第二百七十五話【決して『左』が言えない大義】
——かたな(刀)が心の中でため息をついていたところで〝若い方〟が『納得してねーぞ』とばかりに動き出す。
「ちょい待ち、ちょい待ち、ちょい待ち! おっさん!」と。「——このドセボとかいう車は外車じゃねーか! 外車乗った右翼なんてもんがあるか? 俺は認めねーぞ!」
「俺?」と仏暁。
「おう俺だ」
「失礼、俺って誰です?」
「なんだと!」
「失礼、ムッシュ遠山から話しを聞いていないもので」
「俺は野々原光次(ののばら・こうじ)だ!」
「ああすまん、仏暁君、儂の認めた期待の若手よ」遠山公羽が補足する。
(どこら辺りが期待よ)と口に出さずに突っ込むかたな(刀)。
仏暁は肯く。
「分かりました。ではムッシュ野々原、外車が気に食わないようですが、あなたの乗ってきたこの手の小型自動車も外車である可能性がありますよ」
「バカヤロ! んなわけあるか! これは日本の会社のだぞ!」
「もはや既に日本の自動車企業でもインド製だったりタイ製の自動車を日本へと輸出している状況です。これに該当したなら日本製ではなく外国製だから外車です」
「なっアホか! こんなショボい外車があるか!」と野々原は目の前の軽トラを指さしフランスかぶれの仏曉を怒鳴りつける。
「ムッシュ野々原、正しい理解です。今やショボい車ほど外車である可能性が高まるのです。ただし日本企業の造る外車ですが」
「……っっっ!」
「ここに来るなりいきなり意義深い話しができました——ちなみにこの〝ドゥ・シュヴォ〟は六十五万円で手に入れました。今はもっと値が張る筈です。あの時買って置いて良かったと心底思います。新車で買ったのならムッシュ野々原の乗ってきた小型自動車の方が高価格なのはまず間違いありません」
「……」
「ところでムッシュ遠山、」
「なんじゃ? 仏暁君」
「取り敢えずこのバティマンの中に入りませんか? もちろんフランス語の意味の方ですが」と仏暁はプレハブ小屋を指さした。
(さっきも言っていたよね)とかたな(刀)。しかし遠山公羽は突っ込むでもなく、
「なるほど、ここはまだまだ寒い」と同意した。
遠山公羽は作業着のポケットから鍵を取りだしアルミ製の引き戸の鍵穴に差し込み回す。かちゃりと鍵の開く音。からりと引き戸を開け、皆、早プレハブ小屋の中。
かたな(刀)は対花粉症対策でつけていたマスクを外す。
(まあ見事にプレハブ小屋の中としか言いようがない。近頃は選挙事務所としてさえも使わない類の建造物だ)
「中に入っても外と温度の差がないのでは……」と口から出てしまうかたな(刀)。
「断熱材は仕込んであるがな」とひとつポンと壁を叩き遠山公羽は言った。
仏曉はその発言には呼応せずなぜかかたな(刀)の方を見て、
「なかなかのものですね」とニッコリ笑って言った。
(どこが?)
(寒い。気温のみならず調度品の類も……あるのは折りたたみ式の長机に、これまた折りたたみ式のパイプ椅子……。そんなものばかり何セットも。本当に寒々とした光景だ……)それがかたな(刀)の心の中。
「伯父さんちょっといいですか?」とかたな(刀)が断りを入れて切り出した。
「どうした?」
「さっき『右翼の政治結社を造る』と言いましたよね?」
遠山公羽はその辺のパイプ椅子に腰掛け、かたな(刀)にも腰掛けるよう手で促しながら返事した。「うむ」と。
次いで仏暁、野々原もその辺のパイプ椅子に腰掛ける。
「明日もこんな寒々とした感じになるに決まってます。誰が右翼団体に入ったり極右なんかと関わろうとしますか!」と、かたな(刀)は思ったままを口にした。
(現状わたしを入れてさえたったの四人じゃない!)と。
だが遠山公羽はなぜかニヤリ。
「なるほど、現状確かに圧力団体になるには程遠いが、この部屋がいっぱいに埋まるくらいは人は来るぞ」
(どこから来る自信?)かたな(刀)は思う。
とは言ってもここがいっぱいになろうとその数はせいぜい三十人程といったところだろうか。かたな(刀)にはそのことばすらまるで信じられなかったが、客観的には〝それでもこの程度〟なのである。
なので〝人数〟についてはいったんかたな(刀)は引いた。代わりに、
「人にろくでもない事を吹き込むとろくな事にならないですよ」と、伯父が相手だったが〝道徳的〟風に忠告をしてみせた。だがこの〝忠告〟に応えたのはなぜか仏曉。
「それは少し私の考えている事と外れているのですが」と言いながらパイプ椅子の上で長い足を組み、いかにも余裕のありそうな態度。
「どう違うんですか?」とかたな(刀)が少し詰問調に仏暁に問うた。
「あなたは〝従前のお話し〟にあまりに縛られ過ぎている。『右翼』や『極右』がろくでもない事しか言わないと、いったい誰が決めつけたんですか?」
んっ!(誰が決めたかというと、世間が……、としか——)
返答に詰まり少々みっともない状態になってしまったと自覚してしまう。
