第二十二章 天狗騨記者の宿敵
第二百七十話【From中道】
天狗騨、お前がアメリカへ行ってしまってもう半年にもなるんだな。だからといって社会部のフロアが静かになるなんて事は無いが、お前がいない社会部はずいぶんと静かに感じる。相変わらずのこの感覚だ。
というわけでほぼ定型文と化した冒頭部だが、一ヶ月に一度の定期連絡のメールを送る。
結論から言うと『
いつもならこれでメールは終わりだが、今少し書いておきたい事ができてしまった。
大事件だ。既に何日か経った。アメリカに居ようととっくに既報だろう。
参院選の期間中、奈良で応援演説をしていた元首相が手製の銃で撃たれ死亡した。要人の暗殺事件がこの戦後の日本で起こるなど本当に信じがたい時代の中に俺達はいるんだな。
俺がここで言いたいのは、事件そのものでもなくその背景でもなく『国葬』についてなんだ。
天狗騨、お前には凄まじい先見の明があったんだな。こうなる事を予想して言っていたとは思えないが、暗殺された元首相を国葬で送ると政府が決定した。それについて我がASH新聞が、どう社説を書いたと思う? まあネットに掲載されているからこんなものはアメリカからでも読めるだろうが。
>国民の「内心の自由」を侵し、弔意を強制するようなものが認められないことは、いうまでもない。
だとさ。『いうまでもない』とはよくも言ったものだな。社内の人間でありながらこれほど脱力してしまう思いに取り憑かれるとは。
『国民の「内心の自由」を侵し、弔意を強制するようなものが認められない』、これは国立追悼施設について天狗騨、お前が散々社内でわめき散らしてきた主張だったな。だが当時、この主張には内部の誰も聞く耳を持たず、それどころか〝国立追悼施設を潰す行為〟だと断定され、敵対的な目を向けられ同調圧力を加えられ、果ては深夜にまで及ぶ嫌がらせまで受けていたというのになんという手の平返し。
いったい我がASH新聞は散々造れ造れと言ってきた国立追悼施設をどうしたかったんだろう? これから後どうするつもりなんだろう?
我が社は少なくとも政治家達には靖國神社ではなく、国立追悼施設で弔意の強制をさせるために施設建設を推進してきた筈だ。
造るだけ造っても『内心の自由』を根拠に公然と〝行かない政治家〟が出てしまったら靖國神社の代わりになどならないのだから。それが『弔意を強制する事が内心の自由を侵す』という主張になってしまうのなら、「国立追悼施設には行きたい者だけが行くべきだ」となり、「俺は靖國神社で弔意を示したい」という価値観も守られなければ、それは内心の自由を侵していると言えてしまう。
つまり天狗騨、お前は最初から正しい事を言っていたんだ。
ただ我が社の事だ。その時はその時で『国立追悼施設での弔意の強制は内心の自由には反しない』、と主張し出しかねない。
主張だけは自由にすればいいさ、言論の自由なんだから。だがその主張を余人はどう思うか? そこまで考える頭がこの会社の偉い人にはあるのか。一貫した論理など見当たらず好悪の感情で社説という新聞社の看板を今まで同様この先も書き続けるのなら、この会社はほどなく終わる。
天狗騨、お前の上司などもうやりたくもないが、お前のようなメチャクチャな奴じゃなければもうこの会社は変えられないような気がしている。この会社が俺の定年まで保つかどうかが心配なんだ。会社だけが保って俺達社員が大量に、定年前に首になってしまう未来の方が確率が高いだろうか。
すまん、愚痴の方が長くなってしまった。ではまたひと月後。
From中道
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