第二百五十九話【天狗騨記者の内なる真の敵(その2)】

 天狗騨記者の目に入ってきたのは『若い世代ほど中国へ親近感』という記事タイトル。

(バカな、中国に脅威を感じる割合は9割くらいなかったか?)

 もうこれだけで感じる〝嫌な予感〟は上昇する一方。クリックすると『急激な経済成長で〝怖い国〟から変化した』、のだという。

 記事は次に〝内閣府世論調査〟の数字を持ち出し、こう言っていた。『このデータから浮かび上がるのは若い世代ほど中国への親近感が高いことだ』、と。


 ここまでなら、中国に対する警戒感が低い若者に危機感を募らせる記事……のように読めない事もない。

 だが天狗騨は、その内閣府世論調査の数字を見てただ唖然とした。ただただ唖然とした。一人の人間が〝固まる〟とはこういう事を言うのであろう。


 『中国に親しみを感じるか?』という問いの答え。


 中国に「親しみを感じる」とした比率、『18歳から29歳まで・41.6%』。

 つまり、

 中国に「親しみを感じない」という比率、『18歳から29歳まで・58.4%』。


 しかし、当該記事のタイトルは『若い世代ほど中国へ親近感』。

 記事の中身は『このデータから浮かび上がるのは若い世代ほど中国への親近感が高いことだ』。




(…………選挙なら過半数割れで敗北だぞ……)と思うだけの天狗騨。


 このASH新聞記事の理屈がなぜにこういうおかしな話しになるかと言えば、『中国に親しみを感じる』と答えた全世代平均が20.6%だから、この全世代平均値に比べると18歳から29歳までの中国好きは『およそ二倍になる!』と、こんな理屈であるようだった。

 

 イラつき頭をかきむしる天狗騨。

(この記事は記事タイトルで読者をミスリードする悪質なものだ——)


(新聞を読むとき、見出しだけ読んで記事の中身は読まないという、そういうずさんな読み方をする人間は確実にいる。そんな人間がこの記事を読んだらどう理解するか?)


(『そうかー、若い人の感性は中国に親近感を感じるんだぁ』となってしまうのは確実だ。実際は親近感を感じない若者の割合が58.4%いるにも関わらず)


 この記事における最低限の良心は〔内閣府世論調査を元にした以上或る意味当たり前なのかもしれないが〕〝数字を捏造していない事〟くらいしかなかった。

 この記事に中に登場する人々のコメントも天狗騨にとっては目が回るようなものばかり。


 天狗騨が〝その知性〟に疑いを持っている『大学教授という肩書きを持っている人間』が、やはりというべきか、ここでもやらかしてくれていた。しかも〝東大(東京大学)〟だった。


 『アジア各国の国民意識について研究している』のだという東京大学の大学院教授が言うには、

『>対中認識の世代差の主な原因となっているのは、世代によって異なる「記憶の問題」だ』との事。これだけでは終わらない。

『>年齢が高い世代は「冷戦体制下を生き、西側と東側、市場経済と計画経済といった二分法や対立を記憶し、天安門事件では感情を高ぶらせたことも覚えている」ため、それを修正することは難しい』という。


(これだから大学教授のバカは。まだこんなのが教授の肩書きで飯が食えてるのか)としか思わない天狗騨。

(アジア各国の国民意識が中国について甘いのなら、それは『アジアは人権感覚が薄い』って事だ! 欧米人の連中なら確実にそうした攻撃で来る)


(〝年齢が高い世代〟云々はそもそも触れる必要も無い。この手の〝若者を持ち上げ媚びる奴〟がいつの時代にもいるようだが、結局のところ『お前は古い!』と言って気に食わない考えを否定しマウントをとりたいだけだ)


(現にこの教授、若年世代に対する暴言が止まらなくなってるな)と天狗騨は思う。記事中にはこうもあったのだ。

『>若い世代にとっての中国は〝すでに発展をしていて、その中に市場経済もある〟存在だった。市場経済の中で、ITによるコミュニケーションやゲームなど媒介物を利用する彼らにとって、そこでモノが動いている限り、政治についてそんなに目くじらを立てるようなものなのかと見えるのではないか』と、教授は分析していたのだった。


(何が『政治についてそんなに目くじらを立てるようなものなのか』だ! 普通の人間なら立てろ!)


