第二百八十三話【コンペティション開始! 一番手、野々原光次】

「では今から我々が造る団体の代表選挙を行う。各候補の演説が終わった後に投票開始、即日開票じゃ。同時に『右翼団体』とするか『極右団体』とするか、それも決める」と遠山公羽が宣言した。


(なんか重々しそうなこと言ってるようで軽く感じる)と、率直なかたな(刀)。


「では野々原君からいくか、」先ほどは一番最後に指名された野々原が逆にトップバッターとなった。野々原は今度は自作の演説用原稿を取りにいったん演台を降り、再びドカドカと壇上の人となる。


「オスッ! えー、えー、さっき挨拶したばかりですけど〝ののばら〟です。えー、いまスゲー緊張してます」ドっと笑い声が涌き、「がんばれよー」の声がかかる。

(これって計算してやってるの?)と、つい意地悪く思ってしまうかたな(刀)。


「えー、やっぱ右翼って言ったら国士で国士と言ったら志士だと思います。幕末です。維新の志士はこの日本のことを考えて動いていたわけで、志士は決して〝キョーサン・シュギ〟とか〝ジユー・シュギ〟とかゆーののために動きません」


「——つーわけで、志士ってのはサムライです。武士です。だから俺はサムライの話しをしようと思います。俺は頭が悪いです。英語。数学。理科。国語。社会。全部苦手です。けどどーいうわけか社会だけは変にハンパな知識が入ってきます。だから俺、ちょっと昔サムライとか武士とかいうのが少し嫌いでした」


「——だって社会の授業でこんな話しを聞いた記憶があるんですよ。江戸時代、武士なんてちょっとしかいなかったのにその下の農工商とか、特に一番多い農民とか、あ、俺も本当に農民ですけど、支配していたっていうじゃないですか。サムライジャパンとか名前としておかしいと思ってました。ほとんどの奴の先祖は農民っしょ? それなのになんでサムライなんて名乗っているのかと」


「——けど、最近この間違いに気づきました。十九になってようやく気づいたバカが俺です。江戸時代から考えるから間違うんです。武士が生まれた時代まで遡って考えるべきなんです。武士ってのは平安時代に生まれたってことです。どこから武士が来たかと言えば、どこからも来ていませんでした。そこに元々住んでいた連中が武士だったんです。自分たちの田んぼや畑やそういった土地を守るために武器を持ち始めたのが武士の始まりです。つまり平安時代が、それも地方が荒れていたから自分たちを守るために農民が武士になったんです」


「——俺は思いっきり目から鱗です。ほとんどの日本人の先祖が農民ならほとんどの日本人の先祖は武士です。だからサムライジャパンでいいのだと分かりました。俺がなぜ今までこんな勘違いをしていたかと言えば源氏とか平氏とかいう目線でしか歴史をやらねーからです。農民たちが武器をとり武士になっても、やっぱ人間の集団には。誰がアタマになるかが問題です。戦国時代ならスゲエ強え奴がアタマになりゃあいいんですけど、農民が武器を持って武士になったばかりの頃は天下を獲っちまうようなスゲエ強え奴なんてどこにもいません。基本自分の土地を守ってるだけですから」


「——でもそんな感じで各人バラバラじゃあ貴族の奴らに舐められるワケです。やっぱそこはまとまんねーと。すると誰を上に置くか、誰がアタマになりゃあみんなが納得するのかと言えば、多少生まれと育ちが良い奴をアタマに据えりゃあみんなが『それでいいか』と納得する。それで源氏や平氏といった武器を持って仕事している多少生まれと育ちが良い奴が武士のアタマになったってことです」


「——俺はあることがきっかけでこれに気づきました。それテレビでした。大河ドラマっていうやつでした。源頼朝っていう超有名な将軍の中の将軍の一代目を『スケ殿』なんて呼んでいました。将軍に向かって『スケ殿』はねーだろって思いました。そのうち『スケ殿』は『カマクラ殿』になりましたけど、相変わらず〝どの〟でした。〝との〟なら殿様ですけど〝どの〟ですから。〝どの〟って自分より偉い奴に向かってに言うことばじゃないじゃないですか。ほとんどタメです。だいたい将軍はただの殿様よりも偉いから『うえさま』じゃねーのかよ、って思いました。けどそれって将軍が超偉い権力者だっていう思い込みのせいでした」


「——多少生まれと育ちが良い奴をアタマに据えりゃあみんなが『それでいいか』と納得する、って事だったんです。家系図を見てみると源氏の将軍、三代で終わってます。もうそこで終わりです。みんなが〝どの〟って言うわけです。こうなるとなぜ平氏が滅んだかが分かります。上ばっかりを見て下を見ないんです、あいつらは。誰がアタマになりゃあみんなが納得するのかと言えば、多少生まれと育ちが良い奴をアタマに据えりゃあみんなが『それでいいか』と納得する。この期待に応えねーから、最後にゃ戦っているのは自分たちの家族と親戚だけになっちまうんです」


