第二百八十四話【コンペティション開始! 二番手、遠山刀】

(どうやらこの本戦では〝真打ちは最後に登場〟ってシナリオか——。こんなガラ悪でさえここまでやってのけた今、このままのわたしの原稿を読み上げるだけじゃ——)かたな(刀)がそんな事を思っていると、

「次はマドモアゼル遠山の番ですね」と仏暁に話しかけられた。


(だからなによ、)


「彼の上を行く話しはなかなかに難しそうですね」


(そんなの解ってる! このままのわたしの原稿じゃダメなことくらい——)


 野々原と入れ違いに今度はかたな(刀)が演台の人となる。遠山公羽は席を移動しただけで相変わらずほぼ演台正面に陣取り続ける。しかし彼女からすれば伯父がどこにいるのかよりもこの場の人数の方が問題だった。たかが三十人、されど三十人。人前で喋り慣れていない人からすれば、これでもかなりの数。なにしろ小学校や中学校のクラスで発表をする際、だいたいこれくらいの人数を前にして喋る。この程度でも極度の緊張で声が出なくなってしまった嫌な思い出が蘇る。


 かたな(刀)は演説用原稿を演台の上に置き、そして始める。

「わたしは昨日もここに来ていましたけど、皆さんとはお馴染みではありません。なので改めて自己紹介から始めます。遠山公羽の姪の遠山刀です」


 たったこれだけで、ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちと拍手が鳴り響く。これには当惑するしかないかたな(刀)。


(伯父さんっていったい何者よ)


 何も話していないのにまだ拍手が続いている。

(でも——)とかたな(刀)。


(わたしは就職面接でも人に気に入られようとして、なのに誰にも気に入られることも無く、落ち続けてきた。もういい。他人に気に入られようだなんてもううんざり)


(ヒョロ長は『極右』だって言う。ガラ悪はあれはもう立派な右翼だ。わたしが伯父さんの顔色をうかがって迎合するようなこと言ってもどうせそれ以下にしかならない——)


(ならどうせ、どうせならその反対意見を演説ってやれ)


 かたな(刀)が演台に立ったままいつまでも喋り出さないので拍手は次第に消えていき、じき場内はシンと静まり返った。かたな(刀)はおもむろに演説用原稿を開いた。


(この原稿の前半部分を思いっきり割愛して飛ばそう。結構苦労して書いた原稿だけど飛ばした部分には『右翼への礼賛』が書かれているだけ。完全に伯父さんに迎合した物言いでしかない——)


 かたな(刀)は喋り出す。

「昨日、『極右団体を作るべき』と仏暁さんが言っていました。皆さんのどよめきから『とんでもないことだ』という思いをわたしは感じ取りました。わたしも極右なんて論外だと思います」

 これは完全にアドリブであった。


「——右翼については正直分かりません。こう見せることがいいことなのかどうか。極右にするか右翼にするかなんて、そんなので議論しても実りなんて無いと思います」

(演説をするのに他人の否定から入るのは常軌を逸している。ガラ悪みたいな『私はこう考える』が正統なのだろう)と、心の中ではこう思っていた。


「——でも愛国者に見えることが目的なら、名前よりも何を言うかが問題で、その中身さえ真っ当なら極右や右翼と言われようと、却って極右や右翼のイメージが良くなるだけです」


 これには場内に静かなどよめきが走る。


「——では真っ当とはなんでしょう? それは日本のために外国と渡り合える。そうした価値観をそれぞれが持っていたなら、そういう人たちが集まってできた集団なら必ず愛国者に見えることでしょう」


 かたな(刀)のアドリブはここまで。後は原稿に目を落とし、原稿後半部の朗読を始める。


「なぜわたしがこういう考え方をするようになったかというと、外国の人が日本に対してする主張が意外ところころ変わっていくからです。日本人というと外の目を気にするタイプが多くて、わたしも典型的にその中の一人です。そうした典型的日本人は外国の人からの批判について、『率直に受け止めなければならない』という考えになりがちです。ところがその『批判』がころころ時代とともに変わるなら、『前の批判』はどこかおかしな批判だったという事になります。その〝振り返ればおかしな批判〟をその都度率直に受け入れていたら、元々真っ当だったものも真っ当じゃなくなっていきます」


「——ここでわたしがひとつの実例として取り上げるのは『LGBTQ』です。平たく言うと『誰を好きになってしまってもいいじゃないか』って事で、おおよそ右翼にも極右にも関係の無い話しです。むしろ相性は悪いんじゃないかと思います」


「——わたしが調べて知って驚いたのは2000年のシドニーオリンピックの入場行進の際に日本代表選手団が着ていた公式ユニフォームについての外国メディアの報道です。『まるでゲイのようだ』とそんな茶化すような報道をしていたという事です。なぜなら日本選手団が着ていた公式ユニフォームが『虹色』だったからです」