(仮に〝年齢が低い世代〟がこの教授の言うとおりなら〝年齢が低い世代〟は、中国が行っている香港における民衆弾圧、さらに虐殺含みのウイグル人虐待問題、同チベット人虐待問題、さらには日常化している台湾への軍事力を背景とした恫喝問題。そしてこの日本だって当事者のひとつで毎日毎日尖閣諸島にやって来る〝海警局〟とかペイントした事実上の軍艦の問題。これら現在進行形の中国絡みの諸問題をまったく理解できていない無知蒙昧の輩という事になる。これが『記憶の問題』だというのなら〝若い世代〟は現在進行形で起こっている事も次々忘れていく若年性痴呆症って事になるんだぞ! なら〝年齢が高い世代〟の方が真っ当な判断力を有している人間って事だろうが)


 だがこのASH新聞の紙面には具体的な〝年齢が低い世代〟が、二人登場していた。当然の事ながら二人とも日本人である。


 一人は欧州への留学生だった。曰く、

 『中国人は反日の人が多いから、親しくなれない』と当初は考えていた。しかし『留学先で中国人留学生の友だちができてから先入観が崩れた』のだと言う。

 『国同士の関係は難しくても、人同士なら仲良くなれる、という事実が新鮮だった』という。


(それな、『個と個』と『集団と集団』が違うという事が解ったのなら、持った感想が〝新鮮〟だけでは少しお粗末じゃないか?)


 『個対個の関係』が『集団対集団の関係』に影響を与える事は〝ほぼ無い〟というのが天狗騨的リアリズムである。いささか絶望的な価値観であるが、『或る集団に強固に帰属する〝個〟がその内心をひた隠しにしつつ、ターゲットとした〝個〟に近づく事があり得る』と考えてしまう。具体的には『スパイ』か『カルト宗教』か。


 『背負っているバックグラウンドが極端に違っていても、人同士なら仲良くなれる』という価値観をあまりに無邪気に信じる人間に、どこか危ういものを感じるのが天狗騨記者という人間であり、この留学生の場合〝先入観〟を全て崩してはならないのである。(せめて〝ある程度〟でとどめるのがベスト)これが天狗騨思考であった。


 さらに天狗騨は嘆息する。

 同留学生は専攻した国際学を学ぶ中で、何者からか、ろくでもない事を吹き込まれたらしい事に。


『>欧州から見ると、日本と中国が小さな島をめぐって争うのは不合理。経済的にも利益がない』という見方があると。


(結局物事の判断の基準が『経済的利益』か。これは要するにカネだ。利益だ。こんなものは絶対に誉められる論理とはならない)


(この言い分が真理なら『ロシアと欧米が小国(ウクライナ)をめぐって争うのは不合理。経済的にも利益がない』も簡単に成り立つし、『アメリカと中国が小さな島(台湾)をめぐって争うのは不合理。経済的にも利益がない』も簡単に成り立つ。『経済的利益』を判断基準にした場合、結局その主張はろくでなしの主張になってしまう)


 ただこの記事中に登場した留学生は天狗騨的には見込みがあった。上記の(ろくでなしの主張)について、

『>という見方があることも。』と書かれている点であった。

 〝知った〟だけで〝賛同〟しているとは読めないからである。



 むしろ問題はいま一人の〝年齢が低い世代〟であった。こちらも現在大学生で、偏差値が70を超えるとされる有名私大の学生である。

 小学生時代にこの大学生が中国に抱いたイメージは『冷凍毒ギョーザ』であった。そして中国のことを〝怖い国〟だと感じたという。

 中学生時代にこの大学生が抱いたイメージは、勉強の知識から『経済が急激に発展した国』というものであった。

 高校生時代となって、後の秦の始皇帝を主人公としたマンガを読んだ結果、中国の広大さにロマンを感じ、やはり勉強の知識から『当時の漢文』、それが今でも普通に読める事に感銘を受けいよいよ中国にのめり込んでいく。

 というのも大学生時代ではこうした〝中国好き〟が高じて遂には『中国文学や文化を学ぶ』という選択をするまでになったからである。


 さて、天狗騨的にはこれのどこがマズイのか?

 中国に対し『ポジティブ面』しか語っていない点であった。

(『ネガティブ面』が未だに冷凍毒ギョーザ止まりでは有名大学の学生としてはあまりにお粗末ではないか。文学や文化にのめり込む余り現代中国をまるで認識していないではないか)、としか理解できない。


 さて、天狗騨は常人とはどこかズレた感覚を有する人間である。

 こういう話しを聞けば普通は『なんだ、有名私大といってもこの程度か』といった感想を抱きがちなところである。


 だが天狗騨はこう考える。

(しかし東京大学の大学院の教授でさえそうしたレベルの人間がいる。極端な中国礼賛主義者は未だに死に絶えてはいない……だとするとこの学生も……)


(——まさかこの学生にウチ〔ASH新聞〕が内定を出しているんじゃあ……)

 というのもこの有名私大の学生は〝4年〟だったのである。


(いくら社内改革しようとしても、後から後からが入社し続けて来るなら改革など永久に無理だぞ)

 この際、自分が周囲からどう思われているかが度外視となっている天狗騨記者であった。

 とにもかくにも、天狗騨騒動をきっかけに顕在化しつつある社内改革派に対し、開き直りとも言うべき全面対決記事が掲載された事だけは動かしようのない事実である。

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