(この話しは意外に聴衆を引きつけている……)と、野々原の演説に戦慄するかたな(刀)。


「——こうなると或る疑問が湧いてきました。ほとんどの日本人の先祖が武士なら、武士のくせに超弱ぇ人間がたくさんいるってことになります。確実にいることになります。武士ってのは強いモンで超弱ぇ武士がたくさんいるなんてありえねぇって思ってました。だってスケさん、カクさんとか時代劇の武士って超強ぇじゃないですか。まぁスケさん、カクさんにやられてばかりの相手も武士ですけど、俺たちは水戸黄門側から見ているから武士は強ぇっていうイメージだけは強烈です。弱ぇのはハチベエっていう町人です。武闘派として何の戦力にもなってません————」


(『水戸黄門』なんて見てるなんて……、間違いなく専門チャンネル契約してる。十九なのに時代劇マニアかよあんたは)とかたな(刀)。実はそういうかたな(刀)も或る程度知ってはいたがこの際自分のことは棚上げている。

 その野々原の『水戸黄門』ネタはまだ続いている。


「——忍者は……この際横に置いときます。時代劇の武士を当たり前、武士が弱くていいのかよっていう先入観だけが強烈で弱ぇ奴がサムライなどと名乗れるわけねぇって思いこんでました。だけどこれも間違いでした。俺はたまたま一冊の本を読みました。すげーエピソードを紹介してくれてました。江戸時代にスゲぇ弱ぇ侍がいました。その侍の刀の鞘が他の侍の刀の鞘とぶつかったってことから、その侍と真剣勝負、つまり本当に切れる刀を使って決闘することになってしまったんです。スゲぇ弱ぇ侍は自分のことを〝スゲぇ弱ぇ〟と自覚しているもんですから、その場は取り敢えず上手いことを言ってのがれました。それでスゲぇ強ぇ侍にアドバイスをもらいに行ったんです。その人が千葉周作っていうんですけど、北辰一刀流っていう剣術の流派を立ち上げた人です。坂本龍馬の話しに必ず出てくる人です。で、その千葉周作って人がスゲぇ弱ぇ侍になんとアドバイスしたかというと——」


「——『相手と対峙したら上段に構えろ。目をつぶって絶対に相手を見るな。そして身体がどこかヒヤッとしたら刀を振り下ろせ。おまえは殺されるかもしれないが、相手を斬ることは必ずできる。そうすれば武士としての面目は保てるだろう』って言ったんです。そのスゲぇ弱ぇ侍は決闘の場に赴いて言われたままに目を閉じ上段に構えたんです。決闘相手はいろいろ動いて攻めようとしたんですけど、そのスゲぇ弱ぇ侍が構えを崩さぬまま少しも動かないんで『お手前の勝ちだ』と言って降参したっていうんです。俺はまたまた目から鱗です。侍には剣術の腕は必ずしも必要じゃなかった。覚悟があれば侍なんです」


「——きっとスゲぇ弱ぇ侍の決闘相手はこう思ったに違いないです。『コイツを斬ろうとすれば俺も五体満足で家に帰られないだろう』と。こういうアドバイスをする千葉周作もスゲェですけど、これを実践してしまうそのスゲぇ弱ぇ侍はもっと超スゲぇです。俺はメチャメチャ感動しました。剣術の腕は技術で技術があるから侍ってわけじゃないってことです。侍は心の持ち方です。心の持ち方だけで侍になれるなんて素晴らしいじゃないですか。ニッポン人がほぼ全て侍になったら外国の奴ら確実にビビリます。日本はこんな国じゃなくなります。だけど今の日本にはアキンドしかいません。すぐケーザイとか言ってカネの話しをし始めます。だから外国の奴らはビビリません。怖くない奴に対してはなにをすれば言うことをよくきくようになるかしか考えません。だから話し合っても負けるんです。俺はこの団体の目的は全ての日本人に侍になってもらうこと。それを目指すべきです。ボーエキ・リッコクだからって、アキンド・ジャパンじゃダメです。サムライ・ジャパンにならなきゃです」


 僅かな静寂の後————

 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。万雷の拍手が鳴り響く。とは言っても三十人ばかりではあるが、鳴り響く。長い長い拍手。


(こいつにこんな演説ができるなんて……)、かたな(刀)はたじろいでいた。仏暁も拍手。

「トレ・ビアン。素晴らしい!」と。そしてかなり真剣な声でかたな(刀)に語りかける。

「彼はただ者ではないね。なるほど、若干十九歳で団体代表として推されるだけのことはある」


 それを聞き形容しがたい感情が込み上がってくるかたな(刀)。

(自分で名乗りを上げたわけじゃないのに。なにが代表候補なの?)


「次は刀じゃ」と遠山公羽は二番手にかたな(刀)を指名した。

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