第二百六十四話【さらば『社会部の絶対エース』?】

 ASH新聞社説が『マイナンバーカード』を取り上げた日から二日後、天狗騨記者担当の特集記事第二弾が掲載されてちょうど一週間の頃である。天狗騨は社会部長から応談室へと呼び出しを受けた。出入り口の扉が閉まるや社会部長がさっそくに切り出した。

「お前が担当した特集記事の第二弾、その評価は概ね確定した」


 天狗騨は緊張する。自社の社説すらアレでは〝社会に与えた効果は無いに等しい〟としか思えなかったからだ。

「イマイチ、だったようですね」天狗騨の方から〝結論〟について言及した。


「正直社会に与えた効果としては、正直〝リニア特集〟ほどではなかった」


「やっぱりそうですか……」


「しかし社内の評判はそれほどでもない。まあ主流派は黙殺だが、黙殺で充分なんだ。実績についてはもう問題が無くなった。よくこちらの期待に応えてくれた。作戦のはこれにて終了だ」


「作戦? そんな事私は初耳ですが」


「当たり前だ。そんな事ひと言も告げてないからな」


「……じゃあ〝〟とやらがあるんですか?」

 天狗騨がそう言うと社会部長は含み笑いをした。


「時に天狗騨、伝達事項が二点ある。『良いニュース』と『悪いニュース』だ。どちらから訊きたい?」


「なんかそれ、前にも言っていませんでしたか?」と天狗騨が訊き返す。


「うん。前は〝良いニュース〟のところは〝面白いニュース〟と言っていたな」と社会部長が応じる。


 天狗騨には〝第二段階云々〟言われても何か嫌な予感がしていた。だから、

「もしかして、今後の私の処遇についてですか?」と訊いてしまった。


「その通りだ。ただしそこは心持ち次第だ。『悪いニュース』は『良いニュース』にもなる」


「妙な言い方ですね。じゃあ『良いニュース』と『良いニュース』って事になってしまいますが」


「天狗騨、お前にとっては残念だろう。短い間だったが『社会部の絶対エース』という称号は返上してもらう事になる」


「! ¡ ! ¡ ! ¡ ! ¡ ! ¡ ! ¡ ! ¡ っっっっ!」声が声にならない。それくらい衝撃的な事を言い渡された。『社会部』という肩書きに異様なほどのこだわりがある。天狗騨は(社会正義を実現するには社会部だ!)とする不可思議な信念の塊であったから。


「じゃあ『鋼鉄の心臓を持つ男』の方は?」


「それはどういう反応だ?」


「いや、どういう反応かと言われましても……、嫌な方の異名だけが残り続けるというのも」


「一つの部一筋なんてのは今どきもう無いんだぞ」社会部長は言い渡した。


「どこかの支局行きかと、薄々覚悟は決めていましたが〝部〟の移動とは。まさか政治部に行く筈も無いでしょうし、やはり私を今後も黙らせ続けておくためには『文化部』とかなんですか?」


「それは文化部に失礼だろ」


(すると『広報部』とかか、)と、なんとはなしに広田広報部長の顔を思い浮かべていると、

「『国際報道部』だ。そういう意味ではまあ支局へ行くことになるというのは外れていない」と社会部長の声が響いてきた。


(あれ?)と天狗騨は思った。

「それは『外国特派員』になれ、という事ですよね?」


「あらかじめ言っておくが『英語が喋れないので』、なんて事は間違っても口にするなよ。そのための作戦第一段階が全て無駄になる。英語は留学で喋れるようになるんだからな」


「すると日本には……いられなくなりますか」


「会社のカネを使って海外留学するんだ。募集人員は若干名。お前の場合、やりたい放題やり過ぎていて社内の敵の数が決して少なくない。その若干名の椅子に押し込むためには〝実績〟が無ければお話しにならん」


 社会部長が言ったのは会社の『語学留学制度』について。若干名を海外の大学などで一年間学ばせ、将来の特派員候補を養成するのである。


「それで私にチャンスをくれたんですか?」


「当たり前だ。すべからく物事には理由というものがある」


「しかしあれは有志の志願制じゃなかったですか?」


「志願制って、戦場ジャーナリストか」


「いえ確か、『異動希望』という書類に『特派員』と書き込むのが普通じゃないですか。海外勤務に憧れ、きっと書き込む人間は多い事でしょうね」


 やはりそこは〝若干名〟。この今どき、学生時代の留学経験、あるいは帰国子女であったとかで英語ができるという記者もざらである。まずそういう連中との〝競争〟を強いられるのは確実と言えた。


「こう言ってはなんだがな、今後の社内でのお前の立場を考えた場合、『異動希望です』と言って志願してくれないと困るんだ。このままここに居続けられても〝偉くなる目〟が無い」


 天狗騨は思い出した。社会部長から銀座の喫茶店で言われた事を。

『発言に影響力を持たせるには会社の中である程度偉くなってもらわなくては話しにならん』と、確かに言われていた。

 しかしそこは天狗騨なのでこうも思った。

(なるほど、制度に選ばれるためにまず最低限の英語の復習が必要で、俺を英語の勉強漬けにしておけば、騒ぎを起こしているヒマなど無いとも言えるな)と。


「それでもしその若干名の中に入れたら私はどこに? イギリスですか?」


「どこからその国名が出てきたのか解らんが、お前の場合〝入れたら〟じゃないんだな。〝入ること〟がほとんど確定している。お前の場合、妙なスポンサーがついてしまっているんだな」


「どういう事です?」


「つまりだ、行き先が『アメリカ』と決まっている、とは思わなかったか?」


「えーっ! あの〝栄転〟だとかなんとか言っていた話しは潰したんじゃなかったんですか⁉」と驚愕する天狗騨。


「その話しはまだ立ち消えていない。こちらとしてはその話しに一枚噛んだ上で変形させる事にしたという訳だ」社会部長は言った。

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