第二百七十九話【田舎者達立ち上がる】

 かたな(刀)は後ろの人たちの様子を確認するため、思わず振り向いていた。


 オオっと声が上がった割にはこの場にいる誰にも〝『右の愛国者団体を造る』というこの突拍子もないとも思える考え〟に反意を示す様子が見えない。中には笑っている者さえいる。別におかしいから笑っているのではなさそうだった。楽しそうだから笑っているようにさえかたな(刀)には見えた。この場にやってきた人々の感情の中にはそういうものばかりがあるように思えた。これがこの地区における彼女の伯父、遠山公羽の立っている位置であるらしかった。


(『右の愛国者団体』ってのは必然的に右翼になるしかない。これをみんな知ってて集まっていたってこと?)と目を白黒させるばかりのかたな(刀)。


 再び遠山公羽は語り出した。蕩々と、蕩々と。


「儂らは今まで国政選挙でなにをしてきた? 農業団体が推薦する国会議員候補に投票してきた。そして事実儂らの代表として国会に送り込むことに成功しもした。じゃがもはや限界よ。儂らが押してきた国会議員のセンセイを無能だとは言わない。儂も近くで応援させてもらってきて、ある種の親近感もある。だから罵詈雑言は浴びせたくはない。じゃがもはや限界よ。これは政治家個人の能力を超えたところに問題がある。農業県、農業地域から送り込まれる国会議員の数と、都市部から送り込まれる国会議員の数では、後者の方が数の上で圧倒する。しかも『一票の格差の是正』の大義名分の下、さらにこの数的差を拡大させようという流れがもはや止まらぬ。なるほど確かに算数的単純計算では国会議員になるために必要な票数には差がある。例えば地方では十六万票で国会議員になれるが、都市部では七十万票獲っていても国会議員になれぬと、ここだけを聞けば〝不公正〟だと世を煽る事も可能よ。じゃがこれはあくまで算数的単純計算よ。都市部から大量の者が国会に送り込まれれば、国会内では〝ある種の世論〟ができあがる。都市部の出身の議員だけで議会の過半数を占めることすら可能となろう。結局数の論理で政治が動くのであるから、都市部に都合の良い政策ばかりがまかり通る。例えば東京23区や千葉の千葉市や神奈川の横浜市といった都市部の異なる選挙区から選ばれた政治家達が国政レベルで話しをしたら、その話しに大した違いはないであろうと断言できる。与党だろうと野党だろうとこうした連中ばかりが党の中での最大派閥となってしまう。何しろ都市部の選挙区数は現状でも多い。しかも『一票の格差の是正』という大儀の下さらに都市部の選挙区が増えることが今以上に見込まれる。これでは儂らが国政の場に送り込んだ国会議員の能力に関係なく、多勢に無勢、蟷螂の斧とうろうのおのとなるしかない。農業県から選ばれた議員達は少ない票数でその身分を得たとして肩身が狭くなり、それどころか『抵抗勢力』、『守旧勢力』としていつの間にか祭り上げられてしまう。儂は選挙のたびに頭にくる。これ見よがしに自転車に旗をくくりつけこれ見よがしに『庶民でござい』と計算して選挙運動をする立候補者の輩にな。なにゆえ自転車で選挙運動などできるのか? それはその選挙区が自転車で回れるほどの猫の額ほどの狭小選挙区だからではないのか? 儂らのこの選挙区じゃそんな選挙運動は全く不可能よ。じゃがマスコミ連中はそうした自転車乗りの候補を庶民感覚のある政治家だと持てはやす始末。儂らの選挙区から立つほか無い議員候補はその純粋な選挙区面積の関係から間違ってもそんな芸当はできない。まったく頭にくる」


 恨みや辛みが籠もりに籠もった独白のような言い様が、ここでぴたり、終わる。


「要約するともはや政治家など信用できるか、じゃ」一転軽い調子に変わった。


「元々信用なんかしてなかったろ、遠山翁はっ」とここでヤジ。「最初から〝要約〟で良かったのー」とまたまたヤジ。


「〝紙に書いて一行程度〟で言ってしまったら〝〟が無くなるじゃろうが」と遠山公羽。


「するとお次は『減反政策』で一席ぶつのかい?」とまたもヤジ。なぜかヤンヤと湧く喝采。


「人の心を読むもんじゃないぞい皆の衆」と遠山公羽。一気に場の空気が弛緩する。「——見破られていようと初耳の者もここにはおるのじゃ」と言って悠々自適に話しを続けていく、


「——『減反政策』というもんは本来米価の維持のために、わざと作る量を減らし、その代わりに補助金が入ってくるという政策じゃが、それ自体がネガティブキャンペーンの材料にされておった。『農水省の予算獲得のための方便』であるとか、『農協と天下り団体の生き残る道を作る事が目的』とか、そういった具合に言われてな。儂は若い頃から『減反政策』には反感を持っておった。食料は人間の命を繋ぐ戦略物資じゃと思っておったからな。国家が主導し戦略物資の生産力をどんどん減らしていって、いったいその先には何が待っている?、とな」


「——じゃが過剰生産して米価が下がればいよいよ農家として暮らせなくなると来れば、その反感も封印しておくしかなかった。これがいわゆる『』よ」


「——ところが〝その現実〟は2018年に唐突に終わってしまった。減反政策の廃止よ。要するにわざわざ政府命令で作る量を減らさずともよくなったという事じゃ。つまりは農家の経営者の高齢化で作る能力がいよいよ損なわれてきたという事よ」


