第二百五十七話【天狗騨記者、広田広報部長の内心を推し量る】
『AIは『あなたの身が心配です。今すぐ旅立って』という文章を何に分類するんでしょうね?』
広田広報部長の発した奇妙な問いを天狗騨記者は忘れないうちに手早く手帳にメモ書きした。
(『あなたの身が心配です。今すぐ旅立って』とはどういう意味か? って事だよな、)
その瞬間は〝?〟でもしばらくすると見えてくるという事がある。
(……『死出の旅』だとか、『旅』ということばは、どこか〝死ぬ〟ということばとヘンに相性がいい……)
(そう言えば、〝死ぬこと〟を婉曲に表現することばが『旅立つ』じゃなかったか)
(これはもしや〝遠賀川がどうとか〟とか〝月の明るい夜がどうとか〟とか、その類いか?)
天狗騨が閃いたのはいわゆる『ヤクザことば』だった。
『お前を殺してやるからな。気をつけとけよ』と直接的に言ってしまうと容易に警察に逮捕される材料にされるので、そこは暗喩で表現しているというやつである。ただしあまり有名になりすぎた暗喩は、使うと逮捕される材料にはなる。
(しかしこれ、ウクライナ国外にいるウクライナ人が親戚や家族に呼びかける文としても成り立つよな——)
(これをAIならどう判断するか訊かれてもな……脅迫と見なすか、見なさないか……、どちらにしても問題が出てきそうな……。人間だって困るぞ)
(例えば『ASH新聞の皆さん、あなたの身が心配です。今すぐ旅立って』は脅迫と見なされるか、見なされないか……)
(だがこんな答えの無い問題を考えさせる事に何の意味があるんだ?……)
(……もしやこれは、〝韜晦戦術〟なのか?)
それは広報部長が口にしていた『相手の程度』というワードが思い出された結果であった。天狗騨が行き当たった韜晦戦術の意味、それは『木は森に隠す』という意味である。
(このフロアにいる広報部員が全て広報部長の味方ではないとしたら、こうした手段を採らざるを得なくなる)天狗騨はそう閃いた。
今やパソコンを操作する手の動きはすっかり止まってしまっている。
(俺をわざわざ持ち上げ、俺の〝程度〟を買って、なにかを伝えようとしたのか?)
(広田部長は他に何を言ってたっけな?)天狗騨は記憶をたぐり寄せながらなお思考し続ける。
(そうだ! 『リストラ』だ! いや、リストラとは言わなかったが、『人員整理』とは間違いなく言っていた)
(まだあった筈だろう、部長職にある人間がこの俺にああした振る舞いをするのは通常あり得ない。何かしらの意味がある筈なんだ)
(思い出した。『コロコロ変えるな』だ。主張をコロコロ変えるな! 確かにこう言っていた)
(そうか。苦情処理係の広報部はASH新聞の最前線にいるも同じ。広田広報部長は〝改革派〟だ。ウチの部長だけじゃなかった!)
天狗騨的には、政権打倒に狂奔しているだけの政治部左沢政治部長はこの際員数外だった。
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