第二百七十三話【その男の名、『仏曉』】
「辺り中に声が響いておったぞ」
(白い軽トラから降りたふたりのうちの一人、大声でわたしにも聞こえるように言ったのはわたしの伯父さん、
その若いモンが伯父さんに何かを話してる。ひと言ふた言。筋肉質の男。頭は金髪、ガラ悪そう。しかし履いてる靴が長靴だ)
かたな(刀)にはピンときていた。
(このヤンキー〔もちろんアメリカ人という意味じゃない。絶対に口には出せないけど〕のニィちゃん〔わたしより年下そうだけど〕は確か、わたしの遠い遠い遠縁の親戚の筈。そういうのがいることをここに来る前に父から聞かされていた。しかし先が思いやられる邂逅だ。まさかこのガラ悪が『結婚相手』なんてことは……)
「なんだぁ? このへんてこな車はよ」若い方が言った。
(きっとドスボのことだろう。人は見掛けによるというか期待通り(?)というか想像通り語調が荒い。ヤナ感じ。わたしの方は見向きもせずにヒョロ長の男の乗ってきた車の方に反応してる)
「ノンノン、〝ドゥ・シュヴォ〟ですよ。ムッシュ」妙に背の高い男が反応を示した。
「なに? ドシボ?」
ついさっきと同じ事が人を代えて繰り返されている。
「だいたい何だお前は? ミーはおフランス野郎かあ?」
(どうやらこの男にもヒョロ長がおかしなフランス語を使っていることは分かったらしい)かたな(刀)は思った。
「別にフランスから帰ってきたわけじゃありませんよ。ムッシュ。だいいち私はフランス語など喋れませんから」
「ハァ? じゃあなんなんだよ⁉」
「単語です。フランス語の」
「そうじゃねぇっ! なんでそんなフザケた喋り方してんだって訊いてんだっこっちは!」
「フランスに対する尊敬と親近感からですよ。この〝ドゥ・シュヴォ〟もフランス製でしてね」
「まともな日本語で喋れ!」
「2CV、この車はシトロエン2CVといいます」
(なんなの? このヒョロ長とガラ悪のアホくさいやりとりは)とかたな(刀)が思っていたところで、
「そんなに遠くにいないで早くこっちへ来い!」と彼女の伯父・遠山公羽からかたな(刀)へと声が飛ぶ。山にこだまするような大きな声だった。
その声を合図にかたな(刀)はプレハブ小屋へと、おそるおそる確認するように歩を進める。ようやく知っている顔を見つけ取り敢えず安心して近づくことができたといったところだ。彼女の伯父がこの地域のちょっとした名士だということは事前に知っていたからというのも手伝って。
近づいて初めて気づく事がいくつか。背の高い男は細い金縁の丸メガネをかけている。そして——、
(少し若そうに見えるけどまぎれもなく中年男。間違っても〝運命的な出会い〟になりそうもない)これが彼女の、謎の男に対するファーストインプレッション。
今度は遠山公羽が背の高い男の方に声を掛ける。
「
(ふつぎょう? ヘンな名前、)かたな(刀)は思う。仏暁と呼ばれた男が返答を返す。
「つい先ほど着いたばかりです。〝この方〟をデパセしたところで。ほんのしばらくでもう目的地でした」
(この方、というのはわたしか、)かたな(刀)は思う。一方、
「儂に気づかいは無用じゃぞ」と遠山公羽。
(あれ、一人称〝儂〟だったっけ? まだ60には少しある筈だけど)とかたな(刀)が比較的つまらない事を思っていると遠山公羽が不可思議なことばを発した。
「——なにせ演説会場はこのプレハブ小屋じゃ」、と。
(演説?)ことばそのままにかたな(刀)は内心で反芻してしまう。
「構いませんよ。私にとっては会場をホテルなどにされるよりこっちの方が好ましい」しかし仏暁と呼ばれた男には、まったく〝プレハブ小屋〟を意に介する様子が無い。
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