「——減反政策廃止の名分は『農業の自由化が進み海外から米が輸入されるようになった時、日本の生産者が競争に負けてしまう』というもの。〝農業の自由化〟、いわゆる新自由主義、英訳すればネオ・リベラリズムの発想よ。となれば、これが好ましいかと言うと極めて微妙となる。食料は人間の命を繋ぐ戦略物資よ。カネという価値観を基準に自由にやらせておくと人間の命よりも利益が第一主義となる。むろん儂は身の丈に合わぬ事は言わん。ここで言う〝人間〟とは日本人の事よ。日本人の命より利益が大事、現に新自由主義は日本を格差社会に造り替え世の中は日々不穏になりつつある」


「——日本の米もまた中国など海外で人気を博しているそうな。海外市場獲得に積極的な農業経営者にとっては大きなチャンスなんだそうな。また自由化が進むことで新たに農業へ参入する企業も増えるなどという青写真を国が描いているそうな。正にバカの一つ覚え、典型的ネオ・リベラリストよ」


「——そうした価値観蔓延する社会における企業とは儲け第一主義で、人を人とも思わず赤字になれば雇った人間など放逐すれば黒字にできるなどと考えている経営者ばかり。そしてそういう者ほど賞賛される。近頃は日本の名だたる一流企業でも社員を45歳になったらクビにしようという動きさえある。そんな社会風土の中、企業に農業など任せようとしておる」


「——誰も彼もが食うものに困ってない状況ならこの政策の瑕疵は見えてこん。じゃが腹が減ったときには『誰でもいつでも買える』と、こんな時代は永劫には続かぬ。そんな時でもこの時代の経営者は貧乏な日本人より金持ちの外国人に食料を売りかねん。むろん金持ちの日本人だけに売るのも論外じゃがな」



「——どうじゃ皆の衆、これだけ世が変わるのじゃ。今日の現実は明日も変わらぬままの現実でいてくれるのかのう? もはや儂らには『現実など容易に変わってしまう』という答え以外ないわい。そして食料危機が容易に起こりうる悪い予感の時代に棲む身が我らよ。となれば、もうそろそろ。補助がまったくゼロになったとは言えぬが補助くらい今日日半導体にも出しておる。共に甲乙付けがたい戦略物資よ。儂らが必要以上に肩身を狭くする状況は無くなったと言ってよい。ならば〝その封印〟も解いても良かろう頃合いじゃ」


「——もはや日本国民はもう自分の身は自分で守るしかないという事じゃ。その啓蒙活動を大っぴらに行うのと同時に愛国者ポジションを先に獲っておくのよ」


「——あるいはそんなものはと、余人にはそう片付けられるのかもしれん」


「——じゃがな、日本の歴史は都会の者が造ってはおらん。日本と言えばそのイメージは侍じゃが、鎌倉幕府の北条氏は伊豆国、つまりは静岡県の片田舎」


「——室町幕府の足利氏は下野国、つまりは栃木県の片田舎」


「——江戸幕府の徳川氏は三河国、つまりは愛知県の片田舎」


「——その江戸幕府を倒した連中は長門国、薩摩国、土佐国、それぞれ山口県、鹿児島県、高知県の片田舎」


「——歴代、田舎の出の者どもばかりよ。日本という国は都会の者が動かしてきた国ではないのじゃ」


 ここで一斉に今日一番の万雷の拍手。しかし遠山公羽の話しはここで止まってしまった。再び語り出すそぶりも見せない。次第に拍手も鳴り止む。





 たまりかねた場の中の一人が、

「右翼やるんだろう? 遠山翁、結団宣言はせんのかい?」と訊いた。


「そこら辺りその後ちょいと事情が変わってな」遠山公羽の静かだがよく通る声が響いた。


「ハ?」誰かが思わず口を開いてしまった。


「『右翼団体じゃない方がいい』という意見が出ておってな」遠山公羽は言った。


 さすがにこれは初めて聞く話しだったのか、どよっと場がどよめいた。しかし〝話しが違う〟と席を立つ者は現れない。その代わり質問が飛んだ。

「だけど遠山翁さんよぅ。それじゃあどうやってを得るんだい?」

 すると即座に、

「メルシー・ボーク!」と声がした。仏暁が顔に微笑みをたたえ立ち上がり手を軽くぱちぱち叩くパフォーマンスをしていた。身長が並外れて高いのも手伝い既に外見だけでかなりの存在感。その上仏暁は勝手に答え始めていた。

「それはです」と。


 さすがにこれにはこの場の聴衆の誰も事前に聞いてはいなかったのかまたも場がどよめき、しかも中々治まらない。

「オイオイ、仏暁君、まだ出番にはチト早いぞ」と演台の上から遠山公羽。


「さっそくのご紹介についつい感謝してしまいました」と笑みをたたえたままの仏暁。


「実はの、ここにある仏暁君は儂が口説き落としここへと連れてきた男よ」遠山公羽はここで三十人の聴衆に仏暁を紹介した。


「口説き落とすって……そんなに大したもんなんですか?」と最前列から思わず訊いてしまったのはかたな(刀)。


 仏暁は隣に座るかたな(刀)には目もくれず皆の方へ体をくるりと反転させ、優雅にお辞儀をしてみせると改めて喋り始める。

「恐縮です。しかし思いはムッシュ遠山も私も同じです。毎年毎年常態化する異常気象。将来起こり得るであろう戦争。それらによって引き起こされるであろう世界的食料危機。食料安全保障の観点に立ち、同時に自らの身を守るために、という戦略的アイデアは理に適い可能性に満ち満ちている。私は共感したのです!」


(なんだか、が出会ってしまったような気が……)と立ち上がった仏暁を見上げながら思ってしまうかたな(刀)だった。

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