「——今でこそ『虹色』は性的マイノリティーの人々のシンボルカラーであると認識されるようになり、それこそ外国メディアは〝彼ら彼女らに理解を示すのが進歩的〟という立場になってしまい、虹色を掲げて行進しても、それを揶揄するような報道は一切しません」


「——もちろん、2000年のシドニーオリンピックの時の日本が、性的マイノリティーの人々のために公式ユニフォームに敢えて虹色を選択したという事は無いでしょう。でも当時、外国メディアの報道を真に受けて、『日本人は外国の常識を知らなさすぎた』とおかしな反省をしてしまった日本人はいる筈なんです。『虹色はきれいな色』、という認識だったものが『虹色は公式の場で使うにはばかられる色』という認識に変えられてしまった人はいる筈です。わたしには2000年当時の日本人が、そうした外国メディアの報道に何事か反論したとは思えません。なぜなら今だってろくに反論できないんですから。むしろ外国の価値観に迎合しがちなのが日本人です」


(空気を読んで相手に迎合してみても、就職試験は失敗ばかりだった——)そんな悲しい想いがかたな(刀)にこみ上げてくる。


「——しかし今ごろになって外国メディアは『虹色』に対する反応を、それこそころっと変えています。なんでもかんでも外国の言うことは正しいとするのは間違っています。彼らもこの程度なんです。外国の人から言われて『ハイその通りです』じゃなくて『そうなのかな?』と考えられない日本人はダメな人たちです」


「——でも、わたしのこういう主張には意味が無いのかもしれません。なぜって、今わたしのしている事は日本人が日本人を堕とす行為に過ぎないからです。外国メディアがこう来たらこう反論してやろうと、これを考え実行できる日本人をどんどん増やさなくてはなりません。それにはまず〝自分がそうなれるか〟、そこからです。そこで『LGBTQ』で、まずはわたしが〝仮〟ではありますが、シミュレーションとして実践してみたいと思います」


「——今のところ外国メディアや外国の団体が『LGBTQ』で日本を叩いてきているという話しは聞きません。もしかしてわたしが知らないだけかもしれませんけど。でも、『LGBTQ』でそうした外国の動きに同調する日本人がいる事は知っています。『日本は人権意識が遅れてる』って言うのが定番のようです」


「——しかしです、『日本』という国は元々〝性〟については歴史的にはむしろフリーダムすぎるくらいの国です。例えば『衆道しゅどう』なんてことばがあるくらいで、男同士でも〝性的接触はあるときはある〟みたいな感じで、別にタブーでもなんでもありません。しかもそれをする同一人物が女の人の方にまるで興味がないわけでもなく、これは明らかに『LGBTQ』の『B』に該当します。つまり男同士でも女が相手でも性交渉できてしまうんです」


「——つまり性的には割となんでもアリなのが古くからの日本、わたしは個人的に『LGBTQ』的容認度、素養として世界最先端なのがこの日本だと考えています」


「——では日本が性的にどこか〝ゆるめ〟なのはなぜなのでしょう? 理由はひとつしか見当たりません。日本の宗教が〝ゆるめ〟なんです。誰を好きになってしまうかについて、宗教的タブーが無いです」


「——ここで『LGBTQ承認運動』をしている人たちについてです。同性婚が正式な結婚となるよう、専ら〝法律を変えろ運動〟になっているのはまったく腑に落ちません。法律は変えられる。つまり変えたものがまた変えられる可能性だってあるんです。せっかく法律を変えてもオセロのようにひっくり返される可能性は確実に残ります。法律運動に終始していたのでは真の承認にはほど遠いです」


「——ではひっくり返されないためには何が必要でしょうか? それは人々の意識です。つまり、同性婚を認めない宗教と対決するくらいでないと人々の意識なんて変わりません。そこまでやっている人がいるでしょうか? 宗教と対決もせずに日本人に何かを言ってきたなら、これくらいのコトは言い返せる、そういう日本人が増えれば自然と日本は変わります」


「——え、と……。終わりです」

 かたな(刀)は演説を終えた。そして顔を上げる。つまり、アドリブ部分の後はずっと下を向いて原稿を読んでいただけなのであった。

 だがオオ〜っとどよめきがあがった。(上がってくれた)かたな(刀)は自分でも驚いた。続いてぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちと大拍手。その万雷の拍手の中仏暁がつぶやいた。

「『』、か、」

 まだまだ続いている拍手の中仏暁が傍らにいる遠山公羽に何事か語りかけている。その一部がかたな(刀)に聞こえた。

「彼女は——」

「——似ています」の部分だけがはっきりと聞こえた。


 かたな(刀)は凄く気になった。なので演台に立ったまま仏暁に訊いてしまった。

「わたしに似ている人とお知り合いなんですか?」


 仏暁はかたな(刀)を見上げ言った。

「少々浅からぬ縁の新聞記者がいましてね、あなたの言う事は彼に似ているんです」

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