第二百七十六話【『右翼』は日本の固有種 『極右』は外来種】

「我々の間にさえ対立があるのを隠そうともしないとは。相も変わらず律儀と言えば律儀じゃの、仏曉君」

 遠山公羽は仏暁にそう反応してみせた。言った中身だけを聞けば鋭いが、語調に棘が無い。

「そこは我々の間では〝究極の目的〟は同じでしょうから」と仏暁は返す。

 即座に遠山公羽言うところの〝期待の若手〟野々原が仏曉に噛み付いた。

「オイ、さっきから聞いてりゃなんだ? 招待してくれた遠山翁に向かって上から目線で偉そうに!」


 野々原は『』という〝対等関係〟をアピールするような仏暁の物言いに腹を立てたらしかった。年齢だけでいえば仏暁は三十代、遠山公羽は六十に近い五十代である。しかし仏暁にはどこかその憤りは通じていない。


「とおやま・おう?」仏暁が率直に野々原に訊き返した。


「儂の名が『公羽』じゃからな。これだけで翁(おきな)という意味になる。もはや年齢的にジジイと言えばジジイじゃが」遠山公羽はその奇妙な呼び名に対し自ら解説をしてみせた。少しも〝若作り〟をしようという意識が無い。


 しかし野々原としてはどうにも仏暁のこの態度に平然としていられる遠山公羽に納得できない様子である。

「さっきから聞いてりゃゴチャゴチャ重箱の隅をつつきやがって、右翼も極右も同じだろうがよ!」と仏暁を怒鳴りつけた。


(こんなのでも〝重箱の隅〟っていう慣用句が分かるんだ)と少々不遜な事を思ってしまうかたな(刀)。一方仏暁は、というと、


「なるほど、一般人の感覚としてはそんなところでしょうね」と涼しい顔。


「まるで自分が〝一般人〟なんかじゃねーみてーな言い草じゃねーか」

 野々原は今度はこう言ったものの仏暁は少しだけ困ったような顔をしてみせ、

「本当はそれは明日のテーマなのですが」と言うだけ。

「しょうがないの」と遠山公羽が仏曉を見ながら言った。首を僅かに縦に振っていた。何事かアイコンタクト。

 仏曉は肯くと喋りだす。

「『右翼』と『極右』の区別がろくにつかないのがいかにもジャポンです」仏暁は言った。

「どいう意味だっっ!」

「典型的日本の左派・リベラル思考だという意味です」

「んだとっ‼」

「しかしムッシュ野々原、気にすることはありません。右翼と極右の違いなどほとんどのジャポネもジャポネズも、国内のジュルナリスト達にも分かりませんから」

「なんだ? 何が言いたいんだ? テメーはよ?」


 ここで仏暁はオーバーアクション気味に両手を広げる。

「ぴんとは来ませんか? 日本国内のジャーナリスト達、即ち左派・リベラルにも右翼と極右の違いが分からないから、あなたが分からなくても卑下する必要などありません」


「そうじゃねぇ! 左派とかリベラルとかあんなクソ野郎どもと俺を一緒にすんなって言ってんだ!」


「なるほど、さすがはムッシュ遠山が見込んだだけの事はある」微笑みを浮かべつつ仏暁は言った。


「話しを逸らしてるんじゃねえっ、どう違うか訊いてんだよっ」


「極めて単純化して言うと『右翼』は日本の固有種、『極右』は外来種だという事です」仏曉はあまりに短くその〝答え〟を口にした。


「は?」

 唐突に来た〝生物系〟の話しに固まる野々原。


「これは世界広しと言えどもおそらく日本のみで見られる特殊な現象です。先ほどムッシュ遠山が盛大な示唆をしてくれたのですが」


「シサ?」


(ガラ悪ってばまだ分からないの? 情けない。『』、伯父さんが言ったこのことばに決まってる)

 なぜかかたな(刀)はちょっとやってみたくなった。(このヒョロ長に斬って掛かりたい)と。正に名前の通りに、表現は悪いが斬撃したくなったのである。どうも余所者にナメられ続けているような気がしてきている。