「まあ気にする必要については〝ノンノン〟です。今は一番最初、何事も最初の心がけが大切です。〝心がけ〟が無ければ仮に団体化したところで凡百の右翼団体と言われる団体の一つで終わってしまいます。私の見立てではあなたのオンクルは浅くはない人です」
「確かに志は高い方が良いからの」と遠山公羽。
「でも誰からも理解されない『志』じゃあしょうがないんじゃあ……」とかたな(刀)。
「ところが近頃そうでもない。ま、『志』よりは下卑た感になるのじゃが、言われれば『認めざるを得ない』という〝主張の潮流〟はある」遠山公羽は言い切った。何事か考えがありそうな物言い。
「あったかなぁ」
「『外国など信用できるか』、これに尽きる」
「それって『排外主義』ってやつじゃないの⁉ 言えば社会から総スカン。『あの人には近づかない方がいい』って陰口叩かれるのがオチになるよ、きっと」
「では刀、この儂の話しを聞いてもなおそう思えるか考えてみよ」
「まぁ聞くだけなら……」
彼女の伯父が造ろうとするおかしな団体の構成員として、どうやら頭数のうちに入れられてしまっている身からしたら簡単に〝同意〟だけはしたくない。そんなかたな(刀)であった。
「信用ならない国にエネルギー供給を頼るなど危機意識に乏し過ぎる。さらにそこから一歩進んで輸入にばかり頼ってはいられない。天然ガスくらいは自国でも掘るべきではないか。こうした考え方が昨今日本社会に広まりつつある。認めるや否や?」
そう遠山公羽に訊かれ、
「そういう考えは聞いた事があります」と認めるかたな(刀)。
「また昨今はこんな話しもある。高性能の半導体は日本の国内で造るべきではないか、という考え方じゃ。これもまた日本社会に広まりつつある。認めるや否や?」
「それくらいはわたしでも知ってます。国内有数の企業が資金を出し合い次世代半導体製造企業を立ち上げたとか。それくらいニュースを見て知ってます」
「つまり〝広まっている〟と考えているという事じゃな?」
「そういう事になるのかなぁ」
「では今儂が言った話しを平たく言うとどうなる? どういうわけか日本人は平たくは言わぬが」
「え、平たくというと?……」
「儂が一番最初にもう言っとる。それが『外国など信用できるか』よ」
「ものをハッキリとは言わぬのは日本人の欠点よな? 仏暁君」
「ウィ。まったく同感です、ムッシュ遠山」
仏暁のその返事に遠山公羽は肯くと、さらにかたな(刀)に向け問い出した。
「時に刀、『半導体』の別名、それも日本でしか通じない通り名を知っておるか?」
「え?」
(半導体は半導体でしょ? 英語とかなにか?)
「あ、ICとか? CPUとか?」
「そんなアルファベットな方向性ではない。答えは『産業界のコメ』よ」
しかしかたな(刀)には合点がいっていないようだった。軽くため息をつく遠山公羽。
「そこで『コメ』と来れば我々農家よ」
「伯父さん、半導体なんて造れないでしょ?」
「なにを言っとるか刀」
そのやり取りを聞き横で〝ぷっ〟と吹き出すガラの悪そうな若い者・野々原。きっ、と勇敢にも(?)そちらを睨むかたな(刀)。しかし野々原は言ってのけた。
「そこまで聞きゃあ俺でも解ったぜ」と。
「なにが解ったっての?」
「食い物を外国に頼るのはヤベーんじゃねえか、って話しだろ。『コメ』と言われた時点で気づけよ」
かたな(刀)は野々原の答えにしばし呆然とし顔も火照ってきた。
「その通りよ。今日儂らは食べられる。じゃが一年後は食べられるのかの?」と遠山公羽。
(曲がりなりにもわたしは〝大卒〟だというのに……)まだショックを引きずるかたな(刀)。
「食料危機と言えば気候変動だとばかり思われていたが、今や戦争でも同じ事が起こるのは既にウクライナ戦争で証明されとる」
「——台湾を巡り中華人民共和国が戦争を始めるかもしれないと公然と語られるような時代よ。日本近海が戦場となれば食料を積んだ船はこれまで通り日本へ来るじゃろうか? 全て来なくなるというのは極論にしても『それくらいのリスクを背負って来た』のだと、代金水増しでふっかけられるのはよくよくあり得る話しよ。むしろ〝これくらいで済めばいいが〟といった悲観論さえ成り立つ」
さらに遠山公羽は続ける。
「——ところがリベラル・左派といったグローバリスト連中は『外国など信用できるか』とは言えん連中じゃ。保守連中もその点五十歩百歩。そこに我々『右』の者どもが市民権を得る余地があるのよ」
遠山公羽が彼なりの結論に到達したその間隙。
「さて、そこです」と唐突に仏暁が口を開いた。「遠山さんにはたいへんに申し訳ないのですが——」
ここで初めてこの仏暁という男は〝ムッシュ遠山〟というふざけたような呼びかけた方を封印し、『遠山さん』とまともな日本語を用い遠山公羽に呼びかけた。
「——故に『右翼』ではなく現代日本に合うのは『極右』ではないかと。私はこの玄洋舎という看板を見てぴんと来ました。これはかの昭和二十年以前の、あの玄洋社を尊敬する心があるのだと」仏暁はそう言った。
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