第二百八十話【コンペティション】

 仏暁はおもむろに喋りだす。

「農家のための政治団体を造るにあたり、自ら『右翼です』と名乗ってしまおうというムッシュ遠山の思い切りの良さに私はたいへんな感銘を受けました。たいてい口当たりの良いNPOだとかNGOを名乗るのがパターンだというのに」


「——しかし今や日本が置かれている状況は他人の目、顔色を気にしていられる状況にはない。もはやある種の思い切りの良さが求められる時代です!」


(相変わらず立て板に水な口上——。〝詐欺師〟以外前職が思い浮かばない……)とネガティブにしか見られないかたな(刀)。


「皆さんにご挨拶申し上げます。敢えて言いましょう! 初めまして、ペイザンの皆さん! 不肖この仏暁信晴もペイザンを勤める覚悟を持ち、この地にやって参りました!」


「分かるようにお願いします!」突っ込んだのは最前列に座るかたな(刀)。


「男性の農業経営者のことをフランス語でペイザンと言います! が、これには『』という意味もあります」


 場内がざわっとする。『』と言われ喜ぶ者は普通いない。しかし、つい今し方、当の遠山公羽が『日本の歴史は都会の者が造ってはおらん』とを上げ連ねたばかり。そして仏曉自身も〝そこに自分も加わる〟との意志を示したため、皆どう反応するのが適当なのか、その距離を測りかねている。かたな(刀)もまたその中の一人。


「さて仏暁君、儂の話しは今少し続けたいのじゃが、」遠山公羽は別段声調子を変えることもなく言った。仏暁は今度は変わらずにっこりといった調子で肯き、そして着席する。再び遠山公羽が語り出す。

「皆の衆よ、思い出してみて欲しい。わざわざ造る団体を『右翼団体とする』と儂が言った時、皆嫌そうな顔をしたのう」


「そりゃそうよ」と聴衆からヤジ。


「まあ家族になんと説明したらいいのかと、そういう話しになるからの」


 ハハハッと場内から笑い声。


「ところがのう、同じ事を、もしかしたらもう一度やってもらわねばならぬかもしれん」


 途端に雰囲気は一変、場内ざわめく。


「今日せっかく皆の衆に集まって貰ったが、今日やるべきことが変わってしまった。今日やるべきことそれは……」

 一同固唾を吞む。

「ただの〝〟じゃ」

 一同固まる。その中、一人だけが発言。

「それは前の二人のことかい?」

 当然それは〝この辺では見慣れぬ顔〟、()とを指しているのは明らかだった。かたな(刀)自身もそれに気づいている。しかし巻き込まれる事を是とはしていない。ただ、何も言えないので〝是〟と言っているも同じではある。


「本当なら今日この場で結団式を執り行うつもりじゃったが、思想的齟齬があるのが分かっていながらそれを無視しての強行もよろしくない、と考えを改めた」


「——というのもなんとな、この仏暁君という御仁はな、右は右でも『右翼団体』ではなく、『』を造るべき、と主張する男よ」


 ここに集まった人々もさすがに『』と聞いてこれはただならぬ、と反応した。今度こそ本当にざわめきが止まらない。遠山公羽ははそのざわめきが収まらぬ中、次のことばを継ぐ。

