人物の演説は未だ始まってもいない。

「では仏暁君、任せられるか?」と、少し奇妙な問い。

「任せて下さい。では——」


 オホン、と大業に咳払いし、仏暁がかたな(刀)と入れ替わりに演台に立つ。ドカっとアタッシュケースのような鞄を演台の上にまず置いた。場内をくまなく見回す。



 そうしてやおら喋り出す。

「私は仏暁信晴といいます。いったい〝この余所者〟は何者なのだろう? と、皆さんの疑問はそこにあると思いまして、まずは自己紹介から始めたいと思います」


(確かにね。わたしもここの人たちとは初対面だけど、わたしは『遠山公羽の姪』で済んでしまったから)とかたな(刀)は思う。


「——何者か? と問われれば私は『思想家』と答える事にしています。『ではどんな思想家なのか?』と次に問われれば、『極右の』と堂々名乗る事にしています」


 当然にしてこの場はざわめく。仏暁はざわめきが鎮まるのを待っている。しかしかたな(刀)はどこか違和感を感じてもいた。もちろん昔から仏暁を知っているというわけではない。別に長い付き合いでもない。だがかたな(刀)にしてはよく会話を交わした相手と言えた。その上で率直に思った事がある。


(極右ってこんな感じだったっけ?)と。


 どこか腑抜けていてつかみ所の無いような男、仏暁。

 イメージ上の『極右』、『いかにもな極右』とまるで結びついてこない。なにせ乗る車もフランス製のボロそうな車。やがてざわめきも収まり始めてくると仏暁が続きを語り出し始める。


「——おそらく、かなり感じられた事と思います。では『極右思想家』の前は何をしていたのか? それは『教育評論家』です。これでもまだ胡散臭さはかなりのものであると、そう自覚をしています。何しろこの肩書きは〝自称〟でも構わず、何らかの資格証明書のようなものは無いからです」


「——ではその前は? というと『中学校教師』でした。私はかつて東京都の公立中学校で先生をしていました。担当は数学でした。つまり、教員免許という公的な資格証明書を持っているわけです」


「——しかし、残念な事にその資格は今や持っているだけ。言わばペーパードライバーのようなものとなってしまいました」


「——『教員をクビになるなど、どんな問題教師なのか』、と率直に思われた方が大多数であると推察します。しかし、ある意味『問題教師』というのは当たっていなくもない。と、いうのも、『どんなイジメ問題も解決してしまう教師』とまで、イジメ問題を抱える当事者の保護者の方々から、ありがたくも言って頂きまして、つい先ほど少しだけ触れましたが、かのASH新聞から私の所へと取材のために記者がやって来た事もあったくらいです。残念ながら記事にはなりませんでしたが」


 またも場内ざわめく。『ASH新聞』、腐ってもまだそれなりの権威は残っている。


「——私が教職を続けられなくなったのも、その取材が記事として実を結ばなかったのも、おそらくは同じ理由でしょう。自分のした事ではありますが、敢えて『』という汚い表現を使いましょう。私のやり口が気に食わない者が多かった。『その手法を今後二度と使わないよう』と上や周囲から要求され、それを私は拒否し、辞めざるを得なくなりました」


 かたな(刀)は唾を呑む。場内の雰囲気もまた同じ。


「——ではそれはどんな〝やり口〟だったのか、それをご紹介しましょう」仏曉は話しを〝次へ〟と進める。

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