「にっぽんの右翼は、ある特定グループの外国人に甘いです」かたな(刀)はそう言い切った。


「ほぅ」と感心の声を上げてくれたのは遠山公羽だった。


「その続きをお願いします」と先を促す仏暁。


「玄洋社は朝鮮人や中国人その他アジアの人々と、即ち有色人種達ですが、彼らと連携し、欧米列強の白人キリスト教国家による支配と脅威とをはね除けようとしていました。これが日本の右翼です」と、かたな(刀)の解説。


「トレ・ビアン!」


(相変わらずフランスかぶれのヒョロ長)とかたな(刀)。

 その仏曉が続ける。

「かように日本の〝右翼〟は特殊なのです。だから朝鮮半島との友好を叫ぶような右翼も、存在できる」


「『トレ・ビアン』もけっこうじゃが、そこまで言ったんじゃ。君なりの模範解答も言ってやってくれ」遠山公羽はこう仏暁に注文をつけた。


「なるほど、意思の疎通は何よりも大事ですからね」


(意志の疎通って……もうすっかりわたしは構成員か)とかたな(刀)。


「確かに右翼の源流とも言われる玄洋社には〝〟があります。それは否定できません。ただその浪漫はあの欧米列強によるアジア植民地支配の時代だから輝いていたのかもしれないと、そう私は考えています。今この現代に『大アジア主義』でもないでしょう。今や彼らも独立国、れっきとした外国、れっきとした異民族です」


 ここで仏暁は顎に親指を当て少し考えるような仕草。


「——そのアジアの外国の中に〝〟を国是に据えるような国が厳然として存在しているのがこの現代の現実。しかしどういうわけか日本の〝右〟は未だ玄洋社の感覚を引きずったまま。例えば日本の政治家でも〝右派〟と言われる者ほど韓国に近い。だが韓国というのも所詮は〝外国〟。外国の中の一つじゃあないですか」


 仏曉は考えるような仕草を解く。

「——『右』というのは基本〝民族主義〟の筈です。にも関わらず〝反日本〟を国是に据えるような国、『大韓民国』と連帯できる、あるいは連帯しなければならないと思えるような連中が、この日本では『右』だとして通用してしまう。実におかしな国・ジャポンです」


「——〝我々の側の大義〟は気候変動にせよ戦争にせよ『日本人の餓死を防ぐ』というものの筈です。私がムッシュ遠山に共鳴したのもこの点に尽きる。つまりここに、いかなる国であろうと外国を含める余地は本来無い筈です。『日本人の餓死を防ぐ』がスローガンなのですから」


「——しかしこの不思議の国日本ではこうした国際標準とも言える『右』の常識が通じない。右派も右翼もどこか思想がおかしい。ならば世人の目を覚ますため敢えて『極右』と自ら名乗るのもまたあり、と、そう考えている次第です」

 この辺りではもう完全にオーバーアクション気味に喋っている仏曉。


(どうなっちゃうの? この展開は? 右翼が多少なりともアジア限定外国と親和性があるのなら若干そっちがマシのような気が……)と、思うだけのかたな(刀)。


「ふーむ、相変わらず〝説得力まるで無し〟とは言えないの。君は論敵としてはなかなかに手強い」と遠山公羽。


「いえいえ伯父さん、意見が合わないのが分かっているならこの計画は〝残念だけど〟ということで、」とかたな(刀)が〝そちら(廃案)〟へと誘導する。


「そうはいかん。何しろこの御仁は儂が造ろうとする圧力団体の代表にするつもりでツテを頼りようやく紹介してもらったのじゃからな」

「な、んですって!」「んだと!」


(思わずガラ悪とほぼ同時にほぼ同じような反応をしてしまった。気など合いたくはなかったけど)とかたな(刀)。


 しかし仏曉、先ほど野々原相手に困って見せたときは打って変わり、本当に困ったような顔をしている。

「団体としてひとかたまりになってしまうというのは我々の敵にとってやりやすい形になってしまう。つまりは〝的〟がハッキリしてしまう。これを私は危惧していますが、」とここでもあくまで持論にこだわる仏暁。


(ふたりの間の論点としては『集団を造るか』『有志を持った個人による個人主義か』の方が重要なのかな)とかたな(刀)。(——でも意見の対立はあれどご破算にだけはしたくない両者……)そんな雰囲気もまた感じ取っていた。


(——間違いなく二人を繋ぐそのキーワードは『食料危機』だ)かたな(刀)は思った。

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