「決めるのはこれからよ。問題となるのは二点。団体の性格がひとつ。そして誰が代表になるかよ。そこで明日、コンペティションしてもらうこととしたのじゃ」

「日本語で言ってくれー」とすかさずヤジが飛ぶ。遠山公羽ははニヤリと笑い、

「競争よ。競争」と言い直した。

「遠山翁、本当に『』なんかでいいのかい?」

「儂はこう見えて頭は柔らかい方じゃ。頭からイメージだけで否定するバカ者だけにはなりたくないと思っとる」

「遠山翁さんよ、その競争にゃあんたも出るのかい?」

「儂が最初に話した時とは事情が違ってしまったのじゃ。儂が出るもんかい」

「じゃあ誰が団長に?」

「出るのは儂のすぐ前にいるこの若いの三人よ。ま、仏暁君は若いと言うには少し歳がいっているが、少なくとも儂らよりは若い」

 これを聞いて場内苦笑い。しかし、苦くすら笑っていられない者もここには当然いた。

(え?)と固まってしまったかたな(刀)。

(団員として加わらざるを得ないだろうなあ、)とそこまでは諦観していたが、そのトップに祭り上げられるなど、そんな話しは一切遠山公羽からは聞かされていなかった。


「刀、野々原君」遠山公羽が演壇から呼びかけた。

「なに?」「なんすか?」

「お前たち、立候補者としてして此処にいる仏暁君と勝負せい」


(これって当て馬?)と直感するかたな(刀)。その直感通りなら〝祭り上げられる〟などというのは杞憂で終わる。

 しかし、

「おもしれーっやってやる!」と野々原が売られた喧嘩(?)を買っていた。


(あんたの単純さはにぴったりそうだからいいけどさ)と内心で悪態をつくかたな(刀)。そんなかたな(刀)に「刀、返答は?」と応えるよう促す彼女の伯父遠山公羽。問われて思わず、

「ハイ」と言ってしまっていた。しかし直後とっさに本能的に声が出た。

「ちょっと伯父さん! そういうことなら昨日言っておいて欲しかったんだけど!」と。

 そう言い加え、言い終わった直後に気づく。

(何かわたしがヘンだ。まるで昨日言っていてくれたら快諾して引き受けていたみたいなこと言って。なぜここで辞退しなかったの?)


「その通りですよ、ムッシュ遠山。私は常に演説用の原稿を用意していますが、ここにいるふたりはそんな原稿など用意できていないのでしょう? こういうものは割合時間がかかります」


「しかし仏暁君、演説は長ければ良い、というものでもなかろうがの」

 遠山公羽ははあくまで明日代表選とやらをやる気まんまんであった。そしてそんな気分になっていたのは遠山公羽だけではなかった。


「そうだぜおっさん。ナメんなよ。俺が本気を出しゃそんな原稿なんてモンは一日どころか一時間で書き上がるぜ。明日に間に合わせるなど楽勝よ」


 それを聞き遠山公羽は満足そうに肯く。一方同じ事を聞き、

(なんでここまで盛り上がれるかなー)とまったく理解不能なかたな(刀)。


(読書感想文を書くのにも四苦八苦していたようにか見えないんですけど。まして演説用なんて。そんな原稿を書くための時間がたったの一日? そんなワケあるわけない)とけっこう〝毒舌なこと〟を思ってしまうかたな(刀)。そんな彼女に、

「刀、お前のやる気は?」と容赦なく問う遠山公羽。

「やりますよ」もはや流れと勢いでしか言ってない。


「じゃあそういうわけで皆の衆よ、この三人の中で誰が一番があるか、そこを見て投票してくれ。ただし、団体の性格を『右翼』とするか『極右』とするかは儂が判断をしたい。なにせ言いだした張本人よ、全く関わらず『お好きなように』と他者に丸投げでは逆に無責任というものじゃ。むろん儂はこれでも民主的じゃ。その決定に同意するや、あるいは不同意かは皆の衆個々人が投票して決めてくれい」


「つまり遠山翁の役回りは〝顧問〟みたいなもんかい?」誰かが訊いた。


「まあそうとも言える。では明日もまた面白そうじゃと思ったら集まってくれい」と、どうやらここで締めのことばを発したらしい遠山公羽。場内は期せずしてちょっとした見せ物が見られることを面白がったものかヤンヤの喝采に。


 しかし(さてさてこんな素人演説会に明日いったい何人来るのやら……)と心の中で半眼なかたな(刀)。



 その夜かたな(刀)は彼女の伯父遠山公羽の家で必死にノートパソコンと格闘し、生まれて初めて〝演説用原稿〟なるものを書いた。見かけ上やっていることはレポート課題や卒論制作と同じようであるが、〝書いたものをみんなの前で口に出して読む〟という意味で決定的に違っていた。

(小学校時代の読書感想文か)しかしかたな(刀)の書いた感想文はたいした評価ではなかったため、みんなの前で自分の書いたものを読み上げた経験は無い。


(いったいわたしはなぜ大真面目にこんなものに取り組んでいるんだろう?)と、かたな(刀)は思いながらも、別にこんな事も思っていた。

(わたしは一応大卒。これでも学士サマなんだ。あの『ガラ悪』以下のものを仕上げてしまうなんて、そんなことあっちゃならないんだ)


 就職には失敗してしまったが、ささやかなプライドと野々原に対するおかしな対抗意識から、彼女は決してキーを叩く指を止めない。

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