第二百六十二話【反主流派のカリスマ】

 天狗騨記者が担当した二度目の特集記事、それが紙面に掲載された日、天狗騨は社会部フロアにいた。

「ただ今社会部へ戻って参りました」と天狗騨。その少し奇妙な帰還の挨拶を受けたのは社会部長。


「特集記事の第二弾、手応えの方はどうだ?」社会部長が天狗騨に訊いた。


「記事を書いている時は無我夢中ですが、いざ手を離れてしまった後の手応えはというと、正直雲を掴むような、そういう感じです」


「まあそんなもんだろうな」


「それよりあの文量がよく載りましたね。〝削る〟よう言われるものだと、てっきり思い込んでいたもので」


「分かっててそれを送りつけてくるお前も大概だが」


「広田広報部長のアドバイスですよ」


「何を言われたんだ?」


「相手の程度を推測して話しをするというのは無理なので、勢い〝低い方〟を前提にして話しをする事になるしかない、と」


「言うことがキツイな」


「それを柔和な表情で言うんですよ。でもリニア特集記事に対する抗議・非難メールの山を読んだ上での経験則からして、もはやそれが世の真理なのだと、そうとしか思えなくなってます」



 天狗騨は口にこそ出さなかったが、以前に聞いた話し、『機能性文盲』というのは〝ある〟し〝いる〟のだと思い知らされた。

 『機能性文盲』とは、文章を構成する個々の単語の意味は理解出来るが、それら単語の連なりから文章全体の意味、何を伝えようとしているのかという〝文意〟を解読出来ない状態、またはそうした状態にある人を指す語彙である。

 ただ、天狗騨の担当したリニア特集記事はASH新聞内サイトでは有料会員記事であった。つまり相手は読者。読者を『文盲』呼ばわりするのもどうかと思い、さすがにこれは口に出せないでいたのである。ただし、『機能的非識字』という言い換え語は存在する。



「それであんなに〝くどく〟なったんだな」社会部長は自身で納得したように言った。


「〝くどい〟と感じましたか?」


「まぁくどいはくどいが、解りやすい。冒頭から『法も作らずに国民に義務を負わせようとする国がある』と来て、最後が『国民に義務を課す場合には、議会の審議を経た立法が必要だ』だからな、最初と最後で同じ事を言っているわけだから、くどくも感じる」


「それくらいしないと〝医療機関の味方をしている〟と誤読されかねませんからね——」

 そうは言ったが既に天狗騨的にはもはや、〝誤読〟は前提になっている。ただ、それが意図的なのかそうでないか、そこまでは分からない。ただ書いた分を全て紙面に載せてくれた事はその余地をだいぶ削り取ってくれている。だから天狗騨はこう続けた。

「——書いた分をそのまま全部載せてくれたのは実にありがたい事でした」


「ま、我々の側の〝政治力〟もそれなりにあるって事だな」


「〝政治力〟ですか、しかしどこからそんな力が」


「そんなのは天狗騨、お前に決まっている」


「私ですか?」


「なにせ『社会部の絶対エース』だからな。その存在感が味方を増やしていくんだ」


「それ、広報部でも言われたんですが、部長が広めたって事ないですか?」


「俺がそれを言うと部内で反感を買いそうだが」


 社会部長の言を聞いて天狗騨の頭の中に浮かんできてしまったのは社会部デスクの顔であった。社会部長はなお続ける。「まだあるぞ、お前の異名が。『鋼鉄の心臓を持つ男』ってやつだ」


「〝鋼鉄〟って私が? なんですかその銃で撃たれても死ななそうな名前は。普通に死にますよ」


「天狗騨、お前はさっきリニア特集の非難・批判メールをずっと読み続けていたと言っただろ。その全てで名指しされていた筈だ。称賛とは真逆の方向性でな」


「こう言ってはなんですが、極一部に『よく言ってくれた』ってのもあったんですよ」


「自分で〝極一部〟と言ってるじゃないか」


「それはそうですけど、賛同者は基本あまり〝送る動機〟は無いんじゃないですかね」


「ともかくだ、自身に向けられた非難メールも読み続けていたと噂になってるんだ。そんなものよく読めると」


「確かに『新たな特集記事についてのヒントがあるかも』と思い我慢して読んでいましたが、仕事ですからしょうがなくですよ。普通は読みませんよ。案の定、読後も徒労しかありませんでした。感想は『日本の中にこれだけ鉄道マニアがいたのか』と、それだけですよ」


「鉄道マニアなあ——」と言いながら社会部長は笑いをこらえるような顔をしている。


「笑い事じゃありませんよ」


「そういうことばが出てくるあたり、メンタル面の強靱さを物語っているとも言えるな。だから『鋼鉄の心臓を持つ男』って異名なんだろう」


「『アイツには何やっても大丈夫』なんて思われても最悪です」天狗騨は眉根を寄せ言った。

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