第二百七十四話【『右翼』なのか『極右』なのか、『団体主義』なのか『個人主義』なのか、それが問題だ】

「下見に来てもらって良かった。当日になって気分を害されたとか言われても困るしかないからの」遠山公羽とおやまきみはは言った。


「私が気にするのは聴衆の数だけです。ゼロでない限りわたしはやります」と、仏暁ふつぎょうと呼ばれた男も応える。


(なぜ伯父さんはにっこり?)そしてようやくといったタイミングでかたな(刀)に声が掛かった。

「何分待った?」と。

「あんまり」

「それは重畳。四人がほぼ同時刻に集合か。運命的なものを感じるもんだ」遠山公羽は上機嫌で言った。

(やな運命だな)と思うしかないかたな(刀)。


玄洋舎げんようしゃとは妙な命名ですね、」仏暁がプレハブ小屋の看板を視ながら遠山公羽の上機嫌に水を差すようなことを言い始める。「——この辺りには海はありませんが」と続けた。


「海は無くとも『玄洋社げんようしゃ』の心意気でやりたいという儂の意思よ」遠山公羽の機嫌は損ねられるでもなく変わる様子も無かった。「かねてからの考え通り、明日儂は儂のを表明する日よ!」

 遠山公羽が唐突に核心らしきことを言った。


「決意って?」かたな(刀)が不安げに問い返す。


 遠山公羽はひとつ息を吸い、言った。

「儂は政治結社を造る」


「せいじ・けっしゃ?」と、そっくりそのまま繰り返すだけしかできないかたな(刀)。


「世間からはと言われる団体よ! まずはこれを無視できない圧力団体に育て上げる!」


(ガーンガーンガーンっって言っちゃうよ! 何それ? 何それ? 何それってば! わたし右翼に入っちゃうの? 右翼団体構成員になっちゃうの?)

 ハッとここでかたな(刀)は気づいた。

(この場にいるヒョロ長とこの伯父さんの右翼結団とは何か関係があるのでは? それにこのやり取りを聞いても、ここにいるガラ悪には驚いた風がない。いろいろといった感じだ。そのヒョロ長が喋り出す——、)


「皆さん、自己紹介が遅れました。私は仏暁信晴(ふつぎょう・のぶはる)といいます。本日はよろしくお願いします」と言って仏暁はお辞儀をした。


「『本日は』って、そもそもあなたは何者?」そうかたな(刀)は仏暁に訊くしかない。


「思想家です」


「へ?」


「私は『政治結社』という、いかにもな団体を造るよりも、『日本人は個々人の個人技を磨くべし』という考えです」仏暁は間違いなくそう言った。故にこうした感想になるしかない。

(ヒョロ長はサッカーの話しでもしているの?——)かたな(刀)はここまで話しを聞いていてもなにを言っているのかまるで分からない。


「仏曉君、やはり君は『極右』の方にこだわりがあるんじゃな?」遠山公羽はとんでもないことばを口にした。


「ウィ」と仏曉。


(ヒョロ長のやつってば、およそ悪人には見えない朗らかな笑みを浮かべながらまったく悪人みたいな事を言ってる——)かたな(刀)は呆然とするしかなかった。しかし異次元の会話はペースも変わらずに進行していく。


「しかし『極右』よりはまだ『右翼』と言った方がイメージは良いが」遠山公羽はそう応じた。


「しかしながらムッシュ遠山、『まだ』と入れてしまいましたね。『まだ右翼と言った方』が、と。つまり『右翼』の方もイメージはよろしくない。だったら最初から開き直って『極右』と名乗った方が良いと、私はそう考えています」


「——また団体としてひとかたまりになってしまうと敵勢力からの狙い撃ちにされやすい。その団体さえ潰してしまえば一網打尽にできますから」


「まあその辺は明日のじゃな」と反駁する様子も見せずに遠山公羽は言った。


(これって講演会ってこと?)

 講演会とは普通それなりに名前の知られた人物が行う。しかしかたな(刀)の目の前にいるヒョロ長い男は……

(う〜ん)とかたな(刀)は思っていた。(どこが有名人なのか)と。


(それになんか伯父さんとは二重に意見が合ってないような……)という部分も悪い意味で〝決定的〟に思えた。


 即ちそれは『右翼』なのか『極右』なのか。そしてもう一つは『集団を造るか』、あるいは『有志を持った個人による個人主義か』、であった。こうした対立構造が見えたのである。

 就職に失敗してしまったとは言え、それなりに。その程度の思考はできる。


「ウィ、私としては話しをできる機会を用意して頂き、それだけで十二分に足りています」しかし仏暁もこれまた朗らかにそう返した。


(意見が合ってない割にこのなごやかさ、なんなのこれは?)


 しかしかたな(刀)としてはトントン拍子に話しを進める事に、実に気が進まない。

「ちょっと伯父さん本気なの?」と再考を促し始める。


(『団体主義VS個人主義』の方はまだテーマとして解る。でも『右翼と極右、どちらがいいか』、だなんて、そんなものをテーマにする講演会だなんて前代未聞で、どちらを選ぼうと五十歩百歩としか思えない)そう思ったからだった。


「儂は元来偉そうな他人の説教は聞きたくないタチじゃが、仏暁君の話しだけは聞いておくべきとは思っとる」しかし遠山公羽の決意はまったく変わりそうもない。


(なんでそこまで思い入れ?)


「いったいこのヤバい事言ってる人の正体はなんなんですか? 思想家なんてそんな職業無いでしょ?」ますます不安になって思わず訊いてしまうかたな(刀)。


「正体は有能な元中学校教師よ」あっさりとした調子で遠山公羽が返答した。


「まあ中学校教師はあくまで〝元〟で、今現在は極右思想家ですから〝ヤバい〟でも間違いはありませんね」これもまたあっさりと仏暁自ら肯定してしまった。しかしその〝あっさり〟は遠山公羽にとっては不本意だったらしく、「おいおい仏暁君」と苦言を呈す。


「私は団体を造り新興宗教の教祖ヨロシクそこへ収まろうなどとは一切考えてはいませんよ。そういう意味においては〝ノンノン〟です。私はヤバくはありません」仏曉は言った。


 と、かたな(刀)は言われはしたが、これで胡散臭さが抜ける筈もない。口にこそ出さないが(ホントかなぁ……)以外に思いようがなかった。

 仏暁はそのたな(刀)の内心を察したかのように〝次〟を語り出した。


「私がなぜ〝似非フランス語〟など口にしているか? フランスには日本が参考とすべき点が大いにあります。極右政党が社会に定着し市民権を得ている! 有権者個々人の支持がある程度以上にあるからです。との意味を込めてです!」


「刀、明日は当然出席じゃからな」とふいに遠山公羽に告げられてしまうかたな(刀)。

「え? あっ、はいっ」思わず返事をしてしまうかたな(刀)。

 就職活動に失敗し、当分(?)伯父に世話になる以上〝NO〟の選択肢が無いかたな(刀)であった。


(わたしは明日、このフランスかぶれの妙な男の極右的大独演会を聞くことになっているらしい——)そう思い、心の中でため息をつく。

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