第二百六十七話【情報戦は民間で】

「テングダクン、何か君ハ決定的な勘違イをしテイルようダガ、〝代弁者〟とはマリオネットの事ではないカナ?」とリベラルアメリカ人支局長は問いかけた。


「〝操り人形〟など要らないと?」天狗騨記者も問い返す。


「そうダ、我々が求めテイルのは志を同じくスル有能な仲間ダ」


「仲間?」天狗騨の口から出るは当然の如く疑問系。初対面の段階で『極右の歴史修正主義者』と来たのだから無理もない。だからこうも繋がる。「——仲間なら何らかの〝価値観の共有〟くらいありそうなものですが、少なくとも『歴史観』についてはどこにも無いようでしたが」


 それを言った天狗騨の内心はこんなものであった。

(どうせ『自由と民主主義』だとか、そういう観念的なものを言い出すだけだろう)と。

 しかしその予測は外れ、相手の回答は極めて具体的に来た。


「いいヤ、アルナ。中国ニついてダ、」


(ちゅうごく?)天狗騨が何事か思索を巡らせるよりも先に〝次〟もリベラルアメリカ人支局長のターンとなる。

「一つ訊コウ。民主主義国家と権威主義国家ヲ比ベタ場合ニ、我々民主主義国家ノ弱点ハ何だと思ウ?」


「人の命が重いところでしょう」割とすんなりと天狗騨は答えた。


「いつもナガラ何気ニとんでもナイ事ヲ言ウ。シカシその答えデモ正解と言エルガ」


「ではあなたの期待した答えはなんなんです?」


「我々の側ハ、政府ガ常に世論ヲ気にシテ政治を行なわナケればナラナイ」リベラルアメリカ人支局長は答えた。


「なるほど、当たってますね。しかし〝とんでもない〟を言うならお互い様でしょうに」


「しかシ違いもアル。テングダクン、君の言うノハ〝〟話しダ。私は〝〟の話しヲしテイル。我々の側ハ自由でアルが故にこの戦いニ弱イ」


「まあ、そうなんでしょうね」


「——だカラ敵方の工作にヨリ、常に身内に敵ヲ抱エル事ニなるダロウ。我々の国内ニ於いテ、権威主義国家を利スル平和主義勢力が少ナからず力を持つようにナル。連中ハ強大な権威主義国家が何ヲしヨウト目先の経済と生活にシカ目が向かズ、殺され続ける弱者ヲ見殺しにシテ束の間ノ平和ヲ貪ろうとスル」


(これは……)と天狗騨は思い始める。(——『関わらない方が自分の身が安全』というのはイジメ問題の構造そのものだ)


「——このタメ我々ハまず身内である筈ノ者と戦わネバならなくナル」


「——平和主義者達ハ将来自分達の身に今以上の困難が降りカカル事に薄々気づきナガラモ、今、楽な決断ヲするノダ。しかシ我々の政府ハ、国家にトッテ後々不都合にナルと解ってイテモそうシタ考えの弾圧ハできナイ。一方デ敵は、政府に都合の悪い考えヲ平然と弾圧シ国内をまとめ上げる事ガできル」


「——しかシ、我々だけガ身内同士デ攻撃し合ッテいて、やラレっぱなしデいいのダロウカ? 相手がやって来たナラ、こちらモ情報戦デ報復ヲ仕掛けるベキではナイカ?」


「相手は情報統制を常套手段とする国ですが」


 天狗騨の疑問にリベラルアメリカ人支局長は直接答えず、奇妙な事を喋りだした。

「君に運ガ開けて来たノハ、中国国家主席が国賓訪日をシタあの日、この建物ノ一階エレベーターホールで偶然私と出会った事ダ。その時お互い、何ヲ喋っタカ覚えてイルカ?」


 確かにあの日リベラルアメリカ人支局長と遭遇し、絡まれた中道キャップに助け船を出した記憶がある。しかしあの日は警察に連行されてしまった事の方が強烈な記憶になっていて、その記憶が他の記憶の邪魔をする。

 リベラルアメリカ人支局長は自分で出した問いに自分で回答を始めた。


「『フェラーリやランボルギーニの売れル共産主義ハ存在しナイ』ト私が言っタラ、君ハ『民族主義を語る共産主義は存在しない』と返シテ来タ」


「あぁ、そうでした」と、その事を思い出した天狗騨。


「フェラーリやランボルギーニなどはスクラップにシテしまえバ、私のフレーズなどは簡単に使えなくナルガ、その点『民族主義を語る共産主義は存在しない』の方ハ簡単ではナイ。中国は『中華民族』ヲ語ルのをやめなケレバ、この批判を回避デキズ、一党独裁の中国はナチスの同類である事が確定スル。我々の国内の平和主義者どもハ有効な反論をできズ、沈黙する他なくナル。我々ハ我々の国内ニおける情報戦に勝利スル。仮ニ中国ガ『民族』ということばを語るのをヤメ、ナチスの同類呼ばわりヲ回避シタとしテモ、今度は共産主義なノニ国内での貧富の格差がアル事の矛盾解決ヲ迫らレル。中国人同士での殺し合いスラ期待できるじゃナイカ」


「『戦わずして勝つ』ですか、」と天狗騨。むろんこれは古い中国人が作った『孫子の兵法』の中の一節。


「我々メディアは民間に過ぎナイ。だが民間レベルだろうト国際的有志連合ヲ作らネバ、強大な権威主義国家が仕掛けてクル情報戦ニ、我々の側ガ勝つ事などナイ」


「その説明でなぜ私がスカウトされたか、やっと理由が解りました」と天狗騨はようやく合点した。


「敵ハ情報統制をスル。そんな敵ニダメージを与えるニハ『極端な短フレーズ』でなけレバならナイ。それガできる君ハ、ぜひともメディアの有志連合ニ加わるべきダロウ」


 天狗騨としては実に微妙な路に踏み出そうとしている自覚はある。これに加わってしまえば〝アメリカの世界戦略〟とやらの代弁者になってしまうかもしれない。

 だが、いじめ問題の撲滅がライフワークだと思っている天狗騨にとって、核兵器を持った大国が持たない国に何をしようと、周囲の国々が見て見ぬフリをし何もしない事は、正にいじめの構図そのもの。これこそいじめ問題がいつまで経っても解決しない温床である。この構図に相対してしまっては、とても坐してはいられなかった。


 しかし、天狗騨のすぐ近くにこうしたリベラルアメリカ人支局長の言説にまるで納得できない男がいた。中道キャップである。中国国家主席国賓訪日のあの日、リベラルアメリカ人支局長とやり合い散々な目に遭っていたが、それでも言わずにはいられなかった。


「我々メディアが情報戦の当事者に進んでという事は国家が戦争を望んだら〝積極的に戦争協力をする〟という意味じゃないか。そんな者はリベラルじゃない!」、と。


 しかしリベラルアメリカ人支局長はきょとんとした顔でこう言った。

「合衆国に於いテ『リベラル』トハ伝統的に対外積極派ダ。『保守派』の連中こそガ伝統的に孤立主義ヲ欲するノダ」


 さすがの天狗騨もこれについてはすっかり失念していた。中道キャップも言われて気づいたようでこれ以上は何も言わない。リベラルアメリカ人支局長もまたこれ以上何も言わなかった。


(同じ『リベラル』という名でも〝お国柄〟ってのはでるな)と思う他ない天狗騨だった。

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